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アルテニカ工房繁盛記  作者: 宗像竜子
第3話 男の意地と女の見栄
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男の意地と女の見栄(24)

 暗くて狭い地下への通路を降りると、今日は他にも客の姿があった。いずれも武器の類を買い求めるだけあって戦士然とした雰囲気を漂わせており、降りてきたユータスに怪訝そうな目を向けてくる。

 いつもの薄汚れた作業着姿という事を差し引いても見るからに非戦闘要員のユータスである。こんな場所に何の用かと思われたのだろう。

 そんな視線を気にした様子もなく、ユータスは奥へと足を進めた。

「ロイドさん、こんにちは」

「よう、ユータス。今度はどうした? 『お玉一号』に不具合でもあったか?」

 声をかけると、やはりユータスの場違いな様子を気に留める様子もなくロイドが迎えてくれた。

「『お玉一号』?」

「おう。完成品を渡してくれたんだろう?」

「……ああ」

 どうやら先日の改造お玉の事らしい。確かにあれも、武器として一般的かというと疑問は残るが一流の職人が手掛けた作品である。銘があってもおかしくはない。あまりにもそのまま過ぎて銘だとは思わなかったが(なお、ネーミングの安直さに関してはユータスも人の事は言えない)。

「あれならとても喜んでいましたよ。特に問題もなさそうでした」

「そうか。……という事は、今日の用件はそれじゃないんだな?」

「はい。今受けている依頼で使いたい素材があるんです。もしかしたらここで取り扱ってないかと思いまして」

「素材だって?」

 予想外の言葉だったのだろう。ロイドは困惑を隠さずに顔をしかめた。

「確かにうちは加工もしているが……。うちにあるのは武器や防具用の鋼の類がほとんどだ。物によっちゃ稀少性がない訳でもないが、お前が造るような繊細な細工や装飾品には向かないぞ」

「装飾品そのものではなくて、それを入れるケースに使いたいんです。……あまり詳しい話は出来ないんですが、『簡単に開けられない』物を作る必要があって」

 ユータスの答えにロイドはあからさまに同情の籠った視線を向けてきた。

 おそらくまたしても妙な依頼を持ちかけられたと思われたのだろう──この間のお玉は言うに及ばず、今回の話も結構な無茶振りだと思うので否定出来ない。

「お前も付き合いというものがあるだろうし、独り立ちした身だ。俺が心配する事じゃないかもしれないが……、少しは仕事を選べよ?」

 心から案じてのものとわかる言葉にユータスも申し訳ない気持ちになる。

 ユータスも決して妙な仕事を自ら求めている訳ではないのだが、そういう仕事がこの所多い事は事実である。そしてそれを引き受ける事を決めたのはユータス自身だ。

 今後もこういった依頼を受ける可能性は否定できず、結局ユータスはいつもの言葉を口にした。

「善処します……」

「……お前のそれはあてにならないんだよな」

 長年の付き合いだけに見透かされている。やれやれと諦めたように肩を竦めながらロイドは話を進めた。

「それで何が必要なんだ?」

「実は――」

 最初はユータスの説明を興味深げに耳を傾けていたが、聞き終わる頃にはその厳つい顔に難しげなものが漂っていた。

「なるほどな。アレなら確かに頑丈だが……」

「難しいですか?」

「難しいと言うか……お前、そのまま使うとか言うが、さてはアレの大きさを知らないだろう。結構でかいぞ」

「……。ちなみにどのくらいですか」

「大きいものは子供が乗れるくらいはある。とは言え、素材に使えるのは成熟した個体だけだから小さめと言ってもさほど大きさは変わらんだろうな」

「なるほど……」

 ならばそのまま使うという案は無理だ。そのまま丸ごと加工するのであれば制作時間も大幅に短縮出来るのではと思ったのだが、今回中身の装飾品をデザインするのはイオリである。

 ユータスならともかく、イオリが通常の装飾品を外れる規格外の物を考えて来るとは思えない。

「それにうちに声をかけたくらいだからわかっちゃいるんだろうが、アレはなかなか手に入らないぞ。金額的には宝石に比べれば安い部類なんだろうが、そもそもろくに流通していない。鉱石の類いと違って掘れば出てくる訳じゃないからな。……そうだな、いっそ専門のハンターを雇って探す方が早いかもしれん」

 ここで難しければ職人ギルド辺りを当たろうと思っていたのだが、その返事は予想の範疇ではあったものの、若干畑違いではあっても一流の職人だけにより方向性が具体的だ。

「専門のハンターと言うと……、海洋ハンターですか?」

「もしくは──海賊か。良品質なら裏に流れていても不思議じゃない。何より略奪品と違って買い手がいくらでも探せるからな。まあ……、こちらは余程の伝手がなければ足元を見られるだけだが」

「海賊……」

 それは盲点だった。このティル・ナ・ノーグはアーガトラム王国屈指の都市であり、交易によってその豊かさは支えられている。ユータスの父も海運業を主とした商家に勤めているくらいで海はなくてはならない玄関口である。そのような場所だけにその筋の人間も珍しくない。

 だが、だからと言って犯罪者である海賊がその辺りを普通に歩いているはずもない。考え込むように視線を落とすユータスに、ロイドはさらに追い打ちをかけるように続けた。

「第一、アレは完全に防具用──それも護衛や防御に特化した玄人向けだ。うちに来るような冒険者やハンターはそこまで必要としない。このティル・ナ・ノーグじゃそんな重装備をしないとならないようなモンスターは滅多な事じゃ出ないからな」

 結局の所、入手は相当に困難という事だろう。しばし黙って考え込んだユータスは、やがて視線を上げると決意の籠った表情で頷いた。

「……わかりました、難しそうですが手がまったくない訳ではないんですね。何か伝手を探してみます」

 至極真面目にそんな事を言い出すユータスにロイドは慌てた。それだけ入手が難しいとわかれば、別のものを考えるのではと思ったロイドの思惑は大きく外れたようだ。

「ちょっと待て! 言っておくが、あるとしたらの話だ。ハンターならともかく海賊はやめておけ。お前じゃ足元を見られる所か身ぐるみ剥がされるぞ」

「それでも可能性があるなら……」

「あー、わかったわかった。仕方ない、この件は俺に任せろ。あまり期待は出来ないが……どちらも伝手がない訳でもない」

 ロイドは見かねて協力を申し出た。

 何しろユータスは身体こそどういう訳かやたらと頑丈だが、腕っぷしに関しては相方のイオリの方が遥かに立つくらいである。最悪、次の日にエクエス海に浮かびかねない――と思ったが心の内で呟くに留めた。

「ですが……」

「ここまで来ておいて遠慮するな。そこまでこだわるなら他のものじゃ駄目なんだろう?」

「すみません。素材を指定されてはいないので、それでなければならない訳ではないんですが……今の所他に思いつかないので」

 ユータスもわざわざロイドの手を煩わせたい訳ではない。ただのケースであれば他のもので代用するが、今回はケースまで含めての依頼だ。しかも、そのケースにはまた別に仕掛けの類が必須である。

 限られた時間で新しい何かを考えつくのはなかなか難しい。最終的に諦めるとしても何か代用出来るものを思いつくまでは案として可能性を残しておきたかった。

「取りあえず少し時間をくれ。そうだな──二日ほど貰えると助かる。大丈夫か?」

「もちろんです。オレも他に何か良い案がないか考えてみます」

 話がまとまった所でユータスが帰ろうとすると、ロイドがその背に声をかけた。

「ユータス、仕事もいいが……ちゃんと食って寝るんだぞ。何度も言うが、夢中になるとその辺りが疎かになるのは何とか改めろ」

 すでに次の事を考え始めていたユータスはぎくりと足を止めた。

「……善処します」

 再びの言葉に、ロイドはそれが当てにならないと言ってるんだ、と溜息をついた。

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