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焔の虹翳  作者: 木邑葉月
7/8

夢路 -宵の明星ー

クライマックス…でも最終話ではないのです。

雅臣の微笑みは不知火の胸を切なく締め付けた。また失うのか。漸く手に入れかけた絆を。他の誰も理解し得なかった孤独を分かち合える友を。雅臣の気持ちは痛いほど理解していたが、不知火はどうにも離れがたい気持ちになって、一瞬迷った。不知火が手を伸ばしかけたその時。

 眩暈にも似た白い閃光が二人を包んだ。一瞬にして駆け抜ける夢。現実になるかもしれない、もう一つの未来が見える。


 その眩しさに目を開けて居られず、腕で覆い目を庇う。再び二人が目を開けた瞬間に、襖が開いた。高政や家の者が各々武器を手に飛び込んでくる。

「・・・・貴様が我が屋敷に出入りすると言う鬼か。」

 高政の憤怒の炎がぎろりと不知火を見据える。

「よく知らせてくれた。雅臣、お前は下がっていろ。」

 刀を持った高政が不知火との間合いを詰める。

「今までよくも好き勝手してくれた。お前達に殺された者の恨み、家族の無念。そして我が妻の仇、今こそ晴らしてくれる!!!」

 そう言って高政は、不知火に切り掛かった。不知火も仕方なく爪で応戦する。が、しかし、一撃目を防いだあと構えかけた爪をすぐに解いた。雅臣には不知火の想いが分かった。不知火は殺されるつもりなのだ。

 気付いた瞬間、雅臣の頭は真っ白になった。そして頭で考えるよりも早く、次の瞬間には自分の体を高政と不知火の間に滑り込ませていた。

「雅臣っ!!!!」

 高政と不知火が同時に叫び、刀は左肩から斜めにざっくりと、雅臣の体を切りつけた。雅臣は不知火にもたれかかるようにして倒れ、不知火もその背中を支えた。

「雅臣!!!」

 苦しそうに息をする雅臣の体からは血が溢れ、一面に広がっていく。何が起こったのか分からず右往左往する人々の中、高政だけが、屈辱にも似た怒りを放ち、二人を睨みつけていた。

 こうなっては雅臣を連れて逃げるしかないと判断した不知火は、雅臣を抱えて飛び出した。塀の外で待ち構えていた男達も、及び腰で二、三度刀を振ってきただけで深追いはして来ない。おかげで人一人抱えたままでも難無く逃げ出すことができた。


 しばらく走ると、ぽつりと一軒だけ誰も使っていない空き家があった。不知火はそこに逃げ込み雅臣の体を寝かせる。傷口からは次から次へと血が流れ、即死こそ免れたものの命を繋ぐのがやっとと言った所だった。

「雅臣、しっかりしろ!!」

 息は荒く、意識も朦朧としているであろう雅臣は、それでも不知火の袖を掴みうわ言のように呟いた。

「知っていた・・・・・・」

「あ?何がだ。」

「義兄は、気づいていた・・・・・姉が・・・・静が・・・・・・自分を裏切った事を・・・・・・」

 不知火は義兄に切られた事で混乱しているのだと思った。雅臣は息も絶え絶えに続ける。

「義兄は、刀を振り下ろす瞬間、そこにいるのが私だと・・・・・分かっていた・・・・。分かっていて止めなかった。・・・・・義兄の・・・・・目は言っていた・・・・・。「お前も、裏切るのか」と・・・・・」

「雅臣、もうしゃべるな。くそ・・・・・・血が止まらねぇ。」

「義兄にとって、私も姉も・・・・ただの所有物に過ぎなかった。義兄に護られる以外に生きる術を持たない、哀れな家畜だった。そんな、庇護欲と支配欲にまみれた義兄の愛情に・・・・・姉は絶望していたのかもしれない・・・・あの夜、姉が死んだ夜。枕元で姉は私に言ったよ。ごめんね、と・・・・・・。・・・・・・死を決意した人の顔は、思い出せぬとはよく言ったものだが・・・・・・」

 血が喉を這い上がってきたのか、そこまで一気にまくし立てると雅臣は激しく咳き込む。

「雅臣!!!」

「不知火・・・・・・私はね、思い出せないんだよ。・・・・・・あの夜、姉がどんな顔をしていたのか・・・どんな顔で、私に別れを告げたのか・・・・・・。・・・・・声も、しぐさも、着物の柄でさえ鮮明に覚えているのに・・・・・・顔だけが・・・・・思い出せない・・・」

 不知火の袖を掴む雅臣の手が震えている。

「義兄は・・・・・・それを知っていたんだ・・・・・・。姉が自分から行方を眩ませた事を。気付いていて・・・・・・気付かないふりをしていた。どんな・・・・・・気持ちだったろうなぁ・・・・・・」

「頼むから・・・・・・もうしゃべらないでくれ!!」


 手当ての仕方も分からない不知火は、どうする事もできずにいた。着物を破り、傷口に宛がうのが精一杯だった。拍動が弱まっていくのが分かる。死なせたくない。死んで欲しくない。その想いは、やがて一つの選択肢に辿り着いた。


「・・・・・・雅臣・・・・・・人間を・・・・・捨てる覚悟はあるか・・・・・??」

「・・・・・・?」

「苦しいだろうが、よく聞いてくれ。お前を助ける方法が一つだけある。お前に俺の血を与える。そうすればお前は鬼と同等の力を得るから、こんな傷で死ぬ事はねぇ。だが、交配によって混ざった血なら純粋な鬼の血に染まるが、生まれてから混ぜた血は、完全にひとつになる事はない。与えた者も与えられた者も、鬼でも人間でもない物になっちまう。それは鬼の血を汚す事。だから、人間に力を与える事は禁忌とされている。・・・・・雅臣。人間を捨てて、俺と生きる覚悟はあるか。」

 不知火は泣きそうな顔で尋ねた。鬼の血は、雅臣に驚異的な回復力を与え、たちまちの内に傷を癒すだろう。だが、それと同時に、人ならぬ者へと成り下がり、長い時間を生きる苦しみを与えてしまう事にもなる。それでも生きて欲しい。そんな大きな代償を伴う自分の身勝手な願いを押し付けてよいものか。不知火は躊躇っていたのだ。

 不知火の葛藤に気付いた雅臣は、ふわりと微笑った。

「・・・・・不知火。お前は良いのか?・・・・お前こそ、掟に逆らい鬼の一族を捨てる事になるのだろう。」

「お前が生きるなら、それで良い。」

 真剣な瞳が交錯する。

「・・・・・分かった。不知火、お前と共に、生きさせてくれ。」

 その言葉を聞き、不知火は自らの爪で手首に傷をつけた。そこから流れる血を傷口から体内に注ぎ込み、二つの赤が混じり合う。途端、雅臣の体を激しい衝撃が襲った。

「ぐ・・・・・あ・・・・あああああああ!!!!」

 体の中が焼け付くように熱い。血を沸かせ、内部から破壊するような痛みに、雅臣は叫んだ。

「雅臣!!!」

 雅臣のあまりの苦しみように戸惑う不知火に、背後から声が掛けられた。


「生身の人間にとって鬼の血は、毒のような物だもの。苦しいのは当然さ。」

 驚いて振り返ると、そこには桐生がいた。

「だけど体が鬼の血を受け入れれば、大抵の事では死なないだろうね。」

「てめぇ、いつから居やがった??」

「君達がここに逃げ込んだくらいかな。・・・・・・不知火。まさかここまでその人間に傾倒しているなんてね。」

 桐生の瞳は嫉妬と怒りで燃えていた。

「君がこれほどまでに鬼の誇りを失っているとは思わなかったよ。・・・・・・不知火、覚悟はできてるよね。」

 桐生の爪が不知火に向けられる。不知火も応戦の体勢をとった。


 先に仕掛けたのは桐生だった。桐生の爪は空を裂き不知火に襲い掛かる。だが不知火は難なくそれを弾き返し、次から次へと仕掛けられる桐生の爪をかわしていく。元々不知火は鬼の一族の中でも特に戦闘能力に優れ、周りからも一目置かれていた。生きる事を諦めた先程とは違い、今は生き残る覚悟を決めた不知火だ。実力差は明らかだった。だからこそ桐生も不知火に特別強い思い入れを持ち、慕っていたのだ。


「うああああああ!!!」

 突如一際高い雅臣の叫び声が苦しそうにあがり、不知火がそれに気を取られた瞬間桐生の爪が不知火を捉えた。不知火も咄嗟に体勢を低くしそれを避けようとしたが、爪先が頭を掠った。


 カンッ


 高い音がして、不知火の黒い角が半分の辺りから切り落とされた。桐生の爪は不知火の右目から左の角にかけてを切り裂いたのだ。目の方は瞼の上を掠めただけで済んだが、艶やかな角は無残にも切り落とされた。からからと音を立てて、不知火の頭を離れて角は床を滑っていく。

 不知火の目に悔しさが浮かぶ。その様子を見て桐生が満足げに、冷たい笑みを浮かべる。

 そして桐生は次の攻撃に入った。応戦の体勢に入った瞬間、不知火の体にも異変が起こった。

「う・・・・何・・・だ・・・・、頭が・・・・・」

 割れるような痛みを感じ、不知火は頭を抱える。

「う・・・・・あああああああ!!!!」

 不知火は咆哮する。次の瞬間、不知火の頭に残された角は、灰になって崩れ去った。


「・・・・鬼の血を汚した者には当然の報いだ。鬼の力を手に入れた人間が人間でなくなるように、鬼もまた鬼ではない物に身を落とすのさ。不知火、君には似合いの姿かもしれないね。鬼の誇りをなくした君には、角なんて相応しくない!!」

 劣勢に追い詰められた不知火に、桐生が詰め寄る。

「最後だよ、不知火。大丈夫。すぐにそこのお友達も後を追わせてあげる。裏切り者には相応しい末路だろ!?」

 そう叫んで爪を振り上げた桐生に、背後から衝撃が与えられた。そこには雅臣が、桐生の腰にしがみつくようにしていた。生き抜く決意を秘めた瞳をした雅臣の顔には、鬼と同じ紋様が刻まれていた。


「お・・・・・お前・・・・・・」

 桐生の腰から血が流れる。雅臣が、先ほど切り落とされた不知火の角の欠片で後ろから突き刺したのだ。桐生の体勢がぐらりと崩れる。すかさず不知火が殴りかかり、地に倒れる形になった。不知火は傍にあった木の杭を手にし、倒れた桐生の腹にそれを差し込んだ。


「ぐああああ!!!」

 桐生の真っ白な着物が赤に染められていく。

「・・・いくら再生能力の高ぇ鬼でも、これならちっとは効くだろう?」

「く・・・・・不知火ぃ!!!」

 桐生の端正な顔が苦痛と悔しさに歪む。命まで取るつもりのなかった雅臣は不安げに不知火を見やる。

「心配すんな。首でも取られねぇ限り、鬼は死なねぇよ。だが、時間稼ぎくらいにはなるだろう。」

 雅臣を安心させるよう告げた不知火は、改めて桐生に向き直った。

「お前の言う通りだ桐生。俺は、鬼としての誇りなんざとっくに無くしちまってる。だが俺は生きるよ。他の奴らに誇れる生き方じゃあねえだろうが、それでも構わねぇ。」

「・・・・だまれ。」

「悪かったな。許せとは言わねぇ。・・・許される気はねぇ。だが、できれば追わないで欲しい。俺達の事は忘れて欲しい。お前には一族の未来がかかってんだ。・・・・頑張れよ。」

「黙れって言ってるんだ!!!」

 悔しさに桐生は袖で顔を覆う。既に戦う意志はなくしその場に留まる様子から、追うつもりはないようだ。

「行くぞ、雅臣。」

「ああ。」

 雅臣は去り際に一瞬桐生に目をやった。腕に覆われた目の端から一筋の涙が零れるのが見える。すまないと、一言告げたかった。だがそれは何の慰めにもならず、彼の心にしこりとして残るだけだと思い、何も言わずにその場を去った。


「・・・・・ちくしょう。」

 一人残された桐生は呻く。今ならば誰も目を憚る事もない。桐生の目からはとめどなく涙が溢れた。

 憧れていた。あの強さに。惹かれていた。あの孤高の瞳に。将来自分が族長を継いだ時、彼が傍で支えてくれて共に一族を率いていくのだと、そう信じていた。常に付き従っている血の気の多い鬼達よりも、余程信頼していたというのに。

「どうして、必要な事ほど思い通りに行かないんだろうね。」

 桐生は寂しげに、宙に向かって呟いた。


 逃げる途中、留守の民家で着物を調達した不知火と雅臣は、林に身を隠し夜になるのを待った。

「さて、これからどうするよ、雅臣。」

「そうだな、海が見たいな。この時期ならば漁船が出ているだろうから、運がよければ竜灯(りゅうとう)が見られるかもしれん。」

「竜灯?」

「海で稀に見られる、狐火のようなものだよ。有名なのは有明海で見られるものだが、この辺りでも見ることが出来る。一般には不知火と言うな。」

「俺と同じ名前か。」

「ああ。今日は朔の夜だからな。月のない夜ほど多く見られるそうだぞ。」

 そう言って、二人は笑い合った。


 これで良いのだ、と二人は自分に言い聞かせる。死なせたくない、ただその想いが、共に生きる道を選ばせた。互いの想いが互いを生かす。相手を守る為に生き、相手の願いを叶える為に、ただ、生きる。

 二人に、「正しさ」は必要なかった。誰にも知られる事なく、二人は悠久の時を生きる。

すみません。これで終わりではありません。

次回が本当の最終話です。

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