21話:過保護なお父様です
「クリスティーーーーーー!」
「!? お、お父様!?」
私とアレクの所へ駆けてきた父親は、王太子であるアレクには目もくれず、そして――。
「クリスティ、無事でよかった!」
そう言って私を抱きしめる。
どうしたのかと思ったら。
こことは正反対の森の中で、落雷があった。
直撃を受けた木は一瞬、火の手が上がったが、それも大雨ですぐに鎮火。
だがこの事態に驚いた女生徒の何人かは、失神してしまったというのだ。
良家の令嬢の失神。
この世界ではあるあるだった。
特にドレスの下着で体を締め上げすぎると、ふらっとなることしばし。
そしてふらっと失神することが美学に思われている節もある。
私は至って健康(?)なので、一度も失神はしたことがない。
だが父親は――。
「クリスティもこの森の中で失神し、雨や雹に打たれているのではと思うと、気が気ではなかった! 無事で良かった。ずっと見守っていたのに、天気の急変で部下からも声がかかり、見失ってしまい……」
「!? お父様、ずっと見守っていた……って!? え!?」
「あ、いや……」
そこで父親はバツが悪そうな顔になる。
「その……オリエンテーリングは学院の敷地内で行われているとはいえ、森林エリアは広大だ。事前に獣の徹底排除、毒虫の除去、毒草の撤去などは命じていたが……。何か危険があるといけない。そこでこの学院の創立者の一族として、オリエンテーリングの様子を……その……」
しどろもどろな父親を援護したのはアレクだった。
「オリエンテーリングでの不測の事態に備え、師匠は部下を連れ、皆のことを見守っていたのですよね?」
「……殿下! そ、そうです。オリエンテーリングに参加している生徒全員を見守っていました」
……多分、絶対に違うわね。
父親は私を見守るためだけのために、ここに来ていたのだわ……。
ここは学院の敷地内なのに。過保護なのだから!
でもそこまで心配してくれるなんて……。
過去の二回のクリスティの人生では、父親から相手にされていなかったのだ。それを思うと今は……。
「お父様、ありがとうございます」
ぎゅっと父親に抱きついた時。
「アイゼン辺境伯、早馬で知らせが届きました。この度の天気の急変で、ノースクロス連山に近いフール村で川が増水。橋が決壊したとのこと! 多数の被害が出ているそうです。支援を求める声が届いています!」
父親の部下の副官が報告した。
「何!? フール村は北部防衛の第一拠点だ。すぐに物資を用意するよう伝えろ。わたしも騎士と兵を率いて現地へ向かう」
テキパキと指示を出す父親は、とんでもなく格好よく思える!
さすがアイゼン辺境伯!
「クリスティ、わたしはこれからフール村へ向かう。今日はもう、オリエンテーリングも中止だ。気を付けて帰りなさい」
「分かりました、お父様! フール村の皆さんを助けてあげてください」
私の言葉に父親は柔和に微笑み、そしてアレクに一礼し、副官と共に走り出す。まるで父親と交代するかのように、アレクの護衛の騎士が登場。アレクは私をエスコートし、森の出口へ向かった。
◇
父親が言った通り、オリエンテーリングは中止だ。
私はアレクに送ってもらい、屋敷へ戻った。
「クリスティ、無事に戻ってよかったわ! この辺りでも落雷があり、鶏小屋が燃えたお屋敷もあったのよ。初夏のこの季節は本当に怖いわね」
屋敷に戻ると、ライム色のドレスを着た母親が、エントランスホールまで迎えに来てくれた。既に入浴の準備も整っていると言う。おかげですぐに湯船で体を温めることができた。
入浴中、アレクの告白を振り返ることになった。
アレクは悪い人ではない。
むしろヒロインの攻略対象であり、完璧。
だが彼と恋に落ちてもバッドエンドしか待っていない!
少年時代の彼に会っていたからと言って、未来は変えられないだろう。
やはりアレクの気持ちには応えられない。
ごめんなさいと伝えるしかないだろう。
そんなことを思いながら入浴を終え、アイリス色のドレスに着替えた。
窓から外を見ると、茜色の空が広がっている。
天気の急変があったなんて、とても思えない。
置時計で時間を確認すると、もう夕食の時間だ。
そのままダイニングルームへ向かい、母親と二人で夕食をとった。
食後に出されたアプリコットジャムのクッキーと紅茶を母親と楽しんでいると、ヘッドバトラーが顔色を変え、部屋に入って来た。
彼は母親に近づき、耳打ちをしている。
何事かと思い、母親の顔を見ていると、ヘッドバトラー同様で青ざめていく。不安で鼓動が早くなっていた。
「お母様、どうしたのですか……?」
「クリスティ、大変だわ! どうしましょう! お父様が……!」
母親は動揺し、侍女が駆け寄り、私はヘッドバトラーから話を聞くことになった。
水害被害に遭ったフール村に向かった父親は、溺れている子供を助けた。
父親もすぐその場から離れようとしたが、大雨の影響で地盤が緩んでいたのだ。土砂崩れが起きてしまう。土砂に巻き込まれないようにした結果、父親は濁流渦巻く川に飛び込むことになったのだ。
そしてそのまま流されてしまった。
さらにそこで、日没を迎えたというのだ。