46話:もしかして……
ジュリアスはクスクス笑い、こう指摘する。
「人の性格を犬に例えるなんて。クリスティ嬢はなかなか面白い方ですね」
それは確かに。人の性格を動物に例えるなんて、前世ならではだ。
「初めてお会いした時。暑さでフラッと倒れたクリスティ嬢は実に可憐でした。ところが応接室では元気を取り戻し、ハキハキされて。とらえどころのない人間なんて、面倒と敬遠されそうなのに、謎めいたところが好きだと言いましたよね」
「はい、その通りです」
「私は表情を変えずに話を聞くことが多いので、ツンとしているとか、クールであると言われることが多いです。その一方で、何を考えているのか分からないと言われることもあり……」
あ、そこはやはりゲームの設定通りなのね!
ゲームとは何だか違うと戸惑ったが、とらえどころのないキャラ=ジュリアスで間違いないんだ! ならばどこかの流れで「好きです!」を伝えないと。
「さらにクリスティ嬢は、明るいブロンドが多いこの世界で、珍しいと言われるこの黒髪が、自分とは違うからこそ魅力的だと言ってくれました。私の個性を認めてくれたのです。私の性格も容姿も好ましく感じると言ってくれましたよね」
ジュリアスの白銀の瞳が月光を受け、さらに輝く。
私はあの時、ジュリアスのことだと言っていないが、ちゃんと伝わっていたようだ。
それなのに「随分と変わったタイプがお好きなのですね」とジュリアスは言っていた。
というか、これは私が「好きです!」と言うまでもなく、「好きである」ということは既に伝わっているのでは? ということはこの後、「そんな風に好意を持たれるのは迷惑です」とクールに伝えられる気がする!
期待を込め、ジュリアスを見てしまう。
「王都では……私に積極的に近づくレディから『何を考えているか分からないわ、ジュリアス! もっと心を開いて。私を信じて』なんて言われるのですが、そんな簡単にできることではありません。それに一方的にそんな風に言われても困るというか……。少し辟易していたのです。ところがクリスティ嬢は違います。個性と認めてくださいました」
うううううん!?
そのセリフ、聞いたことがありますよ!
だってそれは……ヒロインがジュリアスに言うセリフの一つ!
選択画面で選べるようになっていた。かつこのセリフを選ぶと、好感度が上がったはずなのですが……?
下がった?????
「クリスティ嬢。私がこの地に来たのは運命だったのかもしれません。私はあなたに一目ぼ――」
「クリスティ、探したよ! てっきり母君とお茶を楽しんでいると思ったら、姿が見えないから!」
正面からアレクがこちらへと駆けてくる。
「ウィンフィールド第二王子殿下の姿がないと、探していたら……。クリスティ! こんなところで何をしているんだ!」
アレクには驚いたが、もっとビックリしたのはこの声の主!
左手の茂みから、頭に小さな葉っぱを載せた父親とデュークが連れ立って現れたのだ。
も~~~お父様、もしやまた見守りをしていました!?
していたのだわ。
あんなに名士たちに囲まれていたはずなのに!
しかもホストなのに~!
でも主役=ジュリアスが席をはずしたのだ。
ジュリアスを探しに来て私を偶然見つけた……だけなのかもしれない。
いつかの図書館の時のように、頭に葉っぱが載っているけれど。
結局、三人の登場で、ジュリアスの言葉は途中で終わっている。
だがしかし!
「私はあなたに一目ぼ――」
この言葉の後に続くのは……。
初対面で恋に落ちるアレしかない。
思いがけず父親やアレクが登場してくれたことで、聞かずに済んだが、一体どうなっているのでしょうか!?
私がいろいろと回避行動をしたことで、シナリオやキャラ設定が狂い始めている……のだろう、間違いなく。しかしまさかジュリアスから告白されそうになるなんて。
背中に汗が伝う。
先程の会話の様子だと、王都に残っていた二人の攻略対象デュークとジュリアスのうち、ヒロインはどうやらジュリアスを選んだようだ。だからこそゲームで聞いたことのあるセリフ「何を考えているか分からないわ、ジュリアス! もっと心を開いて。私を信じて」を言っているわけで。
だがジュリアスは、ゲームの設定とは微妙に性格が違っている。その結果、ヒロインとはうまく行っていない。でもヒロインがジュリアスを攻略しようとしているなら、そこに私が割って入るわけにはいかないでしょう。
うん。待って。
違う……。
ここはヒロインが王太子アレクを攻略するルート。いくらヒロインでも定められたルートからは逸脱できないのでは? むしろヒロインだからこそ、逸脱できない。ゆえにジュリアスとはうまくいっていないのでは?
そう考えると……。
え、もしかして。
私はジュリアスと上手く行った方がいいのかしら?
一時、ヒロインに恨まれるかもしれない。
でもヒロインはアレクと恋に落ちることが運命づけられている。
だったら私がジュリアスと上手くいけば、アレクは私を諦める。
そして傷心のアレクはヒロインと出会い、その心が癒され……。
これぞ完璧な断罪回避策なのでは!?
待って。落ち着いて検証するのよ。
「クリスティ」
私を庭園から屋敷へとエスコートする父親が、心配そうにこちらを見た。
そこで私の思考は中断される。
「お父様、夜の庭園で異性と二人きりになり、申し訳ありませんでした。少し、落ち着いてジュリアス第二王子殿下と話したくなってしまい……」
「そのようだね。明日。少し話をしようか」
うっ、叱られるのね。きっと。
でも仕方ないわね……。
月光の明かりから、建物内の明かりにさらされた私は、その眩しさに目を細めた。