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グランジェ先生の話が終わると、今後の生活についての説明に移り、女性陣は別室に移動することになった。
先ほどとは異なりこじんまりとした部屋で、淑女のマナーの講師が入ってきた。彼女は自己紹介もそこそこに話し出した。
「淑女科の皆さんには話しておきたいことがあります。最近淑女科に入る生徒のマナー講座の受講率が落ちている原因です」
そう言って語られたのは数年前のできごとだった。
「できごととしては、淑女科の子爵家出身の令嬢が侯爵家の令息に見初められて婚約・結婚し、幸せに暮らしている、ということです。その令嬢はマナー講座を受けることなく入学したため、下級貴族であっても家でマナーを学べるくらいしっかりしていれば、上級貴族に嫁いでも幸せになれる、と流布されています」
ターニャにとっては初耳だったが、周りの女性陣がうなずいているところを見ると、よく知られた話のようである。
「しかし、この話ではあまり知られていないことですが、この子爵家の令嬢の母君は伯爵家の出身で、更にその母君は侯爵家の出身でした。その子爵家は侯爵家とは縁戚で、ご令嬢も大叔父に当たる侯爵から目をかけられており、いずれは親戚の侯爵家に嫁ぐ予定で教育されていました。予定と異なるのは、嫁ぐ予定ではなかった侯爵家の令息に見初められた、ということだけです。侯爵家に嫁ぐ予定の令嬢が侯爵家に嫁いだだけ。しかも、家同士もいい縁をつなげたと寿がれたそうです。しかし」
そう言うと先生は大きなため息をついて生徒を見渡し、自棄になったような感じで吐き捨てるように言った。
「マナー講座を受けずに学園に入学すると玉の輿に乗れると言われるようになったのです!」
何とも言えない空気が漂った。しばらくして気を取り直したように先生の話が再開された。
「この学園に来る上級貴族の令嬢は確かにいい嫁ぎ先を探しに来ます。しかし、それは決して浮ついた気持ではなく、自分の得意な分野を生かし国に貢献できる相手を見極めに来るのです。剣や戦略が好きで、騎士家や辺境伯家との縁を求める方もいれば、外国に興味を持ち、外交筋の家との縁を探す方もいます。政治的なことを学び、王家との縁を求める方もいるでしょう。もちろん、婚姻せずに王城で女官として働きたいと考える方もいます。当然この講座を受けているあなた方もしっかりした目標を持ち、浮ついた気持ではないと思います」
そして先生は生徒たちを見渡すと、声を落として言った。
「この場だけの話ですが、玉の輿に乗れるという噂は、下級貴族の家の方針を見極めるためにあえて流されたものと言われています。この噂のおかげで、逆に玉の輿などという俗なことを考えない下級貴族の家の方は必要なくともこの講座に参加するようになっています。この学園では様々な方法で生徒たちを試すことがありますが、あなた方は第一の試しに合格したと考えていいでしょう。あなた方の今後に期待していますよ」




