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12.惜別


──美毘の眷属になると決めたその日から、俺は手段をいとわず血を得ようと奮闘したが、結果は惨敗だった。


 今まで美毘を殺そうとした日々……手を抜いて相手をされていた事は承知していたが、実際のところ美毘がその気になれば、俺は近づくことすら叶わなかった。


 真っ向勝負では話にならないと悟った俺は、直ぐに攻め方を変えたが状況はかんばしくなかった。


 これまでは当然のように食っていた毒入りの飯も一切受け付けなくなったし、寝込みを襲おうと思っても夜のとばりが降りる頃には美毘は姿を消してしまう。


 結局まともな機会は剣術指南の時のみだが、手を抜くことをやめた美毘は、刀の一振りで地を割り木々を薙ぎ倒すような怪物だった。いや、あるいはそれでもまだ本気ではないのかもしれない……。


「……いい加減もう諦めよ。何故なにゆえこれまでのように慎ましく生きれんのじゃ」


 返り討ちで負った傷を自分で手あてしていると、美毘がやってきてそう言った。


「俺を眷属にしろ」


「出た〜最近のバンビの口癖〜二言目には眷属眷属って、全然嬉しくないんじゃからねそれ」


「俺は真面目に言ってる」


此方こなたも真面目じゃ馬鹿たれ」


 言葉通り、美毘の表情は真剣だった。本心で俺が眷属になることを拒んでいる。


「何故いけない。俺はずっとお前と共に生きたい」


「バンビよ。死ぬことが出来ぬモノが、果たして生きていると言えるのか? 命は限りがあるから尊いのじゃ。森羅万象全てに終わりがあり、それを悟らば限りある時間の尊さにも気付くじゃろう」

 

「そんな綺麗事、どうだっていい」


「……そうか。じゃが此方こなたはもう綺麗事にしか関わりとうない。不死のこの身にこれ以上癒えぬ傷を負うのはごめんじゃ」


「……お前に治らない傷なんてあるのか」


──とんでもない失言だったと、言って直ぐに後悔した。美毘の表情は変わらなかったが、瞳の奥に悲しみと怒りが渦巻いているのが見えてしまった。


「……子々孫々に至るまで忠義を尽くし仕えると誓った者共は、ものの数十年でそれを反故ほごにし、裏切った。言葉でなんと言おうと、此方こなたはもう誰を信じる気もない……信じなければ、裏切られることもないのじゃからな」


 その言葉を聞いて、ようやく理解が追いついた。美毘がどうしても俺を眷属にしたくない明確な理由……それは恐怖だ。


 美毘が八家の裏切りによって心に負った傷は、痛みは、到底計り知れないものだ。

 不死の美毘はその傷を永久とこしえに抱えて生きていく事になるだろう。そして今、美毘の前にはまた新たな傷を産むかもしれない不安の種が転がっている。


 俺が望んでいることは、美毘にしてみればその不安の種に水を撒いて芽を出してくれと言っているようなものなのだ。


 だからきっと、俺が今どんなに言葉を尽くそうとも美毘は首を縦には振らないだろう。

 既に胸に刻まれた傷の痛みが、恐怖となってそれを引き止めているからだ。


 俺は深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。


「……分かった」


「……そうか、分かってくれたか。ならばこれで喧嘩は終わ────」


──俺はかたわらに立て掛けていた刀を手に取り、鞘から刀身を一尺いっしゃくだけ出して自分の首筋をかき切った。


 目の前で、美毘が唖然とした表情で固まった。


 直ぐにおびただしい量の血が吹き出し、俺の体と美毘を血に染めた。想像していた何倍も痛くて、熱くて、冷たい……。


「……な、何をしとるんじゃ馬鹿者! 何故このような、くそ、血が止まらん……!」


 美毘は俺の首すじを抑えてつけて必死に血を止めようとしている。だが、ダメだ。相当深く斬ったからな。


「……命を……懸け……お前を…………一人には……」


 全身が痺れて、意識が飛びそうになる。言わなければいけない言葉が上手く話せない。


 美毘が俺の顔を見て何か叫んでいるが、何も聴こえない。段々と視界もぼやけてきた。このまま死んでしまうかもしれない。


 けど、それならそれで仕方のないことだ。もう覚悟は決まっていた。あとは俺じゃなく、美毘が選ぶことだ……。


──薄れゆく意識の中、美毘がギュッと唇を噛んで、俺に口付けをした。


 もうほとんど何も感じなくなっていたが、口の中に血の味が広がるのが分かった──




* * *




──目が覚めると、俺は御殿ごてんの一室で寝かされていた。


 もうすっかり日は落ちて、月の光が縁側に射し込んでいる。


(……そういえば、十五夜か)


「…………美毘」

 

 惚けていた頭が急に覚醒した。昼間の事を思い返して、俺は自分の首筋に触れる。


 傷が無い。何事も無かったかのようにすっかり消えている……それどころか、あちこちにあった別の生傷や古傷まで無くなっていた。


 俺は美毘を探した。まずは強引なやり方になってしまった事を謝りたかった。そして、あの時上手く話せなかったことを、改めて伝えたかった。


 けれど、どれだけ探しても美毘は見つからなかった──

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