38話:青春(アオハル)なひと時
「デューク様に対し、恋愛感情を持ったことはないです」
養子縁組の話が出ている。
お互いに異性としては見ていない。
それにデュークはアレクと敵対することを望んでいないのだ。
ならばこう答えるのが最善としか思えなかった。
私のこの一言に、どれだけアレクが安堵したのか。
感極まった表情でこちらを見るアレクから、ひしひしと伝わって来る。
同時に。
ここまで安心したということは。
私をそれだけ好きであるということでもある。
それを自覚してしまうと……胸がドキドキしていた。
その一方で、本当にこの答えで良かったのかと、少し不安にもなっている。
断頭台から遠ざかる可能性もあったのだ。
必死に好きだと伝えたら、デュークも心を動かされたのでは!?
……それは違う。
そんな都合よく人の気持ちは動かない。
自分の心を偽ることにはならなかった。
よってこれでいいのだ。
自分自身に言い聞かせていると、デュークがこんなことを付け加えた。
「ところで殿下。先程、香水屋で自分とクリスティがキスをしようとしていた……そうおっしゃいましたけど、それは違います。冷静に考えてください。そもそも人前でキスなんて、しませんよね? それにクリスティと自分が、本当にそんなことすると思ったのですか?」
「それは……確かにデュークの言う通りだ。デューク、クリスティ、二人の名誉を汚す発言だった。配慮に欠けている。申し訳なかった」
陶器のような白い肌を赤くしたアレクが謝罪の言葉を口にするので、驚いてしまう。王太子に謝罪させるなんて!と思わず焦る。
「あの時は父親にプレゼントする香水を選んでいました。その香りを確認するため、香水瓶に顔を近づけただけなんです。でも傍から見ると、誤解されてもおかしくなかったと思います。アレク王太子殿下が誤解するくらいなら、店員さんや他のお客様も誤解したかもしれません。以後、気を付けます」
「クリスティ! そんな、誤解した僕が悪いんだ。僕は君のことが好きだから、その……つい、気にし過ぎてしまっただけだと思う。みんな自分のことで忙しい。いちいち香水屋の中をじっとなんて見ていないよ」
慌ててフォローするアレクを見ていると、なんだかくすぐったい気持ちになる。
だってアレクは、世の乙女がメロメロになるように、乙女ゲームの制作陣が作り上げた、この世界の王道王子様なのだから!
その彼が当たり前のように「僕は君のことが好きだから」なんて言って、慌てているのだ。これを無我の境地で眺めるなんて無理なこと。
「みんな自分のことで忙しいと。それなのに気が付いた殿下は、余程暇人だったんですね~」
「! デューク、君は少し言い過ぎだと思うぞ!」
最後は三人で笑い合い、そして迷路を抜け出すことになったのだけど――。
一体どこにいるのか分からなくなり、散々迷子になって、ようやく抜け出すことができた。でも迷っている時間さえも、三人でワイワイして、それはとても楽しい時間だった。
その時はなんだか一山越えた気分で、断頭台うんぬんのことは忘れることができた。
そしてこの年代だから感じられる青春を噛みしめる。
本当は。
悪役令嬢になんか転生していなかったら。
ただのモブだったら。
アイゼン高等学院の一年生として、勉強に追われつつも、恋に憧れ、恋をしていたのかな?
そんなことを感じる日曜日の昼下がりだった。
◇
父親の誕生日パーティ―は無事、終わった。
領民から届いたお祝いの品で、しばらく食卓は豪勢になる。図書館の勉強タイムには、いただいたスイーツを持参し、アレクとデュークと共に楽しむことになった。領民から受け取った花は、屋敷中に飾られた。父親の瞳を思わせる青い花があちこちに飾られ、フローラルな香りに包まれる。
「なんだかあまりにもいい香りが、屋敷全体に漂っているだろう? でもさ、それがまるで自分から香っているように感じて……。男はさすがにこんな花の香りはつけないだろう? でも自分から良い花の香りがする。女子になった気分だよ、まるで」
デュークが思わずそんなことを言い出すぐらい、屋敷は華やかな花の香りに包まれていた。
そんな状況なので、気持ちも牧歌的になりそうですが。
私は聞かねばならないことがあった。
父親に。
そう、デュークの件!
王都から、わざわざソウルメイトとも言えるガイゼル第一騎士団長の息子、デュークを呼び寄せ、アレクの剣術の相手と言いつつ、密約を結ばせていた。
密約――そう、アレクと私の監視を!
いくら私を溺愛しているとはいえ。
お父様、やり過ぎだと思いまーす!
ということで、夕食前の、執務が丁度終わる時間に、父親を訪ねた。
つまり父親の執務室へ足を運んだ。
グレーシルバーのセットアップを着た父親と、モーブ色のドレスを着た私は、執務机を間に挟み、向き合うことになった。
早速私はデュークのことを、父親に尋ねることにした!