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宇宙へはるか、翼に乗って   作者: 霜月 幽
第2話 ググルーの太陽
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ハルカの悩みは終わらない

 バギーでハルカ達は定期船に戻る。レイはクルールに運んでもらった。お尻も腰も痛くて、バギーに座れなかった。

 そのあと、クルールはクルーキシリアンのコロニーに戻った。動けるようになった乗客達を暫時、定期船に運んでもらうためだ。



 医務室で、レイはハルカの治療を受けた。明るいところでお尻を晒すのは恥ずかしかったが、それを言ったら真剣な顔で叱られた。

 裂傷がひどいらしい。チューブを入れられ、再生酵素を含む軟膏泡を奥まで注がれて。痛み止めを注射され。最後に指で肛門や直腸に軟膏を丁寧に塗られた。

 ハルカに全部見られて、やっぱり恥ずかしい思いに、レイは真っ赤になった顔を治療ベッドのシーツを掻き寄せた中に隠してしまった。


 ***


 定期船のクルー達が戻ってくると通信機の修理はいっそう捗って、間もなくパトロールに救援の要請と、羽虫キチッチェの危険を報せることができた。


 乗客達も戻ってきて自分達のキャビンで待機する。キャビンの上下左右が変わってしまっているので多少不便だったが、ベッドを壁から取り外して床となったもと横壁に据え直せば、寝る分には問題なかった。


 船付きの医務官や看護師が傷ついた乗客やクルーを治療した。

 重傷者も何人もでていた。内臓が破裂していたり、腸が断裂して腹腔に大量出血していたりなど、ショック症状も含め予断の許さない患者も出ていた。

 キチッチェに取りつかれた患者は医務室のベッドで眠っていた。頭を切開手術する必要があるため、施術ができる施設に収容されるまで睡眠処置されている。


 船の予備燃料も含めて、生活電力を確保するくらいなら十分にあった。冷凍庫には食料もたっぷり保存されている。と、いうわけでコックが腕を振るい、クルーが仕事を再開し、乗客達は船旅の続きをするような日常に戻っていった。


 ***


 久しぶりにキャビンのベッドでまともに横になれた夜。

 ハルカの目が覚めた。腕に抱いているレイがうなされていた。


「や……いや……たすけ……て……」


 なんとか絞り出すようにして言葉を紡ぎ、涙をこぼしていた。

 辛い夢を見ているらしい。ガレーガリアン女王から受けたショックな仕打ちだろうか。それとも、また別の体験から呼び出された悪夢かもしれない。例えば、六歳の時に受けたような。


「レイ! 起きて! レイ! 夢よ」


 ハルカは眠るレイに声をかけた。だが、レイの眠りは深いらしい。


「や、やあ!」


 ハルカの手を跳ね除ける。


「ひ……ひあ……」


 寝巻用の薄い半ズボンの腰に目をやって、ハルカは固まった。半ズボンの隙間から細長い管がぬるりと伸びてきたのだ。

 先が少し丸く何か玉のようなものが覗く。思わず手を出すと、手の平にぽとりと卵を産むように落として、その管はするりと中に戻っていった。


 硬質の殻に包まれた2ミリほどの小さな小さな卵みたいに見えた。

 見ているうちに、殻が壊れとろりと粘液が僅かばかり零れて消える。あとに、花のような芳香が残った。何だったんだろう? 


「や、やああ」


 レイの寝言が苦しそうに上がったので、ハルカはレイの肩に手を掛けて揺さぶった。


「レイ! 起きて! 目を醒まして! 夢よ!」


 ぱっと目を開く。ゆるゆると瞳が何かを求めるように動き回り、ハルカに焦点を結ぶ。ぶわっと涙があふれてきた。しがみついてくるレイを両手で抱きしめてやる。


「大丈夫よ。あたしがいる。安心して」


 レイが再び眠るまで何度も何度も囁いてやっていた。



 翌日目覚めると、レイは夜の夢のことは何も覚えていないようだった。SS二人を目の前で殺されたショックも、きっと心理障壁によって感情的に遮断されたのだろう。レイはいつものハイテンションな元気な状態に戻っていた。


 そんなレイにほっとしつつ、昨夜のことは彼には黙っておこうと決心する。機会があれば、執政官に聞いてみてもいいかもしれない。だが、どうしてそれが解ったんだと問われると、ちょっと、いや、すごくまずい事になるかもしれないとハルカは悩む。


 ***


 ラウンジのレストランで食事をしていると、ゆるい低音バスの声が降ってきて、ハルカがうんざりした顔をして呟いた。


「そうだった。こいつがいた……」

「おはよー。元気そうで良かったぜ。ハルカ。食後の運動しないか。動かないでいると、身体がなまっちまうぜー」

「決闘でもしたいの?」


 ハルカが殺気を漲らせて立ち上がった。周囲の客が面白そうに注目してきたので、レイがはらはらする。そんな事に気づいているのかいないのか、ヒューイは相変わらず、へらっとハルカの逆鱗に触れてくる。


「まさかー。ベッドの上の運動でいいよー」


 レイが見上げると、本当にハルカの腕や首に鳥肌が立っていた。


「ふざけるのも……」

「あの時のキス、良かったろう? もう一回どう?」

「あんたねえ! 表へ出なさいよ! 表へ!」


 ハルカは完全に怒っていた。レイは不思議そうにヒューイを見上げる。

 なんだか、わざとハルカを怒らせて楽しんでいるように見える。これも屈折した愛情表現なのだろうか?


 ハルカが出口の方へ向きを変えたので、レイも食べかけのアイスを置いて急いで立ち上がる。本当に喧嘩を始めそうだった。ハルカの左肩はまだ完治していない。


 心配する顔を向けると、ハルカがレイを振り返った。その目は、「レイは来るな!」と告げている。問答無用の強い眼差しに、レイはすとんと椅子に腰を落とす。

 それを見てハルカの目が一瞬柔らかくなった。「それでいいよ」と、言っている。レイはハルカを信じて待ってればいいのだと解った。


 ――大丈夫。ハルは、いつでも僕の側にいてくれる。


 レイはハルカにこくんと頷いた。それに頷いたハルカはヒューイに険しい視線を投げると、ハッチのある回廊への扉に向き直る。

 ハルカが肩を怒らせ、その後をヒューイが飄々として本当に船の外に出て行くのを、レイはアイスクリームを舐めながら見送った。


 ***


 文字通り表へ出たハルカとヒューイ。ハルカは頭から湯気をださんばかりの勢いでヒューイに向き合い、ヒューイは目に面白そうな色を浮かべて余裕の表情で対峙した。


 ヒューイの左足には医療テープが巻かれ、ハルカの左肩もテープで固定されている。痛み止めも効いて再生酵素のおかげで治癒も早く、両者のハンデは5分5分だった。


 空には赤い太陽が雲ひとつない青空に掛かり、乾いた風が吹きすぎて二人の足元から細かい砂が煙のように立つ。

 ここは、ググルーの世界。強引に着陸させられたガルド定期船が、今、パトロールの救援を待っているところ。砂漠地帯の真ん中で、少し離れた所に脆そうな岩山があり、さらに遠くに黒く見捨てられた定期船が転がっているのが小さく見えた。


「あんた、いい加減にしてよね。だいたい、あんた、あたしを女だと思ってないでしょ!」

「女はたいてい弱いからな。だから、好きじゃなかっただけだ。あんたみたいに男も顔負けに強いなら、男じゃなくてもいいさ。ほんと、男らしいぜ、ハルカ。あんたが女だろうが何だろうが気にならないね」

「それ、あたしをバカにしてるの?」

「とんでもない。あんたに惚れたのさ。愛してるぜ、ハルカ」


 ヒューイは堪える様子もなく、どこまで本気なのかしゃあしゃあと口にする。


「あたしはそれを聞くと、虫唾が走るのよ!」


 ハルカは叫ぶなり、ヒューイに向かってストレートのパンチを繰り出した。アカデミーで鍛えた鋭い動きだ。だが、それをひょいとかわして、ヒューイは余裕のセリフをへらりとが言う。


「いいパンチだねえ。さすがだね」

「二度とそのバカみたいな口、訊けないようにしてやるわ。勝負よ! あたしが勝ったら、もう、あたしの前にそのつら、見せないで!」


 蹴りを出し、拳を振るい、ハルカは矢継ぎ早に攻撃を繰り出す。一つでも当たれば大きなダメージを食らう本気モードだ。

 ルナ・アカデミーの三年で、ハルカの本気になった攻撃に適う者はいないのだ。

 それを、ヒューイは左足の怪我も感じさせない軽いフットワークで避けて行く。


「じゃあ、俺が勝ったら? 俺が勝ったら、いただいちゃっていいのかなあ」

「ゲス野郎!」


 鋭い回し蹴りをヒューイに向かって飛ばす。それをヒューイがぎりぎりのところで避けた。ハンタージャケットのボタンが2個弾けて飛んだ。


「それじゃあ、俺も本気行こうかなあ。そろそろ、やばくなってきたし」


 男のように筋肉質の重いパンチや蹴りはハルカには出せないが、敏捷性で補ってあまりある。男並みの身長と運動で鍛えた身体から出る正確な拳や蹴りは、一つ一つがスピードも威力もある鋭い技だった。

 だが、アカデミー仕込みのハルカの攻撃は正攻法である。真っ正直過ぎた。ハンターとして実践を数多く踏んできたヒューイの緩急のある動きや、ゆるく見えて無駄のないステップ、そして相手の裏や隙をつく攻撃に、ハルカの息が次第に上がってきた。


 相手を捉えたと踏んだハルカの思いっきり振り込んできた右の拳をヒューイはひょいとかわす。

 怪我が癒えず動きの鈍いハルカの左にするりと回って、ヒューイはハルカの左腕を掴むと情け容赦なく後ろに捩じり上げた。


「うあ!」


 怪我をした左肩の激痛にハルカは叫びをあげて呻く。後ろを取られ、首にヒューイの右腕が回された。

 掴まれた左腕はびくとも動かせない。ヒューイの底知れない腕力に、このまま落とされる恐怖を覚えてどっと冷や汗が噴き出る。


「卑怯者!」


 やっとの思いで罵る。


「俺の勝ちだな」

「きたない手ばかり使って!」

「喧嘩を売ってきたのは、あんたのほうなんだぜ。まあ、経験の差だと言って欲しいね」

「あんたの左足って怪我してたんじゃなかったの? なんであんなに動けるのよ!」


 やっぱりハルカは納得できない。


「愛の情熱で、痛みも吹っ飛ぶのさ」

「よくも、恥ずかしげもなくそんな歯が浮くようなこと言えるわね!」

「褒めていただいて、どうも」

「褒めてない!」


 どこまでもへらへらと答えるヒューイにいらついてハルカは怒鳴った。その耳元に、艶っぽい低音でヒューイが囁く。


「勝負は決まったんだ。あんたは俺のものだぜ」


 背筋にぞくぞくと走るものを覚えて、ハルカは声を荒げる。


「どこでそうなるのよ!」

「俺の育ったところでは、欲しい相手は拳で勝ち取るって習わしなんだ」

「どんな野蛮仕様なのよ! 人権蹂躙で訴えてやるわよ! それじゃあ、女は男の好き放題じゃない」

「俺のところは、女も強いからな。あんたも負けてないけどさ」

「左肩さえ怪我してなきゃ、あんたなんかに負けなかったわよ!」

「減らず口ばかりは負けてないぜ。いっそ、落としてやろうか?」


 男の低い声音に本気を読み取って、ハルカは焦った。この男は力勝負で勝ったから権利があると本気で思っているらしい。

 じわりと首に圧力がかかる。このままここで落とされるわけにはいかない。ハルカは必死の抵抗を試みた。


「こんなところでそんなことやってたら、ケリスにあんたの大事なもの、噛み切られわよ」

「う……」


 ケリスは砂漠に生息する死体掃除屋である。一度、その姿を見たことがあった。人間大に巨大化したムカデにハサミムシのような頑丈な上顎をもったキチン質の凶暴そうな虫だった。その顎でなんでもばりばりと噛み砕くらしい。

 ただ、臆病な性質とかで、普段は砂の奥深くに潜んでいる。地表の振動に敏感で、生物の動きがしばらく止まると食いに現れると言う。

 乗客が日向ぼっこをしようと地表にシートを広げて寝そべっていたら、それが現れ大騒ぎとなったのだ。ググルー人の説明で、船外に出さえしなければ恐れることはないと説明を受け、それ以来、船外に出る物好きはいなくなった。



 ヒューイはハルカの拘束を解いて、参ったと両手を上げてみせる。


 ハルカは左肩の調子を調べると、ふんと頭を振って船へ足を向けた。その後を追いながら、ヒューイがハルカにダメ押しの確認をする。


「おい、勝負は俺の勝ちだ。一つ貸し、だな」


 ハルカはあからさまに嫌な顔をした。


「嫌なら、これから俺のキャビンに来るか? 俺はいつだっていいぜ」

「誰が行くのよ!」


 ハルカは憤然とした態度でさっさと船へ戻って行った。


(まだまだ青いな、ハルカ。男らしくていいぜ。おもしろい奴、見つけたなあ)


 その後をヒューイはにやにやと笑いながら歩いて行く。この勝負は、完全にハルカの負けだった。

 ハルカの受難は、まだまだ終わらないらしい。


 ――ググルーの太陽 完――

読んでいただいてありがとうございます。第二話、ググルーの太陽は完結です。第三部は、ルナ・アカデミーが舞台となる予定です。新しいレギュラーも登場します。引き続きご愛読いただければ、なによりも嬉しく存じます。

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