51話:勝手に片想い!?
アレクは王族。彼が来るか来ないかでは、舞踏会に大きな影響がある。もし来ないのであれば、父親に連絡が来ているはずだ。そこでさりげなく父親に確認する。
「来ることができないという連絡は来ていないよ、クリスティ」
父親がそう答えたまさにそのタイミングで、アレクがエントランスホールに姿を現した。
光沢のある真っ白なテールコート。
タイとベストはアイスブルーで自身の碧眼とブロンドとの相性も抜群の装い。
しかもサラサラのブロンドの前髪は分け目が違い、いつもより大人っぽく感じる。でも相変わらずの甘いマスク。なんだかこの世の光を束ねたようなアレクの姿に見惚れてしまう。
「今日はお招き、ありがとうございます」
アレクは輝くような笑顔で私達に挨拶をすると、そのまま会場となるホールへと歩いて行く。
その姿はいつも通りのアレクだった。
だが違和感を覚えていた。澄んだ夏空のような瞳の奥に何か強い意志が感じられたのだ。それは……なんだか胸騒ぎにつながる。
今すぐ、アレクに声をかけたかった。話したい気持ちでいっぱいになっている。しかし招待客はまだ続き……。
舞踏会は、ホストである父親がジュリアスを紹介してスタートとなる。
最初のダンスは慣例に従い、私とジュリアスが踊ることになっていた。そしてそこはチャンスだ。私の返事を伝えるための。
「ではクリスティ嬢。慣例に従い、ダンスをお願いしても?」
「勿論です」
ジュリアスのエスコートでホール中央へ向かう。
この時はジュリアスに集中することにして、アレクの方は見ないようにした。
慣例であろうと、ジュリアスとダンスする私を、アレクが心穏やかに見るなんてできないはず。きっと碧眼の瞳に悲しみを浮かべている。そんなアレクの姿を見たら、ジュリアスを放置し、駆け出してしまうかもしれない。
そこで今はジュリアスに集中だ。
ホール中央に到達したので、始まりのポーズをとる。
すぐにワルツが始まった。
「私の告白について、考えてくださいましたか? 必要があれば、マンチェイス国として正式な書簡を用意します。ミルトン国王陛下とも話をつけますよ」
防衛の要である辺境伯の娘の婚約。当然だが、国王の許可がいる。さらにその相手がマンチェイス国となると、国王にはいち早く相談する必要があった。
でも私はジュリアスを選ばない。よって書簡は不要だった。
「ジュリアス第二王子殿下。実は話していないことがあります」
「……? 何のことでしょう?」
「実は殿下から気持ちを伝えられる前に、私はアレク王太子殿下から告白されていました」
これにはジュリアスは驚き、動きが止まりそうになった。一瞬足を踏みそうになり「申し訳ございません」とジュリアスが謝罪する。
クールなイメージのジュリアスが、ダンスで失敗しそうになり、謝罪を口にするなんて。前世ゲーム記憶でも、ループ2度の人生でも、見ない姿だった。
さらに私は予知夢の件も伝えた。その上で、アレクの気持ちを受け入れるかどうか悩んでいた。そんな状況でジュリアスと出会い、私は予知夢の未来から逃れるため「殿下を利用しようとしました」と、ハッキリ告げたのだ。
これはもう嫌われる覚悟でもあった。
「……なるほど。私の婚約者になれば、アレク王太子殿下に断頭台に送られる未来から逃れられると思ったのですね」
厳密にはそうではなかった。最初はジュリアスが辺境伯領にいる異常事態に驚き、彼を王都に帰らせるため、彼が最も嫌う「好き、好き」アピールを実行したに過ぎない。
だがこの世界は私が断罪回避行動をとったため、ジュリアスの性格も微妙に違い、好きです!アピールが逆に好感度を上げてしまったのだ。
でもそこを説明する必要はない。利用しようとしたような悪女なのですから、忘れてください……という流れでいいと思っていた。
そう思ったのだけど。
「利用しようとした……私はそう思いませんけどね。なにせクリスティ嬢をメロメロにする自信がありましたから」
クールな顔でしれっとこんなことを言われ、ドキッとしてしまう。
「それに私へ言った言葉に嘘はありませんよね? 私の髪色や掴みどころのない性格。そこを嫌いではないのでしょう?」
「それは勿論です。自分とは違う存在を私は否定しません。尊重します。あ、犯罪者などを除きますが」
私の言葉にジュリアスは、楽しそうにクスクスと笑う。
「それならば私は、クリスティ嬢が利用しようとした……とは思わないことにします。何より、クリスティ嬢が取ろうとした行動は、生存したいという根本的な欲求に基づくもの。かつ私はクリスティ嬢を好きなのですから、問題ないです。問題はむしろ……」
そこでジュリアスが私をクルリと回転させる。
「私は恋に落ちたのに。そこから救い出されることはないと分かったことでしょうか。さらに私はここから抜け出す気持ちには……今はまだなれません。勝手に片想いをさせていただきます。いつかこの気持ちが風化されるまで」
「ジュリアス第二王子殿下……」
曲が終わり、ダンスも終了。
ホールの中央からはけると、皆、ダンスのために中央へ集まる。
そこへ父親が駆け寄り、ジュリアスに声をかけた。
この日の主役はジュリアスだ。父親はホストとしてジュリアスを地元の名士やマダムに紹介するという。おかげで私はフリーになれた。これは父親がアレクと話せるようにしてくれたのだと思う。
そう。
アレクと話そう。