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11.眷属

美毘が八衢やちまたに訪れて十二回目の夏。それは起こった──


「……はぁ、はぁ、……くそ、身体が重い……」


「なんじゃバンビ、もうバテたのか?」


 俺はいつものように美毘を殺そうと、刀を振るっていた。そう、いつものようにだ。


 だからこそ、分かってしまった。自身がいつの間にか、成長から老いへ転じていた事を、数年前よりも確実にキレの落ちた太刀筋がもの語っていた。


 それを認識した途端、脳裏にあの日の出来事がよぎった。


 老いさらばえ、病に侵されて枯れ枝のように細くなった八熊の手足……見る影も無くなった上段からの一刀……そして、一人残された悲しみと恐怖──


 このままでは、俺は美毘を殺せないどころか一人にしてしまう。


 それは、今まで感じたことのないような恐怖だった。初めて本当の意味で死ぬ事が恐ろしいと思った。


「──バンビ、どうしたのじゃ?」


 心配そうに顔を覗き込んでくる美毘の言葉に我に返った。


「……どうもしない。殺してやるからかかってこい」


此方こなた、それ何回聞いてもキュンときちゃうんじゃな」


 構えもせずにそう言った美毘に、俺は刀を振り下ろした。


 もう十年以上繰り返されたこの行為に、意味が無いことなんて分かりきっている。


 ただ、それ以外に手段を知らなかった。殺せないからと言って殺さないのは、俺の命を拾った八熊を裏切る行為だ。


 なにより、俺が諦めたら本当に美毘が孤独に呑まれてしまう気がした。殺す事を諦めるという事は、美毘の不死を認めてしまうことだから、それだけはできなかった──


 右袈裟みぎけさにした美毘の身体から、数秒遅れて血が吹き出した。斬りつけられた美毘は、微笑んで……ギョッとした顔になった。


「──馬鹿者っ、何故よけぬ!」


 美毘が口から血を吐きながら、俺の顔を手で押さえ付けてその場に押し倒した。


 俺が混乱する間にも、美毘の傷はたちどころに塞がり、飛び散った血も赤黒い霧となって美毘の身体に消えてゆく。


 美毘は酷く狼狽ろうばいしたまま、俺の顔を見回して何かを確認した。


「……血は、飲んでおらぬな……何故よけぬのじゃ。阿呆……」


 俺を見下ろす美毘の顔は、安堵に満ちていた。

 しかし、十二年間一度も見たこともないような美毘の狼狽に、俺の胸はまだ騒々しいままだった。


「よいか、此方こなたの血は毒じゃ。決して浴びてはならん」


 美毘は気を取り直したようにそう言った。


 これまで、先代八熊に教わった剣術で美毘を殺そうとしていた俺は、一度も返り血を浴びた事はなかった。


 教わった太刀筋と足運びに従っていれば、自然とそうなるのだ。

 しかし、それにしたってよくよく考えれば異常な事だった。いくら何でも十二年間も殺し続けて、一度も返り血を浴びないなんてことは有り得ないのだ。

 美毘が故意にそうしていなければ……。


「……お前の血は、なんの毒になる」


 仰向けで背中に土を付けたまま、美毘に問いかけた。


此方こなたの血は……いや、魔女の血は、人を人ならざるモノへと変えてしまうのじゃ」


「……?」


「魔女が人間に血を与えると、大抵の人間は体調を崩すか、悪くすれば死んでしまう……しかし、稀にそのどちらでもない者もおる。そやつらは血を与えた魔女と同じ異能を持って不老となり、『眷属』と呼ばれるのじゃ」


 それは、逃れようのない運命を悟ってしまった俺にとっては、まさに渡りに船とも言える話だった。


「……美毘。お前の血を俺に飲ませろ」


「何をたわけたことを……今の話、聞いておらんかったのか」


「聞いていたから言っている。俺も不死になったのなら、たとえこの世が滅ぼうとも、少なくともお前は一人にはならないだろう」

 

「……この、大馬鹿者が!」


──美毘が怒鳴った。普段飄々としている美毘が初めて見せた表情に俺は思わず固まった。


此方こなたがそのような事を望んでおるなどと何時いつ言うた! そなたに頼んだか!? そもそも、飲めば死ぬかもしれん毒を自ら飲むなど正気の沙汰ではないわ!」


「正気だったらお前を孤独にしないですむのか?」


「今はそんな軽口聞きとうない!」


「美毘。どうせこのままでは俺もいつか死ぬ。そうなればお前は一人になるんだぞ……遅かれ早かれというなら、俺はその毒が薬になる方に命を懸けたい」


「……言うに事欠ことかいて此方こなたの前で、軽々に命を懸けるなどとぬかすな! 終わりがある命をもっと真剣に生きよ! この世に命を懸けてまで成すことなどありはせんのだぞ!」


「俺にはあるんだよ!」


「あるものか!」


「お前が好きだ!」


「このませ餓鬼ガキが!」


「俺はもう二十と八つだよ!」


──どちらともなく黙り込んで、しばらく二人の荒い息遣いだけがその場に残った。


「……お前がなんと言おうと、俺は眷属とやらになってやる」


「好きにするがよいわ……できるものならな」

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