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霞刃

 松葉組で料理の手伝いをして過ごした後、華火(はなび)さんと弥生さんに連れられて一振(ひとふり)家へ帰る。道中で二人に楓さんと何をしていたのか質問されたが、楓さんがユニークスキルを持っていることは秘密にする約束なので口を割らなかった。


 その日の夜。俺に与えられている客間にこっそりやってきた弥生さんが、ユニークスキルについて喋らされたのではないかと心配してくれたので、楓さんに交換条件を出して乗り切ったと話すと、とても驚かれた。どうやら身分の低い俺がやって良いような行為ではなかったらしい。


 楓さんは特に気にした様子がなかったので大丈夫だと思いたい。


「楓さんは松葉組で一番強いサムライなんだけど、天才ゆえに何を考えているのか分からない所があるんだよね。たぶん、他のサムライたちと違って男を下に見てないんだと思う。あの人にとっては男女関係なく下だから」


 あの時の威圧からして強そうだと思っていたのだが、なんと楓さんは松葉組で一番の実力者らしい。彼女がサムライらしいサムライでなくて良かったと思いながら、俺は眠りについた。


 数日が経過し、七々扇邸での料理手伝いにも慣れてきた頃。

 俺は台所で珍しい野菜を発見した。


「おっ、カボチャだ」


 日本では珍しくもない野菜だが、一振家でも七々扇(ななおうぎ)邸でも今まで見たことが無い。


「健之助、知ってるのかい?」

「えっ? は、はい。昔、食べたことがあって……」


 料理人である明乃さんがカボチャを知っていた俺に意外そうな目を向けた。その反応からしてカボチャを知っていることがかなり珍しいということが分かったので、俺は慎重に言葉を選ぶ。


「へえ、トラリドの獣人族(じゅうじんぞく)から買った野菜なんだけど、私は初めてでね。焼いて食べられるらしいんだが、何か良い調理法を知ってるかい?」


 彼女の話から、おそらくは外国の商人から買ったカボチャなのだろう。もちろん焼いても食べられると思うが、俺としては煮物にしたい。


「中の種とわたを取ってから煮ると美味しいですよ」

「なんだ、煮物に出来るのか。それなら簡単だね。健之助、切るのは任せるよ」

「分かりました」


 カボチャをまな板において包丁を握ったところで、俺はしまったと手を止めた。

 普段、カボチャを調理する時は電子レンジで柔らかくしてから切っていたのだ。しかしここにそんな便利な家電は存在しない。


「どうしたんだい?」

「いえ、その……カボチャって皮が物凄く硬いんですよ。この包丁で上手く切れるか不安で」

「ふうん? それなら、『魔力刃(まりょくやいば)』を使えば良いんじゃないかい?」

「魔力刃?」


 俺が聞き返すと、明乃さんは意外そうに目を瞬いた。


「なんだ、『料理LV2』なんて凄いスキルを持っているのに、魔法は使えないのかい?」

「使えないです。弥生さんに教わる予定ですけど、中々時間が合わなくて……」


 時間が合わないというよりは、初日の騒動があったので他のサムライたちがいる前で堂々と魔法を教わるというのがやり辛くて教わりに行けていないというのが現実だ。


「弥生様の手を煩わせなくても、私が教えてあげるよ」

「良いんですか?」

「ああ。あんたのスキルには助けられているし、男でも下級魔法くらいなら習得できるって聞くからね」

「ぜひ、よろしくお願いします」


 俺は魔法を教えてもらえると聞いて、すぐさま明乃さんに頭を下げてお願いする。

 このまま料理の腕を磨いて料理人になるのは悪く無いが、せっかくファンタジー世界にいるのだから魔法は絶対に習得したいと思っていたのだ。


「いいかい、魔法を使うには魔力が必要になるんだが、これから教える『鬼魔法(おにまほう)』は体内の魔力を使うわけじゃないんだ」

「体内以外の魔力? 人の身体以外にも魔力があるんですか?」

「ああ。自然魔力と言って、空や大地にも魔力はある。『鬼魔法』はその中でも大地を流れている魔力を使って発動させる魔法なんだ」

「大地を流れる魔力……? そんなもの、どうやって使うんですか?」


 明乃さんはニヤリと口角を上げると、右足の裏を台所の土間にバンバンと叩きつけて見せる。


「大地から足の裏を通るようにして自分の身体へ自然魔力を流すんだよ」


 俺は自分の足と土間を見比べて、首を傾げる。


「ど、どうやってですか?」

「自分の魔力を地面に流して道を作るんだ。そうすればそこを流れるように自然魔力が身体の中へと入ってくる」

「自分の魔力はどうやって操るんですか?」

「それは……なんていうか……その、何となくの感覚で」


 俺は突然歯切れが悪くなった明乃さんの説明に眉をひそめる。つまり魔力のコントロールは感覚で行えという事だ。


「とりあえず、やってみます」


 俺は目を閉じて意識を集中させると、丹田の辺りに力を入れてイメージを膨らませる。

 ステータスによれば俺の身体にも魔力はある。それを集めて足へと流していく。


 足の裏に意識を集中させて、そこから地面へと体内の力を流し込むようにイメージしていると、ビリっと痺れるような感覚が足の裏にあった。


「うわっ!?」

「どうした?」

「な、何か痺れるような感覚が足の裏にあって」

「痺れる? 何だか面白い感じ方だけど、自然魔力は身体からしてみれば異物だから、健之助の身体がびっくりして反発しようとしたのかもしれないね」

「じゃあ、この痺れるやつを身体の中へ受け入れれば良いんですか?」

「そうだ。身体の中へ自然魔力を取り込んだら、それを今度は手に持っている包丁に纏わせて刃を作る。それが『魔力刃』さ」


 俺は再び目を閉じて足から地面へ自分の魔力を流すイメージを作る。すると再び痺れるような感覚が足の裏を刺激した。来ると分かっていれば耐えられる程度の痺れなので、俺はその痺れる魔力を身体の中へ受け入れるようにイメージすると、暖かな力が流れ込んで来た。


 先ほどまでの何となくのイメージや軽く痺れるようなものとは違う。間違いなく足の裏から何かしらのエネルギーが俺の身体へ流れ込んで来ている。


「き、きた! これが自然魔力ですか?」

「よし、じゃあその魔力を右手から放出して包丁に集めろ。刃の形にするんだ」


 俺は右手に持っていた包丁を胸の前で掲げると、握り込んだ柄から自然魔力を流し込み、魔力による刃をイメージする。


「――えっ」


 明乃さんが小さく呟いたので、俺は気になって彼女へ目を向けた。


「ん? どうしました?」

「け、健之助、包丁を動かすな!」


 明乃さんが俺の右手を慌てて押さえると、包丁が動かないように固定する。


「ど、どうしたんですか?」

「今すぐに魔力を消すんだ!」


 明乃さんが物凄い剣幕で怒鳴る。

 俺は驚きつつも尋ねた。


「ど、どうやるんです?」

「身体の中にある自然魔力を全部大地へ返すんだ。出来るだろ!?」

「や、やってみます」


 何だか分からないが、尋常ではない事が起きているのを感じ、俺は明乃さんに言われた通りに自然魔力を足裏から大地へ返していく。


 全てを返し終えたところで、明乃さんは気が抜けたように俺から離れると、土間との境にある上がりまちへ腰を下ろした。


 俺が突然血相を変えて怒鳴った明乃さんに説明を求めようと思ったところで、数名の足音が近付いて来る。


「怒鳴り声が聞こえたけれど、何かあったのか?」


 明乃さんの怒鳴り声を聞き付けて台所へ入って来たのは、夕陽さんと数名のサムライだった。明乃さんは慌てて立ち上がると、夕陽さんに事情を説明する。


「け、健之助に『魔力刃』を教えていたのですが、想定外の事が起こりまして……」

「想定外? 詳しく聞かせてくれ」


 夕陽さんは明乃さんと話しているのに俺を見ており、目がギラギラと輝いている。これは間違いなく面白がっている顔だ。


「いえ、その……見間違いかもしれません。よく考えたら有り得ないことです。不確かな情報を夕陽様にお伝えするわけには――」

「有り得ないかどうか判断するのは君ではない。私だよ。いいから早く教えなさい」


 夕陽さんの声が一段階低くなったのを感じ、明乃さんは真っ青になった。


 俺に対してはもっと気さくな人だったのだが、今は威厳あるサムライという言葉がピッタリだ。幽霊が言っていたサムライは男にとても優しいというのは本当だったようだ。


「け、健之助は『魔力刃』ではなく、『霞刃(かすみやいば)』を作り出したように見えました。台所を破壊されるわけにはいかないので、慌てて止めたのです」

「ほう。『霞刃』だって?」


 夕陽さんが口角を上げて楽しそうに俺を見る。

 何だか分からないが、俺は『魔力刃』ではない、別の魔法を使ってしまったらしい。


 夕陽さんの視線から逃げるように目を逸らすと、視界の左下にアイコンが出ていることに気が付いた。

 何度か見た『レベルアップ』というアイコンと、『スキル習得』というアイコン。そして『魔法習得』というアイコンが表示されている。


 俺は慌てて、新しく覚えたスキルと魔法を確認する。


・パッシブスキル:自然魔法LV1

 魔力が10%上昇する。中級の自然魔法まで習得可能になる。

・鬼魔法:霞刃

 中級自然魔法。武装型。自然魔力を物理的な刃へと変質させる。


 習得したスキルと魔法を照らし合わせると、俺が一体何をしてしまったのか何となく察することが出来た。


 自然魔力を扱おうと体内魔力を操作していたことで経験値が入ってレベルアップし、『自然魔法LV1』のスキルを習得。それによって中級までの自然魔法が使えるようになったので、下級魔法である『魔力刃』をすっ飛ばして中級魔法である『霞刃』を習得したのだと思う。


「健之助君、ステータスを確認しているような視線の動きだけど、何か変化があったのかい?」


 そうだった。新しく習得したスキルと魔法に気を取られて、夕陽さんに見られていることを忘れていた。

 夕陽さんはニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべている。


 『魔力刃』を習得したと嘘を吐くことも出来るのだが、そうすると明乃さんが嘘吐き扱いをされてしまいそうだったので、ここは正直に本当の事を話すことにした。


「えっと……『霞刃』って魔法を習得しました」

「へえ……」

「なっ!? お前、ふざけているのか?」


 中級魔法は『自然魔法LV1』を習得していないと使えない魔法のようだが、LV2やLV3が条件ではないので、これまでのスキルほどの珍しさはないだろうと考えたのだが、夕陽さんの後ろから出てきたサムライが苛立ちを露にしたことで、俺の考えが甘かったと分かる。


「男のお前が『霞刃』を使えるわけがないだろう」

「そう……なんですか?」


 俺が視線を夕陽さんへ移して尋ねると、彼女は笑顔のまま頷いた。


「普通の男には出来るとは思えないね。楓と何やら秘密を共有している健之助君が普通の男だと私は思っていないけどね?」


 楓さんとの秘密について言及される流れになりそうな雰囲気を感じて、俺はグッと息を呑んで腹筋に力を入れる。


 ここで焦って言い訳をペラペラと述べるのは悪手にしかならない。慎重に言葉を選ぶ必要があるだろう。


「俺や明乃さんが嘘を言っていない証明をするために、もう一度魔法を使って見せても良いですか?」

「もちろんだ。君の『霞刃』を見せてくれ」


 夕陽さんに許可を貰い、俺はまな板の上に置いていた包丁を手に取る。


 まずは意識を脚に集中させて魔力で大地との道を作る。そしてその道を通って流れてきた自然魔力を身体へと受け入れていく。


 十分に身体を満たした自然魔力を右手から包丁へ集まる様にイメージするとビリビリとしたエネルギーが右手を通って出て行くのが分かる。不思議な話だが、俺の身体を経由した自然魔力はまるで手足のように自在にコントロールできると感覚で理解できた。


 包丁へ集まった自然魔力を刃のように尖らせて固めていくと、包丁全体が半透明の光を帯びて自然魔力の分だけ刃が伸びていく。


 どこまでも刃が伸びて行きそうだったので、刀のような長さをイメージして自然魔力の放出を止めると、『霞刃』は完成だ。


 俺の右手にはその名の通り霞で作られたかのような魔力の刀が握られていた。


 さっきは目をつぶっていたせいで気付かなかったが、俺の手元ではこんなものが出来ていたのか。


「見事な『霞刃』だね。君、さっき健之助君が作ったのもこれと同じ物だったのかい?」

「い、いえ。さっきは天井に届きそうなほど巨大な包丁の形をしていました」


 明乃さんの証言を聞いて、夕陽さんやサムライたちが俺に警戒するような目を向けた。


「あっ、さっきは包丁を見ずに魔力を注ぎ込んでいたので、大きくなってしまったんだと思います。今回はしっかりと目で見て大きさを調節したのでこの形になりました」

「大きさの調節まで出来るのかい? 最大だとどこまで大きく出来る?」

「えっと……ちょっと待ってくださいね」


 俺は身体の中に残っていた自然魔力を『霞刃』に流し込んで刀身を伸ばす。刀身はグングンと伸びていくが重さは感じないのでいくらでも伸ばせそうだ。


 天井に刃が突き刺さる手前まで行ったところで止めると、危ないので自然魔力を体内へ戻した後で足から大地へ放出した。


「天井までが限界でした」


 俺は包丁を置くと、夕陽さんに向かって堂々と嘘を吐いた。


 もっと大地から自然魔力を取り込めば無限に伸ばせそうだが、本来は男に『霞刃』は使えないそうなので、これで限界だという演技をしてみたのだ。


 しかし夕陽さんは嬉しそうだし、他のサムライたちは青ざめていたり、恨めしそうな視線を向けてきたりしていて、思った通りの印象操作は出来なかったことが分かる。


「健之助君。松葉組に入りなさい」


 夕陽さんは俺の肩に手を置いて笑顔で言い放った。

『霞刃』は訓練を積んだサムライが習得する魔法であり、初めて魔力を扱った男がいきなり使える様な魔法ではありませんでした。

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