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ハジマリの場、オワリの所  作者: 雨天紅雨
■2039年
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10/25/11:20――蒼凰蓮華・小さなトラブル

 寒さはそう感じないけれど、日差しの暖かさは感じられる季節だと、一ノ瀬二ノ葉は思う。夏場のような暑さではなく、温度差による暖かさは、春先に感じられるものと似たようなものだ。

 今日は忍に頼まれた資料を渡すため、学業は休みにした。場合によっては午後から出ても問題はないが、状況によりけりだし、気分次第だろう。

 あれからは、よくこうして学園に足を運ぶ。忍を支えたいと思っているし、忍もまた気兼ねなく二ノ葉を頼っている。そうした変わらない関係がある、という事実には、環境が変わっても安堵があった。

 しかし、今まさに二ノ葉の気分というやつは、悪くなっている。

 というのも。

「だからさ、お茶だけでもどう? 本当にちょっと、話すだけでもいいからさ」

「しつこい」

 のである。

 こんな時間から、もう十五分近くまとわりつかれていて、二ノ葉はかなり怒っていた。時間は有限であるし、自分には忍がいる。否定しようにもこちらの言葉など聞いていないようで、話しも通じないし、どうやればとっとと事態が収拾するか、よりもむしろ、どう始末をつければ問題にならないかを考えだしてすらいた。

「だから私は、あなたと会話をする理由も時間もありません」

「そう言わないで、なあ」

「だから――」

 ああもう、腕の一本でも折れば終わるだろうか、なんて短絡的な思考が浮かんだ頃、ふいに学園の中から見知った人物が片手を挙げて近づいてきた。

「よォ、二ノ葉。なんだサボりかよ」

「蓮華さん」

 ほっと胸をなで下ろす。肩の力は抜けたものの、しかし状況としてはさほど変化がない。

「なんだ、知り合い?」

「――おい、なんだこいつ」

「雑草」

「ああ、なるほどなァ」

 かなり頭にきていることがわかった蓮華は、小さく肩を揺らして笑った。二ノ葉は洒落た格好をしているし、ぱっと見ただけでは中学二年であることなどわからないだろう。こうした事態も頷ける――が、問題であることは間違いない。

 問題だ。

 二ノ葉も、あるいは瀬菜だとて、もう蓮華の身内みたいなものなのだ、こんな問題が起きるようでは、蓮華本人の実力を疑われる。これはとっとと、世間的に、防衛線を張っておくべきだろう。

 けれど、相手がこんな一般人では話にならない。

 さてどうすべきかと、割って入った蓮華だが、近くに黒塗りの車が停止したことで、視線をそちらに向けると、運転席から巨漢の男が姿を見せた。

「あれ、兄貴じゃないすか! まずいとこ見られたかなあ」

「……」

 たったそれだけで状況を読み取った蓮華は、困ったように頭を掻く。男はそんな蓮華を一瞥してから、――あろうことかその青年を思い切り殴った。

「――!」

 勢いをそのまま、学園の壁に額をぶつけて崩れ落ちる。それを見届けもせず、男は蓮華の傍に両膝をつき、手を拳にして地面につけて頭を下げた。

「大変、申し訳ありません。すべて、この新次郎の不始末。処分はいかようにもお受けします」

 声を張ったような、大声ではない。しかし、やや低い声色は強く届いた。

「だってさ。どうするよ、二ノ葉」

「……? この人は蓮華さんの知り合い?」

「まァ、近いモンがあらァな。そっちのガキとどういう関係かは知らねェが、世話ンなってる会社じゃなく、こいつはてめェの不始末だと言ってるぜ」

「うーん……そう言われても、原因はそっちの子よね」

「世話役を買って出た、手前の不始末です。二度と、あなたの前には姿を見せぬよう教育します」

「……あんまり大事にしたくないし、いいよ。なんか私が悪いみたいだし」

「いいッてよ。いや、良かったじゃねェか新次郎、てめェが出て……つーか、俺が来てなけりゃ、そこのガキは半殺しどころの騒ぎじゃねェぜ」

「寛大な処分、感謝します」

 言って、立ち上がった男は改めて顔を見せると、もう一度だけしっかりと、丁寧にお辞儀をした。

「失礼ながら蓮華さん、そちらの方は――」

「ん、一応は俺の身内ッてことになる。五木も一ノ瀬も」

「そう――でしたか。ではあなたが、あの一ノ瀬の家系の方でしたか。これは大変失礼なことをしました」

「もういいですよ、大丈夫です」

「では、――失礼します」

 こりゃ改めて謝罪があるなァと思いながらも、青年を蹴飛ばして起こし、車に放り込んで発進する一連の流れを見送って、蓮華は軽く二ノ葉の背中を叩いた。

「よく我慢したじゃねェかよ」

「危なかったよ……もうちょっとで潰すところだった。ありがとう蓮華さん」

「俺ァ何もしちゃァいねェよ。忍に用事か? とりあえず中に入ろうぜ、すぐそこに休憩所あるしな」

「うん」

 蓮華の誘いを断る理由もなく、近くにあった普通学科一学年棟の一階、休憩スペースの中に入り、蓮華は自販機に向かう。

「何にする?」

「ありがとう、じゃあ緑茶で」

「あいよ。一ノ瀬もそうだけど、こういうところが妙にしっかりしてるよなァ」

「え、どういうところ?」

「俺の奢りに対して文句を言わねェところ」

「ああ、そういう。だって蓮華さんは先輩だし、拒否するほうが失礼でしょ?」

「そういう考えができるッてのがなァ……ま、俺としちゃ面倒が一つ減って助かってンだけどよ。……ん? そういや、二ノ葉とも久しぶりだよなァ」

「あの時以来だから二ヶ月くらいね。ただ、私は姉さんとよく逢って話しもしてたから。蓮華さんも、忍さんのところ?」

「おゥ、用事は終わったよ――ほら」

「ありがとう」

「ま、さっきのことは忍に言ってもいいけどよ、俺が片付けとくから忍には動くなと伝えとけよ? どうせ繋がりもある」

「その繋がり、詳しく聞いてもいい?」

「んー……どうしたもんかなァ。本来なら隠しておく一手だけどよ、まァいいか。ToDDって会社、知ってッか?」

「ううん、知らない」

「いわゆる人材派遣会社みてェなもんよ。社長は藤堂ッてンだけどよ、野郎は孤児や悪ガキを拾って世話してるのよな、これが。さっきの新次郎ッて野郎も、藤堂を親父と思ってる。でだ、その藤堂ッてのは俺と知り合いなんだよ。だから新次郎とも何度か顔を合わせてる。近く顔を出そうと思ってッから、気にするなッてことさ」

「へえ……偶然じゃないよね」

「どこまでを偶然ッて呼ぶかは難しいところだけど、意図して引き起こしたわけじゃねェよ? いくら俺だッて、半分身内を巻き込むほど若くはねェよ」

「あはは、そういう頃もあったのね。わかった、忍さんにはそういうことにしておく。私も、まあ犬に噛まれたとでも思っておくから」

「そうしとけ。あのガキがどうなったのか、なんてのも興味はねェだろ?」

「うん」

「諒解だ。二ノ葉の方はここ二ヶ月、どうよ? さしあたっての問題はあるか?」

「うーん……今のところ、私の手に余るようなことにはなってないかな。それよりも蓮華さんはさ、どうなの」

「どうッて……何がだよ」

 逆に問いを返されると思っていなかった蓮華は、即答を控えた。特に心当たりもなかったし、二ノ葉のことだ、忍と同様に以前の――五木神社での一件について掘り返すことはないだろうけれど。

「姉さんと」

「――ああ、そっちか。忍も似たようなこと訊いてきたよなァ……それなりに聞いてるとは思うけど、一ノ瀬はちゃんと馴染んでるよ」

「え、ああ、うん、姉さんのことが心配ってわけじゃなくて――蓮華さんは、姉さんのことどう思ってるのかなって」

「結論から言えば、わかんねェよ」

 手にした紅茶を掲げるよう、軽く肩を竦めた蓮華は苦笑する。

「俺はそれなりに横の人付き合いがあるのよな。こう見えてあちこちを渡り歩いてるし、知り合いッてのも結構多い。けどまァ、そりゃあくまでも仕事上の付き合いッてやつに近いもんでよ、はっきり言っちまえば、友人なんて呼べる連中は、暁や忍なんかが初めてに近い。親しい相手ッてのなら、まァそれなりにいるけど、あれもちょいと違うからなァ」

 友人というより、同類に近い。あるいは仕事上の付き合いでも、深い付き合い方をしている相手だ。

「だから、一ノ瀬みてェなのは新鮮で――どう相手をすりゃいいか、迷ってンのよ」

「呼び方もいつの間にか戻ってるし」

「そうだッけか? 俺も適当に生きてるからなァ……」

 と、そんなふうにとぼけたが、実際には内と外を使い分けているだけだ。

「逆に聞くけどよ、二ノ葉から見て俺ァどうすりゃいい」

「どうって……うーん、私は蓮華さんが普段からどういうことしているのか、知らないから」

「そいつは、知りたいと、そう思うモンか?」

「少なくとも忍さんのやってることは、知りたいと思うし、支えることができなくても、帰りを待つのには理解も必要でしょ? 在り方はそれぞれだと思うけど、できれば支えたいと私は思ってる。大げさじゃなく、同じ方向を見たいっていうのが私の気持ちかな」

「なるほどなァ」

「蓮華さんは――えっと、なんていうか」

「いいぜ、気にせず言えよ」

「姉さんと一緒にいたい?」

「……わかんね。まだ答えられねェよ、そいつにはな。けどま、その助言はありがたく聞いておくぜ。これからやろうとしてることに、一ノ瀬が望むなら、一緒に来てもらうか」

「何かやろうとしてるんだ」

「ん? まァ――身内を守るためにゃ必要なことだよ。抑止力ッてのを作り上げるだけで、目的だけは簡単なもんだろ」

「私にはさっぱりわからないけど」

「それでいいさ。前回のは雨の要請だったけど、今回はそうじゃねェし、一度やったら二度はねェ舞台だ。それにお前らを巻き込もうとも思っちゃいねェよ」

「その舞台は――大きい?」

「比較すりゃ、大きいよ。つってもわかんねェだろ?」

「うん……」

「だったら二ノ葉は、自分ができることをやりゃァいいさ。日常に馴染めよ。つっても、忙しいのは今くれェなモンで、四月になりゃ――いや、忍はそれでも忙しいだろうけど、そうも言ってらんねェよな。俺らも揃ってここに入学だ」

「え? 蓮華さんも?」

「おゥ、そうだよ。面倒がなくていいじゃねェか。融通も利かせられるしな。もちろん、それだけじゃねェよ。何しろ厄介な連中がここには何人かいる。鈴ノ宮(すずのみや)鷺ノ宮(さぎのみや)、それに神鳳(かみとり)……いや、お前ェにとってじゃなく、俺にとってッてことだ。むしろあいつらが俺を厄介だと思ってるかもなァ」

「ああ、うん、それはちょっとわかるかも」

「言うじゃねェかよ。まァなんだ、どうせなら忍に指輪を買うように言っておけ。そうすりゃ今日みてェなことは少なくなるだろうよ。見た目は幼いけど、お前ェも雰囲気は大人びてッからなァ」

「ありがとう、褒め言葉として受け取っておくね」

「おゥ、ンじゃまたな」

 ごみ箱に紙コップを棄て、軽く手を上げた蓮華は外に出ると、さてどうしたものかと考えながらも、携帯端末を取り出してインカムを装着する。タッチパネル形式の携帯端末だが、耳に当てるのではなく、無線でのインカム通話を可能とするタイプで、未だにイヤホンマイク型が主流なのは盗聴を気にしてのことだが、古いタイプにはこの形式も多い。

 利便性を考えるのならばインカム型だ。有線ではないぶん、扱いが楽になる。ここ二ヶ月の間は外出ができなかったので、自宅にあった古いタイプをそのまま、回線だけ契約した暫定的なものだ。そのうちに変えよう、とは思っているけれど。

 何しろ蓮華は、そもそも携帯端末でネットに触れようとは思わない。状況次第では別途購入することもあるが、基本的には耳かけタイプで構わないのだ。

 そんなことを思っているうちに回線は繋がった。

「よォ、久しいな藤堂」

『蓮華か、どうした厄介ごとか?』

 その声色には拒絶の意味がない。むしろ、面倒なことはこちらに回せと、そんな気持ちも伝わり、蓮華は苦笑を落とす。

 どちらかといえば、今まで蓮華が世話をしてきたのだ、向こうとしては借りばかりが溜まっている状況だろう。

「いんや、ちょいと連絡な。先にそっちを済ませるか」

 ざっと、先ほど起きたことを口頭で説明する。そう難しいものではない。

「ってことだ」

『……うむ』

「いいか? 新次郎を処罰すンな」

『うん? それでいいのか?』

「こっち――先方が望んでねェのよな、これが。俺としても、厄介を起こしたガキの方が問題だよ」

『だが、育成は新次郎が買って出ている』

「それでも、だ。こっちとしちゃァ、新次郎が出てこなきゃ、ガキは酷い半殺しにしてた。それを防いだンなら、そりゃ功績よな。ガキはどうしたって構わねェから、叱ってもいいから処罰すンなよ」

『お前の判断も含めて、か?』

「ああ、俺の言葉として受け取っていいぜ」

『いいだろう、誰でもないお前の言葉だ、筋は通すが承諾する』

「悪ィな」

『なに、元を正せばこちらの落ち度だ。構わん』

「そっち、息子の様子はどうよ?」

『お前とは比べられんが、後継ぎには意欲的だ。まだ――十六か? そのくらいだ、お前ともそう変わらんだろう』

「知ってる。VV-iP学園にいるからなァ」

『その年齢に求めるには酷だと言っているんだ』

「俺と比べちまえば、そうかもしれねェよなァ。ははッ、意欲的ならいいじゃねェか。まァなんだ、ちょいと話もあるから――明日だな、顔出すぜ」

『いつになる』

「空けとかねェと時間がねェのかよ」

『いや、俺はそう忙しくない。明日は出かける予定もないからな』

「じゃァ決まりだ、時間は連絡するかもしれねェよ、期待はすンな。連れが一人くらいいるかもしんねェけど気遣いは無用……あァ、早けりゃァ学園の理事長から連絡が入る。俺の名を出すだろうから、引き受けろよ」

『理事長? 空席が埋まったのは先日に聞いたが、動きが早いな。お前の知り合いなら、手練れなのか?』

「五木よ」

『武術家の五木か』

「本人はどう反応するか知らねェけど、ガキだと思って侮るとえらい目に遭うぜ。俺ほどじゃねェと、そう思えば気楽かもしれねェが、数少ねェ俺の友人だ」

『助言、感謝する』

「馬鹿言え、紹介したのは俺だッての。詳しい話はまた明日ッてことよ。用件はそれだけだ」

『諒解した。明日は楽しみにしている』

「おゥよ」

 期待されてもなァと、そんなことを思いながら通話を切断し、吐息を足元に落とす。そこは既にアスファルトで、振り向けば学園があった。

「問題よなァ」

 この土地に、この学園が存在するという問題。

 創り上げられた仕組みそのものを崩壊させるのではなく、維持させた上でどう管理すべきなのか、そうしたルールを作らなければならない。

 そんな中で蓮華ができることなんて、そう多くはないのだ。



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