執行官は到着する
アルトドルファー伯爵領に辿り着くと、私は馬車を降りて進む。
伯爵のお膝元の街だと言うのに、随分と鄙びた街だ。
けれどもよくよく見れば、単に古びた街という訳でもない。
街の中はしっかりと整備されているようで、その証拠に道路の道幅は広く、舗装はしっかりと固められていた。
「こんにちは」
途中、道ですれ違った老婦人が、にこやかに挨拶をしてきた。
「あ、こんにちは」
「見ない人ねえ。どこからいらしたの?」
「その、王都からです。アルトドルファー伯爵に用がございまして」
「あら、まあ……随分と遠くからいらしたのね。ご苦労様です」
「いえ……」
ふと、私は老婦人を呼び止める。
「あの、ここってアルトドルファー伯爵領の領都で合っていますか?」
「ええ、合っていますよ。あまりにも田舎で、ビックリしたでしょう?」
「あ、いえ……」
「ご領主様は、こう言う雰囲気の方が落ち着くのですって。若い人たちは、やっぱり賑やかなところに憧れてココから出て行く人も多いけれども……残った人は皆、ご領主様と同じ考えでね。だからのんびり畑を耕して暮らしているの」
「は、はあ」
老婦人は朗らかに微笑みながら言っているが……内容は全然微笑ましくない。
自分がその方が好きだからと言って、領地の発展を拒否する?
領主としての職務を放棄しているようにしか、思えないではないか。
先入観を持たないようにしなければと思いつつも、益々私の中でアルトドルファー伯爵の印象が悪くなった気がする。
「呼び止めてしまって、すいませんでした。ありがとうございます」
「いえいえ。頑張ってくださいね」
何に対して頑張ってと言ってくれたのかはよく分からなかったけれども、まあ良いか……。
私は再びアルトドルファー伯爵の屋敷に向かって行った。
「……ここ?」
私は辿り着いた建物を見上げ、呆然と呟く。
まず、見張りがいない。
普通、最低でも門番ぐらいはどの家も置くものだろう。
だと言うのに、アルトドルファー伯爵の屋敷周りには人っ子一人いない。
というか、そもそも門すらない。
だだっ広い土地に、こじんまりとした屋敷があるだけ。
え、まさかここが本当にアルトドルファー伯爵の屋敷? ……どう見ても、貴族の屋敷としては不十分でしょう。
混乱しつつ、扉をノックした。
けれども、なんの返事もない。
……やっぱり、場所を間違えた?
けれども地図を見る限り、合っている筈だ。
もう一度、ノックをしてみる。
やっぱり、反応はなかった。
……仕方ない。
私は恐る恐る、扉を開けた。
「ごめんくださーい……」
……何が悲しくて、執行官の私がこんなお使いの少女のようなやり取りをしているのだか。
そう思いつつ、キョロキョロと中を見渡す。
内装は至って簡素。けれども、使われている調度品は一級品。
やはり、ここが領主の館で合っている……と思う。
「……んあ? 誰だ、お前」
バッタリと、廊下で男性に出会した。
燃えるような赤髪が特徴的な、目つきの悪い男だった。
「勝手に入りまして申し訳ございません。私の名前は、ディアナ・バルテ。王の命令により、アルトドルファー伯爵領に派遣された執行官です」
頭を下げ、挨拶をする。
笑顔が引きつっているだろうが、ご愛嬌だ。
……出会い頭にお前呼ばわりかつ、口調も乱暴。
とても領主の屋敷で働いている者のそれとは思えないけれども……今の私は、不法侵入しているのと変わらない状況だ。
ここは下手に出るしかない。
「執行官ー? 何だ、それ」
「あの、貴方のお名前は?」
ピクリと頬が更に引きつったことを感じつつ、それでもあくまで丁寧な会話を心がける。
「ああ? あー……俺の名前は、カイ」
「その、カイさん? アルトドルファー伯爵に会いたいのですが、お取り次ぎいただけますでしょうか。アルトドルファー伯爵であれば、本日執行官である私が訪れることは存じておられるかと思いますので」
「んー……ちょっと待てよ」
何だかよく分からないが、カイと名乗った男性は考え込んでいるようだった。
「あー……お前か。ゾフィーが言っていた、王都からの厄介人って奴は」
「や、厄介人!?」
「お、悪い。こっちの話。……伯爵サマなら、どうせまだ寝てるよ」
「ね、寝てるって……もう、昼の三時ですよ!?」
「まだ、昼の三時だろう? あと二時間は起きねえよ、絶対」
ありえない、ありえない!
この使用人の態度もありえないし、それを許すアルトドルファー伯爵もありえないけれども……何より、職務放棄とも取れるような生活。
王都で聞いた噂通り、やっぱり最低の領主!
そこまで考えて、『いや……ちょっと待てよ』と、興奮する自分を諫める冷静な自分が顔を出した。
もしかしたら、今日は体調が悪いだけなのかもしれないじゃないか。
会う前から噂をもとに決めつけるのは、良くない。
「……アルトドルファー伯爵は、お体のお具合が宜しくないのでしょうか」
「いーや。ただ、寝てるだけ」
……残念ながら、噂は真実か。
ニコリと笑って言っていたが、そこは笑うところじゃないと言ってやりたかった。
「まあ、お前が来たら案内しとけって言われたから、一応ゾフィーのところに連れて行ってやるよ」
「……ええ。お願いします」
私は内心息を吐きつつ、カイさんの後を着いて行った。