表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒薔薇姫は、怠けたい  作者: 澪亜
78/78

執行官は、仕事をする


翌朝、カイさんとデニスは黄昏の森に旅立って行った。

私はといえば、官棟で仕事。


デニスに付き添うことも考えたが、カイさんと共に行くのであれば、道中はこの上なく安全。

オマケに、デニスならばカイさんやゾフィーさんの逆鱗に触れるような言葉を軽々しく口にすることはないと安心できる。


「……ディアナ。造営に行って、備蓄の運搬路に問題ないか確認するよう指示を出して来て」


先輩であるバーディさんの指示に、現実に引き戻された。


「運搬路、ですか?」


「ああ。ドメニク地域だけ、まだ備蓄の搬入完了の連絡が来ていない。あの辺り、三日前に大雨が降っただろう?」


山と化した手元の書類を処理しながら、バーディさんは淀みなく答えた。


膨大な書類の中から、よくぞ小さな違和感を拾い上げ、手持ちの情報と繋ぎ合わせることができるなあと素直に感心する。


そもそも、「だろう?」なんて聞かれても、生憎と全地域の天候なんて頭には入っていないから、肯定も否定もできないけど。


とは言え、だ。バーディさんの言いたいことは、分かった。


「……ああ、理解しました。大雨によって運搬路が泥濘み悪路となっている、あるいは最悪土砂崩れで道が塞がれている可能性があるということですね?」


「そう。杞憂なら、それで良いよ。仮に道が通れずとも、運搬者も馬鹿じゃないから悪路を避けて別ルートで運び込むだろう。けれど、物資の運搬はこれで終わりじゃない。道の状況によっては、次回からの運送スケジュールを考え直す必要がある」


「了解しました。すぐに行ってきます」


席を立って、造営に向かう。


途中、バーディさんの机に載せられた書類を間近で見て、本当に忙しいんだなあ……と、他人事のようなことを思った。


普段のバーディさんは、さっさと仕事を片付けて鼻歌を歌いながら優雅にお茶を飲んでる。間違っても、こんな書類に囲まれて余裕のない姿を見せない。


官棟で働き始めた頃には、バーディさんのあまりの余裕っぷりに、つい、「なんでそんな余裕があるのか?」なんて聞いてしまった。


今思えば、かなり失礼な物言いだった。

ほぼ、八つ当たりだ。


……言い訳させて貰うと、当時はそれなりに追い詰められていた。慣れない環境というのもあったし、自分の力不足を日々感じるような毎日だったし。


『え?何でこんな暇してるかって?もしかしてディアナは、宿題や課題を期限ギリギリに始めるタイプだった?』


けれども、バーディさんは、にこやかに答えてくれた。


『え?違う?なら、できるよ。優先順位をつけて早めに仕事に取り掛かって、効率良くコツコツと。それだけ。……後は経験かな。ホラ、俺たちの仕事って、必ず何かしら問題が発生する時、その兆候が見えるだろう?それを拾い上げられるかどうか』


バーディさんは、あのクリスティンさんの右腕。

冷静に考えれば、纏う責務も業務量も私なんかよりも比べ物にならない程に大きい。


つまり、だ。

バーディさんが余裕そうに見えたのは、それだけ仕事ができるということ。ただ、それだけ。


そしてそんなバーディさんが、今や書類の山に囲まれている。……あり得ない光景だ。

けれども、何よりも物語っている。

それだけ、官棟の仕事の量が右肩上がりとなっていることを。


まあ、それも当然のことだろう。

こうして対魔王戦の備えをしている間にも、通常業務は待ってくれないのだから。


「企画のディアナです。ドメニク地域の備蓄運搬状況について確認したくて来ました」


造営に着くと、すぐに担当者に確認を入れる。

すぐに通信の魔道具でドメニク地域の人員から、運搬路の確認をするよう指示を入れてくれた。


ついでに、と。


「大雨による人的被害はないとのことですが、街中の道路や農作物の状況等々、何か問題となっていることはありますでしょうか?」


魔道具を介した会話に参加させて貰い、確認をする。


「街中の道路については全てを確認できた訳ではありませんが、少なくとも主要な道路は問題ありません。また、農作物については一部の地区で冠水による被害が出ています。今後詳細を確認していきますが、例年の生産高より二十%減ぐらいになる可能性があるかと」


「そうですか……。そうしましたら、先に農作物の被害状況の確認を優先して下さい。運搬路についても可能な限り確認いただきたいですが、難しいようでしたら大雨の被害地域に絞り確認下さい。最悪、到着した運搬業者より確認しますので」


「分かりました」


通信を切ってから、造営の人たちと代わりの運搬路について軽く話し合った。


そしてその後、造営から生産に移動してドミニク地域の状況を取り急ぎ報告する。

それから各地の食料生産状況を確認させて貰って、企画に戻った。


「……という訳で、帰りが遅くなりました」


「お疲れ様。……農作物の被害確認を優先させたのは、良い判断だったね」


「ありがとうございます。水害の被害分については、現物支給ということで備蓄をその分割増させることを考えていますが、どうでしょうか?」


「ああ……ベルン地域の余剰分を回せば問題ない、か」


「あのー……何で、食料の生産状況を把握しているのですか?仰る通り、ベルン地域が例年にない豊作のようですが」


「まあ、情報は頭に入れておいて損はないからね。それより、ディアナは何で現物支給を考えた?」


バーディ先輩は、気になったから質問したというよりも、私を試すために質問をしたのだろう。


「慣例ですと、生産者に補助金の支給が妥当だと思いますが……お金でお腹は膨れません。魔王が復活して物流が滞る可能性を考えると、街の食糧がないことの方が問題だと思いました」


私の答えに、チラリとバーディ先輩は顔を上げた。


「うん、そうだね。僕も、そう思う」


そしてそう言って、微笑んだ。


「財務には、既に水害復興支援の名目で予算を作るように依頼を出している。そこから、ベルン地域での食糧買い付けのお金を出せば問題なし。運搬費は備蓄のに相乗りさせれば費用が節約できて万々歳」


「問題は、対処する人員かと思います。通常業務、魔王戦への備えに加えて水害ですから」


「ああ、それについては大丈夫。アテはある」


「アテ、ですか?」


「そう。官僚を引退して、故郷に帰るってベルン地域にいる人たちが何人かいてね。その人たちに協力を要請するよう、後でベルン地域の人たちに伝えておくよ」


「協力、してくれますかね?」


「するよ。彼らも穏やかな老後を過ごしたいなら、協力せざるを得ないって分かってるでしょ。それでも動かないなら、僕の名前で強制的に首根っこ捕まえて机に向かわせるよ。猫の手も借りたい程の状況なんだ……使える人員を遊ばせておく余裕はない」


「はあ……なるほど。ちなみに、バーディさん。引退した人たち皆の所在を、把握しているんですか?」


「全員じゃないけどね」


「……バーディさんの頭の中、一度見てみたいです」


「見てるじゃないか。今も。……そんなことより、ディアナ。そろそろ、外隊のところに行かなくても良いの?会議の時間でしょ」


「あ、そうでした。失礼します」


再び席を外して、向かうのは外隊の本部だ。


その道すがら、ガスパールさんに会った。

横にはアグネスもいる。


「こんにちは、ガスパールさん」


アグネスがこの場にいるのは、彼女がガスパールさんの監視下に置かれているからだ。

アマーリエ様の不興を買って以来、彼女はアマーリエ様との接触は禁止され、常に行動を監視されている。


アマーリエ様は、対魔王戦の重要人物。

彼女の心証を悪くするなど、以ての外。

アグネスへの処遇は、まさにそれが理由だ。


妥当だと、思う。

それと同時に、ガスパールさんがアマーリエ様との協力関係を重要視しているのだと理解して、安心した。


「おーディアナ。お前も、外隊のところに行くのか?」


ガスパールさん達と歩調を合わせて、歩く。


「ええ。打ち合わせがありまして」


「……一人で、か?」


「ええ。そうですけど?」


「そうか。随分と信頼されているのだな」


「いやー……実際のところは、官棟全体が通常業務に加えて対魔王戦の準備でバタバタしてるので、使えるモノは何でも使えってことだと思いますよ」


「……とは言え、全く信の置けない者には任せられないだろう。そこまでの関係性を築き上げたことを、誇って良いと思うぞ」


「ありがとうございます、ガスパールさん」


「……なあ、ディアナ。忙しいところ申し訳ないが、後で我々にアルトドルファー伯爵領でどのような準備がなされているのか、教えて貰っても良いか? 王都での準備にあたって、参考にさせて貰いたい」


「ええ、それは勿論」


アマーリエ様もクリスティンさんも『隠すものは何もない』と常日頃言っているので、問題ないだろう。

一応、後でクリスティンさんには報告だけ入れておくか。


「ありがとう。この前官棟を訪ねたのだが、ディアナの言う通り忙しそうだったからな。そのような状況下で、官棟の人たちには頼みづらかった」


「今は、そうでしょうね……」


バーディさんの机を思い出して、思わず苦笑する。


「そういえば、魔塔の魔法師様は?」


「どうやら今日はカイさんと共に外出しているみたいですよ」


「そうか……」


そんな話をしている間に、私たちは外隊の拠点に到着して別れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりに1話から読み返しました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ