12話:お父様は迷走中!
数日後。
学校で私は、隣の領地から学院に通う侯爵家の令息に声を掛けられた。まさにエスコートを頼もうと考えていたので、丁度いいと思っていたら……。
「驚いたよ。屋敷にアイゼン辺境伯が訪ねて来たんだ。両親も驚いた。てっきり両親に用事があるのかと思った。だが違う。自分に用があると言われて……。有名な方だから、自分は知っていたけど、辺境伯は自分のことなど知らないと思ったら……。『君のことは調べさせてもらった』と言われた」
父親はそこで矢継ぎ早に天文学、地質学、数学などの問題を出題。侯爵家の令息は目を白黒させながら回答することになる。それが終わるといきなり「剣の腕を見せていただこう」と言い出したのだ!
父親はソードマスター。そんな彼に見せる剣の腕などないと答えると……。
「残念だが君にうちのクリスティをエスコートする資格はないようだ。もし同伴者で困っているならしかるべき令嬢を紹介しよう」
そう言って父親は去っていったと言う。
この話を聞いた私は、青ざめるしかない。
なぜならアカデミーの教授の息子に、エスコートを打診するカードを送ったところ、返却されたのだ。普通、受け取ったカードを返したりはしない。どうしたのか?と思ったが、理由が分かった気がする。
侯爵家の令息と同じで、きっと父親が突撃訪問し、質問攻撃&剣の手合わせを申し出たんだ……! アカデミーの教授の息子は、父親の知識を問う質問には、完璧に答えられたと思う。だが彼は運動が苦手。剣を習ったこともないかもしれない。
結果的に「君では無理だ」と言われ、それでカードを送り返したのではないか? 断る……は父親のことを考えると言えない。おそらく父親から「資格がない」と言われているのに「お断りします」とは言えなかったのだろう。
というか父親は、自分を超えるような男性じゃないと、私のエスコートを認めるつもりがないのでは!? だからこそ質問をして、剣の腕前まで見ようとした。
でもそんな令息、うちの学校にいるの!?
いた。
その身分、知力、容姿。完璧だ。剣術の腕は父親にはまだ及ばない。だが在学中にその剣の腕は、父親が唸るぐらいになる人物が!
だが、私が彼にエスコートを申し込むはずがない。
し・か・し!
「お嬢様、お手紙が届いています」
金粉があしらわれ、裏面にはこの国の頂点を示す封蝋。
開封すると、爽やかなペパーミントの香り。
広げた手紙には流麗な文字が並ぶ。
震える手でそこに書かれていることに目を走らせる。
「クリスティ! 王家から手紙が届いたと聞いたぞ! 何があった!」
王家からの手紙なんて一大事。
しかも辺境伯である父親ではなく、私宛。
それは何事かと思うだろう。
私は部屋に来た父親に手紙を渡す。
父親の顔が分かりやすく変化していく。
「な……口頭ではなく、正式な申し込みの文書で問われている。断るには……無理だ。クリスティが骨折でもして舞踏会に行けないならまだしも、殿下を差し置いて、誰か別の者がエスコートすれば……反逆の意志ありと捉えられかねない……!」
さらに父親が悔しそうに唸る。
「もし既にエスコートの相手が決まっていたら、大義名分が立ち、断ることもできたのに」
「副官の息子、アカデミーの教授の息子、侯爵家の令息。お父様が彼らを撃沈しなければ、エスコートの相手、決まっていたのかもしれないのですよ!」と言いたくなるのを我慢する。
「お断りを」
「それはダメだ、クリスティ。アイゼン辺境伯の一族は、王家に忠誠を誓っている。……仕方ない。殿下と舞踏会へ行きなさい」
「そんな! 私はお父様にエスコートしていただこうと思っていたのに!」
もうこうなったら父親の私への溺愛心をあおり、なんとかアレクからのエスコートを回避しないとならない。社交界デビューとなる舞踏会でアレクにエスコートなんてされたら、それは新聞記事の一面を飾る! 一気に彼の婚約者候補として、全国に名を轟かせることになるのだ。
それが意味すること。
今後の私の婚約者探しに多大な影響を与える。
例えばこんな風に――「え、アイゼン辺境伯家のご令嬢からの縁談話!? え、でも彼女、王太子殿下の婚約者候補よね!? そんな方との縁談をすすめたら、王家への反逆を疑われかねないわ! ダメよ~ダメダメ。お断りしましょう! それにしても殿下の婚約者候補に挙げられているのに、縁談話を持ち込むなんて……。アイゼン辺境伯は大変優れた方なのに。お嬢さんは相当、奇特な方なのかしら!?」
つまり誰も私との縁談話を受けてくれなくなる。アレクが誰かと婚約して初めて、私に縁談のチャンスが巡って来る状態に陥るのだ!
「クリスティ……! わたしにエスコートを……。その気持ちがあるなら、なぜもっと早く言わなかったのだ!」
うっ、それはその通りですが、こちらにもいろいろ事情が……。
そこで父親が泣きそうな顔で、私の足元に目をやる。
!? もしや舞踏会へ行かないで済むよう、足の骨、折ります!?
い、いや、それは……。
この世界の医療水準、前世とは大違い。
下手をすれば一生歩けなくなるかもしれない。
断頭台に比べたら、足の一本……そう、なのかもしれない。
で、でも正常な精神状態で、そんなの無理な話。
「ダメだ。それだけはダメだ。人としての道に背くことになる。冷静に考えよう。殿下は今、わたしに剣術を習い、弟子でもある。さらにその立場から、舞踏会へエスコートする令嬢は、慎重に選ばなければならない。そうしないと変な噂がすぐに立つ。今回はここが我が領地であり、剣術を習うわたしを立て、クリスティのエスコートを決めた。そう新聞各社にリークしておく。だから変な憶測は広がらない。……殿下のエスコートは受けよう」
「お父様……!」