53話:動き出す時間
「大好きですよ、殿下のことが!」
「クリスティ……! 抱きしめてもいい?」
そこでバタバタと駆け寄る足音が。
「殿下―――――っ! クリスティ、どこへ行ったと思ったら! 皆が探しています。殿下とも挨拶をしたいと。お戻りください!」
父親の有無を言わせない形相に、アレクと私は「「申し訳ありませんでした!」」と立ち上がった。
お父様、実はどこかで私達のことを見ていたわけではないわよね?
あまりにもタイミングが完璧だった……。
おかげでアレクとの抱擁はお預けだ。
そんなことを思いつつも、その後はアレクと私も社交に追われ、また招待客のダンスのパートナーとして、忙しく動き回ることになる。
アレクとゆっくり話すのは、また後日ね。
こうして舞踏会は慌ただしく動き、そして後日、私は改めてアレクにジュリアスの件を話すことになる。つまりジュリアスと婚約すれば、予知夢の未来を避けられると思っていた。好きという気持ちがないのに、自分の生存のためだけに、ジュリアスの婚約者になることを考えていたことなどを、打ち明けたのだ。
これに関してアレクは理解を示してくれた。「生きるためにそうするしかないと、その時は思ったのだろう? でも今は違うよ。僕がついている。もうそんなことをする必要はない。手遅れにならずに済んでよかったよ」と安堵する。そして彼は「婚約を前提にした交際でいいよね? 婚約契約書をちゃんと結ぼう」と提案。
こうして私はアレクの正式な婚約者になるべく、準備が進められることになった。
◇
三度目のクリスティの人生で、初めてアイゼン辺境伯領を出ることになる。
この時代、旅行はまだ一般的ではない。
それでも王侯貴族はあちこちに別荘を持つから、小旅行はしていた。でもそれは自身の広大な領地の中で端の方へ移動するとか、せいぜい周辺の領地へ向かうくらいだ。生まれた土地から一度も外へ出ることなく、一生を終える……割と当たり前のことだった。
それでいて王都の裕福な貴族達は、地方に別荘を持ち、避暑や狩猟シーズンに大移動をするのよね。逆に地方の領主たちは、単身赴任で王都のタウンハウスに滞在することがほとんど。ただし辺境伯は除く、だ。辺境伯は、常に自身の領地で国境を接する国に睨みを利かせることの方が多い。重要な会議の時のみ、王都へ短期間出向く。
というわけで絶対に断頭台送りにならないと決めていた私は、アイゼン辺境伯領を出る気などさらさらなかった。ましてや王都へ行くなど考えたことはない。だがしかし。王太子であるアレクと婚約するにあたり、王都へ行かない選択肢などなかった。
そう。
今、私は王都へ向かう馬車の中だった。
「あなた。バカンスシーズンに王都へ行くのは久々よね」
「そうだな。暑さをしのぐため、王都の貴族がこぞって我が領地に来るのに。わたし達がまさか王都へ向かうとは」
両親と三人で馬車に揺られている。
この馬車での旅、かなり大所帯。
なぜならアレクも一緒だからだ。
彼が乗る馬車の前後には護衛の騎士がいる。その後に私達の馬車が続き、さらに後方には使用人を乗せた馬車もゾロゾロ列をなしていた。そして護衛の騎士や兵士も続く。そこには辺境伯家に仕える騎士や兵士もいるのだから、これは前世で言うなら大名行列みたいなものだ。それでも数は抑えていた。大勢の騎士や兵士を連れ、王都へ向かえば「反逆か!?」となり兼ねないからだ。
でも見るからに精鋭と思われる騎士や兵士がズラリと揃っている。盗賊や山賊も明らかに金持ちがいる……と思っても手を出すことはない。むしろアイゼン辺境伯家の紋章がついた旗を見て、逃げ出している可能性が高かった。
何せ数年に一度、盗賊や山賊撲滅のため、アイゼン辺境伯家による討伐作戦が決行されているからだ。その度に、盗賊や山賊は壊滅的な打撃をこうむる。殲滅され、数年は平和が続き、また悪の芽が再び芽吹く。それを摘むため作戦が決行され……ということが繰り返されていた。
このことは既に広く知れ渡っているため、盗賊や山賊はアイゼン辺境伯と聞くだけで逃げる準備をするぐらいだと聞いている。
ちなみにデュークはアレクの馬車に便乗し、王都で暮らす両親に顔を見せに行くことになっていた。今はバカンスシーズンで学校も休み。帰省には丁度いい。
対するジュリアスはアイゼン辺境伯領に残り「見所はいろいろありますから、案内してもらうので大丈夫です」と、領地に残る副官たちに守られながら、観光を楽しんでいる。それに前世と違い、競馬は貴族の娯楽と考えられていた。避暑でアイゼン辺境伯領に訪れた貴族を楽しませるため、競馬も頻繁に行われている。そちらの観戦も楽しむことにしたようだ。
「それにしてもウィンフィールド第二王子殿下まで、クリスティにプロポーズをしていたなんて、驚きだわ。しかもお断りしても、波風が立たなかったなんて。本当に奇跡ね」
レモンシャーベット色のドレスを着て、私の隣に座る母親がしみじみとそう呟くが、それはまさにその通りだった。ただゲームの世界としては、私とアレクが婚約するなら「どうぞ、どうぞ」とジュリアスが余計なことをしないように、仕向けただけかもしれないけれど……。
「しかしクリスティがまさかアレク王太子殿下の婚約者になるとは……。王太子妃教育はこのまま辺境伯領で受けるのでいい、殿下もいるのだから、そのままアイゼン高等学院に在籍するので構わないと言われたが……。いずれ学院を卒業したら、クリスティは王都へ行ってしまう……王都へ……王都へ……」
父親はパールシルバーの素敵なセットアップを着て、とても若々しくかっこいいのに。王都までの旅の道中は、魂が抜けてしまい、大変! まだ私は一年生で、卒業まで時間がある。それにアレクが王家に働きかけ、少しでも長く私がアイゼン辺境伯領にいられるように動くと言ってくれているのだ。今からこの調子では先が心配!と思ってしまうが。
ここまで父親が、自身の手元から私が去ることを寂しいと思ってくれている――その事実を嬉しく感じているのも事実。二度のループの人生ではなかったことなのだから。
そして明日には遂に王都へ到着だった。
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【お知らせ】第一部完結!
『悪役令嬢です。
ヒロインがチート過ぎて嫌がらせができません!』
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全40話、第二部開始までに一気読みはいかがでしょうか!
第一部だけで読み切りになっています。
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