62話:素敵な援護射撃
ヒュウ~~~という音の後に、爆音が聞こえ、フリーズして、声が出ない。
「!!」
空に閃光を感じたと思ったら、バチバチバチと音がして……。
「……花火!」
驚き、夜空を見上げる。
満点の星空と花火。
なんて美しいのかしら!
「クリスティ」
ハッとして声の方を見ると、対面の席にいたはずのアレクが、私のすぐ近くまで移動していた。しかも片足をテラスの床につき、跪いた姿勢で、白い箱を取り出している。
「これ、婚約指輪だよ。婚約式で贈るのが慣習。でも僕達は婚約をしているって、少しでも早く示したくてね」
そう言うとアレクは白い箱の蓋をパカッと開ける。
そこには二つの指輪が入っていた。
「爪ありの指輪は、校則で禁止されているから、爪なしのデザインになっている。これは僕がつける指輪。こっちがクリスティの指輪だ。つけてもいい?」
「勿論です! ありがとうございます、アレク王太子殿下!」
アレクは箱から、ピンクゴールドに紫色の宝石が埋め込まれているリングを取り出す。
まさか今日、婚約指輪をもらえると思わず、喜びで心臓がバクバクしていた。
「これはパープルダイヤモンドだよ」
「パ、パープルダイヤモンドですか!?」
パープルダイヤモンドは、実に希少性が高い。カラーダイヤモンドの中でも、レッドダイヤモンドと匹敵する価値があるとされていた。しかも上質なパープルダイヤモンドは、なかなかに手に入らない。よくぞ手に入ったと思ったら……。
「実はずっと前から用意していた。僕は絶対にクリスティにプロポーズするつもりだったから」
照れながらそう言うアレクに、胸がキュンとする。
「サイズもピッタリだね」
ピンクゴールドは肌に馴染みやすい。
サイズもピッタリ、私の瞳に合わせてくれたパープルダイヤモンドも嬉しい!
「ありがとうございます。本当に嬉しいです」
「良かった。では今度は僕に着けてくれる? クリスティ?」
「喜んで!」
前世のラーメン屋や元気のいい居酒屋の店員のような返事をしてしまった! アレクもクスクス笑っている。動揺をなんとか静め、アレクがテーブルに置いていた、白い小箱を手に取る。
ホワイトゴールドのリングに、小粒の碧い宝石が埋め込まれている。
「これはブルーダイヤモンド。王太子である僕の定石がブルーダイヤモンドなんだ」
王太子であるアレクが公式行事で身に着ける宝飾品。特にこだわりがなければ、この定石であるブルーダイヤモンドを使うという。
「あ、殿下もピッタリのサイズですね」
「そうだね。さすがに僕が用意したから」
それはそうだ。というか……。
「殿下の指輪は私が」
二人分の指輪の料金、アレク持ちにするわけにはいかないと思ったのだけど……。
「そこは気にしないで、クリスティ。本来婚約指輪は、男性側が女性に贈るもの。今回、僕は個人的に着けたくなっただけだから」
「分かりました。お気遣い、ありがとうございます! でも個人的に、ですか……?」
「婚約指輪を着けていれば、僕には心に決めた人がいると、一目瞭然で分かるだろう? 所謂、女性避け、かな」
これはヒロインに対する牽制だわ!
絶対に私以外になびくつもりはないと、婚約指輪を自身も着けることで、アピールしてくれるのね。
アレクの私を想う気持ちが伝わってきて、ドキドキしてしまう。
落ち着こう、私。
このままではアレクに抱きついてしまいそう。
深呼吸をして別のことを考え、思い出す。
婚約指輪が男性から女性へ贈る物なら、その逆では懐中時計やカフスボタンをプレゼントする。それは別途用意するとして、今は……。
「殿下。これまでいろいろいただいているのに、私から殿下へ贈り物が全然できていません。そこで殿下の名前を私が刺繍しました。受け取っていただけますか?」
刺繍をしたものを「受け取れません」とは言いにくい。
贈り物を遠慮する謙虚な人も、これなら絶対に受け取ってくれる。
「僕の名前を刺繍しくれたの!? それは嬉しいな。受け取るよ、むしろ僕以外に渡したくない。絶対に」
可愛らしい反応に頬が緩みそうになる。
「こちらです」
青いリボンでラッピングした、白い長方形の箱を、アレクに差し出す。
するとわざわざ席から立ち上がったアレクが、私のそばまで来てくれる。慌てて私も立ち上がると、恭しく箱を受け取ってくれた。
「この場で開けてもいいのかな?」
「はい。……刺繍、そこまで上手ではないですよ」
「上手下手は関係ないよ、クリスティ。大切なのは気持ちだと思う。僕を思いながら刺繍してくれた。その事実に僕は、心を打たれている」
そう言いながら、シュルッとリボンをほどき、パカッと蓋を開ける。
そして中のシルクの白手袋を取り出すと……。
「ああ、なんて素敵な飾り文字の刺繍なんだろう。嬉しいよ、クリスティ! ありがとう、大切にする」
バチバチバチとした音に、花火の打ち上げが続いていたことを思い出す。
でもそれが最後だったようだ。
急にシンとなった。
改めてアレクと向き合う。
彼の碧い瞳は、私の渡した刺繍入り白手袋が嬉しくて、潤んでいる。
アレクが私に贈ってくれた婚約指輪。そのリングには、この世界で買える人がひと握りしかいない、パープルダイヤモンドが埋め込まれていた。そんな希少性が高い宝石を贈ることができるアレクが、私の刺繍入り白手袋で、こんなに喜んでくれるなんて。
とても感動していた、私は。
ここはもう、アレクに抱きつきたい。
チラリと見ると、何かを察知した父親は、今にも止めるために立ち上がりそうだった。
まさにトライをしようとするラグビー選手のような気持ちで、一瞬の隙を窺い、アレクに抱きつく。すぐに父親に引きはがされると思ったが……。
なんと国王が父親を止めてくれていた!
テーブルが分けられていた理由。それはこの婚約指輪を、アレクが私に渡すと分かっていたからなのだろう。二人の邪魔をしないようにと。そして今もそうだ。
いくら未婚の男女で不用意な接触を禁じていても。
婚約指輪を贈ったのだ。
ハグ……抱擁ぐらい許してあげなさいと……未来の義父が言ってくれたと思う。
まさに素敵な援護射撃!
「クリスティ。大好きだよ。君のこと、大切にする。絶対に心変わりなんかしない。僕は君がいればそれでいい。他に何もいらないから」
「殿下……!」
アレクにぎゅっと抱きしめられ、幸せを噛みしめた。