第5話:神界の財務監査、ついに本丸へ
「――待て。人間ごときが、我ら神々の『予算執行』に口を挟むというのか?」
最高神ゼウスの威厳ある声が、会議室に響き渡った。
しかし、手元の電卓を叩く佐藤ケンタ(28・経理部所属)の手は微塵も止まらない。ブラック企業の理不尽な査定と無駄なコストカットに耐え抜いてきた男にとって、神々の威圧など「中間管理職のクソみたいな説教」の足元にも及ばなかった。
「口も挟みますし、容赦なく『赤字査定』も下しますよ、ゼウスさん」
ケンタはビシッと指を突きつけた。
「あんたがさっきからドヤ顔で発動してる『神罰・天変地異アレイ』ですがね、これ、減価償却の期間を完全に無視してるでしょ! 一発撃つごとに、どれだけの神力の減損損失が発生してるか分かってるんですか!?」
「げ、減損損失……?」
隣で聞いていた軍神アレスが、青い顔をして冷や汗を流す。
「そ、それはなんだ? 強そうな名前だが……」
「簡単に言えば、**『使えば使うほど神界の資産価値がガタ落ちして、来期の予算が全カットされる死の呪文』**だよ!!」
「なっ……なんだって――!?」
会議室が、パニックに陥った。
数万年間、誰も疑わずに「世界を滅ぼすためのド派手なバトル」を繰り返してきた神々だったが、ここにきて「資本主義とコストカットの論理」という人類最悪の発明を突きつけられ、完全にてんやわんやの状態に陥っていた。
そこに、会議室の扉が「バァン!」と荒々しく開け放たれた。
「ちょっとちょっと! 何よこのざわつきは!」
入ってきたのは、先ほどまでの戦場の殺伐さが嘘のように、高級そうなブランドバッグを引っ提げた美と愛の女神アフロディーテだった。その背後には、ぐったりと疲れた冥府の王ハデスの姿もある。
「アフロディーテ、お前、勝手に下界から人間を連れ込んだな!」ゼウスが厳しく咎める。
「だってしょうがないじゃない! この人間くん、私の愛のバリアの出力不足を的確に指摘しつつ、さらに『神的エネルギーの効率的運用』について面白い話をしてくれたんだから!」
アフロディーテはケラケラと笑いながら、ケンタの隣にスッと腰掛ける。
「……ま、待て」
ハデスが、疲れ切った目をこすりながら重い口を開いた。
「この人間が言うには……我らがこうして世界を壊して戦うたびに、冥府の事務処理コストが跳ね上がり、死神たちの残業代が上限を突破しているらしい……」
「そうだよ!」ケンタがすかさず声を大にする。
「戦争ってのはね、始めるのは簡単だけど、後始末のコストが一番エグいんだよ! お前ら、ちゃんとした『事後精算書』出せるのかって話だ!」
神々は絶句した。
全知全能の神々でありながら、「予算」「コスト」「残業代」「減損損失」という人間の社会人が背負う呪いの言葉の前に、完全に論破され、気圧されていた。
最高神ゼウスは震える手で頭を抱え、やがて力なくうなだれた。
「……わかった。認めよう、人間の小間使い――いや、神界特別監査官、佐藤ケンタよ」
「誰が小間使いだ。これからは『首席財務アドバイザー』って呼べ」
「……うむ。頼む、佐藤殿。この膨れ上がった神界の赤字を黒字化するための『世界滅亡凍結プラン』を、どうか授けてくれ……!」
こうして、神々の壮絶な戦争は、なぜか一人の社畜による「神界の厳正なコストカット計画」へと変貌を遂げていくのだった。
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