バンパイアの未来
目の前には先ほど影に飲み込んだ筈の青年がいる。
喪失の楽園を受けてかつて戻ってきた者は居ない。
人の心とは弱いものなのだから。
もっとも幸せだった日々が永遠に続く。
例え嘘で塗り固められていようとも、魔法を受けている本人には気がつかない。
死ぬまで魔法でその欺瞞で、しかし幸福な光景は彼が死ぬまで続く筈だった。
だからこそヴィルハルトは目の前に広がる信じられない光景を見る。
青年はそこに佇む。
上を向いて表情は見えない。
――とこちらへと向き直り、目が合うと青年が口を開く。
「いいものを見せて貰ったよ」
「そうかね、では礼でも貰おうか?」
「ああ、じいさんとアイシャ、レティの分まできっちりと受け取って貰わないとな」
「そうか、やってみたまえ」
双剣を強く握りしめ青年を睨む。
レティの目には誰よりも頼りたい青年――グレイがいる。
レイスとアイシャが倒れ自分にできた事は――結界をはり続ける事だけだった。
戦う為ではない、時間を稼ぐ為に。
レイスやアイシャと行った自分よりも戦闘に秀でた者が倒れたのだ、自分に如何ほどの事ができようと。
だから待った。
結界をはり動きを止め魔力が尽きるまでそれは続く。
そして期待に応えるように今目の前にはグレイがいる。
涙をにじませながら目の前の青年の名を呼ぶ。
「グレイ!」
そこで気が抜けたのか結界が切れレティは膝から崩れ落ちる。
結界が消え、グレイとヴィルハルトを隔てる物が何もなくなる。
ヴィルハルトが双剣を手にグレイへと突進する。
こうしてグレイとヴィルハルトの最後の戦いが幕を開けた。
「はぁああああああああああああああああ!!」
ヴィルハルトは吼え。
「がぁああああああああああああああああ!!」
グレイも応える。
二対の長剣と一本の大剣が唸りを上げてぶつかり合う。
お互いの得物がぶつかり合う音はさながら終わりを告げる鐘のように何度も鳴り響く。
エントランスホールにその音が鳴り響き、火花を散らす。
声を上げるのは二人のみ。
そこを支配するは二人のみ。
二人はぶつかり、すれ違い、離れ、またぶつかる。
果てしなく続くかとも思えるその繰り返しを大剣が崩す。
先ほどまで続いていた金属のぶつかる澄んだ音とは違う、どこか濁った、不協和音。
グレイの横薙ぎの一閃が双剣を砕いた音だ。
そしてそのままヴィルハルトの脇へと大剣が吸い込まれ。
鈍い音を立てて脇へと食い込む。
双剣で相殺された分断ち切れてはいない。
折れた骨が肺に刺さったのか、ヴィルハルトが口から血を吐く。
だがその赤い瞳は今だ力強く光りを放っている。
「まだやるのか?」
そう訪ねるはグレイ。
「当然だ、バンパイアの未来が掛かっている」
「そうか」
グレイに怒りは無い。彼が求めてやまないものをヴィルハルトは魅せてくれたのだから。
「最後までつきあって貰えるかね?」
「ああ」
「では君から貰った魔力を返そう」
そういうとヴィルハルトは対峙するグレイの瞳をのぞき込み。
そこに映し出された己自身へと幻覚魔法を放つ。
メキメキと音を立ててヴィルハルトの体が変質していく。
皮膚を鱗の様な物が覆い額から角が突き出、背中からコウモリの羽の様なものが二枚。
目には爛々と輝く緋の目を携え眼光がグレイを貫く。
ヴィルハルトは自身に幻覚魔法を使い、魔力を暴走させた。
脳の限界を取り払い。グレイから奪った魔力をも飲み込み変質した。
圧倒的な力の奔流が周囲を取り巻き重圧を与える。
その力の爆発は蝋燭が燃え尽きる前の如く。
「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ヴィルハルトはそのままグレイの頭を掴み地を蹴り翼を使った推進力を上乗せして壁へと突進する。
破壊音が鳴り響きそのまま館の外まで
そのままの勢いでグレイを地面へと叩きつけた。
「ぐうぅっ!」
グレイは自分の中から骨が折れる音を聴いた。
――まずい。
大剣を握り締め頭を掴んでいる腕を薙ぐとヴィルハルトが手を離し距離を取る。
立ち上がって見るとヴィルハルトの右腕がだらりと下がっている。
――力についていけていない。
何もしなくてもヴィルハルトの体はやがて朽ちるだろう。
右手の先から黒い塵の様なものを上げている。
そんな決着は二人とも望んでないだろう。
二人の体は限界に近い。
次の攻防が最後だろう。そうどちらともなく感じている。
グレイは体に残った僅かな魔力を左手に集め大地を踏みしめ突進する。
突進しながらなけなしの魔力を使って雷光を放射する
フラッシュ。
光がヴィルハルトの網膜を焼き一時視力を失わせる。
その隙にグレイは上段から大剣を振り下ろす――もヴィルハルトは一歩後ろへ下がり一撃をよける。
そのまま剣を地面に突き刺しグレイは飛び上がると剣を起点に飛び上がり宙返りしながら剣を振り抜く。
ヴィルハルトの肩口へとゆっくりと大剣が軌跡を落とし。
ヴィルハルトの半身、胸深くまで食い込んだ。
「こうするしか無かったんだよ」
倒れたヴィルハルトが嘆く。
だが顔にはどこか涼やかな風が吹いている。
「迫害されてきたバンパイアの行き着いた所は何もなかった」
「…………」
グレイはただ無言で聴く。
「かつて滅びていった他の亜人達のように私たちバンパイアもゆっくりと滅びへと歩んでいる」
「そうか…………」
「そんな未来を変えようとしてみたが失敗したようだ」
そんな事。とは言えない。止めたのはグレイなのだから。
「一つ頼みがある」
「なんだ?」
「アイシャの事をお願いできまいか?」
「あんた……思い出したのか?」
「お父様!!」
振り向くとそこにはアイシャが居た。後ろにレイスとレティもいる。外へ出た二人を追いかけて来たのだろう。
アイシャが声を上げヴィルハルトへと走り寄る。
「お父様……どうして……」
「アイシャ……愚かな私には……こうする事しかできなかったんだよ」
「そんな事……」
アイシャの目から涙がこぼれ落ちる。
そんなアイシャをヴィルハルトは残った左手で撫でる。
既に右腕は方ほどまでが塵となり徐々に広がっている。
「アイシャ……私の娘よ……」
「はい……」
「彼と一緒に行きなさい」
嗚咽が入り声にならない。ただアイシャは何度も頷くのみ。
「あんたの願い、聞き届けた」
そうグレイは応える。
(ああ……これでいい)
(かつて滅んだとされる一族)
(最後に縁を残せた)
声も出せなくなったヴィルハルトは二人を優しい目で見つめる。
青年が何を残すか、何を成すのか何も成さないのか。
それは分からない。
ただ彼ほどアイシャを、バンパイアの未来を委ねられる者はいないかもしれない。
そうヴィルハルトはアイシャとバンパイアの未来を託した青年を見つめ。
その身を塵へと変えた。




