終章 旅立ち
っ、はい!
ありがとうございます!
最終話です!
妖精と男の子は、森の中にいました。
泉の水辺にあった、ずっと昔に倒れた木に背中を預けて、焚き火に当たっていました。
その膝に男の子を乗せ、静かに頭を撫でていました。
あれからずっと、男の子は泣きじゃくっていました。
お母さんに言われた言葉を、ひとつひとつ思い出しては辛さに耐えかねて泣くしかありませんでした。
妖精は、静かに男の子を抱き締めて膝の上に乗せ、頭と背中をゆっくりと撫でて慰めました。
声をあげて、しゃくりあげ、息を詰まらせて大粒の涙を流す姿に、妖精の心はぎゅうっと、締め付けられたように痛みました。
そして夜半、やっと泣き疲れて、男の子は深い眠りに誘われました。
妖精は、ずっと男の子を抱き締めていました。
男の子は、久しぶりに夢も見ないでぐっすりと眠りました。
いつもお布団は薄くて寒くて、ぐっすり寝ても疲れが抜けませんでした。
その疲れが、寂しさや人肌が恋しかったからだと知るのは、朝、目が覚めてからでした。
泣いて寝たせいか、頭は重く目の奥は痛み、顔も腫れぼったく感じます。
けれど、朝起きたときの暖かさに、なんとも言えない幸福感を感じました。
まだ眠る妖精の美しい顔を下から覗き込むと、安心感が胸いっぱいに広がりました。その暖かい温もりをくれる胸に、顔を擦り寄せて甘えました。
誰かに甘えるなんて、本当に久しぶりで、男の子はまたポロポロと涙を溢しました。
腫れぼったくて重たい瞼につられて目を閉じると、また睡魔がやって来て、男の子を夢の世界へと誘うのでした。
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パチッと、目を開けると空は青く、陽は天辺に昇っていました。
ふと、妖精が居なくなっているのに気が付きました。
「……ふあ~ぁ……」
欠伸をしつつ、周りを見渡すと、森の奥から木の実や果物を腕一杯に持った妖精が歩いて戻ってくるのが見えました。
良く見れば、焚き火の周りには串に刺さった魚が美味しそうに焼かれています。
「やぁ、おはよう!
お腹が空いたろう?
ご飯にするから、泉で顔を洗っておいで。」
「おはよう! うん、わかった!」
妖精から手拭いを受けとると男の子は立ち上がって、少しふらつきながら泉に向かいました。
きれいな水を両手で掬って顔を洗います。
ついでに喉が渇いていたので、ガブガブと水を飲みました。
冷たい水は、本当に甘くて美味しくて、あっという間に喉が潤いました。
焚き火に戻って、妖精に勧められるままご飯をたらふく頂きました。
粗塩を川魚に振って枝に刺して焚き火で焼いたもの。
小さな鍋で作られた、豆と玉葱と干し肉の胡椒仕立てのスープ。
黒くて少し酸味のある硬いライ麦パンには、三種類のナッツが練り込まれていました。
パンにも枝を刺して、ラクレットチーズを一切れ乗せて、焚き火の側で炙っていました。
デザートには、甘くて瑞々しい木の実たちです!
なんとも、香ばしく美味しそうな薫りが辺りを包み込みました。
熱々のうちに口の中へ、胃の中へと押し込むと、あまりの美味しさに男の子は、夢中になって食べました。
こんなに、ご飯を沢山食べたのは本当に久しぶりでした。
満腹と一緒に幸福がやって来るのを、男の子は初めて知ったのでした。
お腹を満足気にさすっていると、クスクスと妖精が笑いました。
「ご、ご馳走さまでした!」
男の子は、がっついて食べてしまった恥ずかしさに顔を赤らめて居ずまいを正しました。
「お腹は一杯になったようだね。」
「うん! 本当にご馳走さまでした!
こんなに美味しいものをお腹いっぱい食べたのは生まれて始めてだよ! 本当にありがとう! 」
「どういたしまして。」
男の子が、嬉しそうにニッコリ笑うと妖精もニッコリと笑い返しました。
「さて、これからの話しをしたいのだけれど、聴いてくれるかな?」
「う、うん……、ぼくも気になってたよ!
ぼくはこれから、どうなるのかな…。」
真剣な顔付きになった妖精につられて、男の子は背筋を伸ばしました。
「君はこれから、私の使い魔になる予定だよ。
使い魔って、分かるかな?」
「えっと…魔女の側にいる、ネズミとか猫とかカラスとかのこと…? 」
「あはは~! そうそう、それ!
君がいつも拾っていた、宝物のこと、覚えているかな?」
妖精がそう言って顔の前で手を翻すと、パッと虹色の羽が現れました。
「あっ! ぼくが拾った…っ!?
あなたが欲しいって言ってたやつだっ!
お母さんに…捨て、られた、のに…。」
男の子はまた、思い出して悲しくなりました。
グズッと鼻が湿って音が鳴りました。
「私が、全て拾ってきたよ。
約束だったし、なによりとても貴重で、本当に希少なモノばかりだったからね。」
そう言うと妖精は、大きくて美しい布を何処からか取り出して地面に敷きました。
おもむろに、パチンっと指を鳴らすと、布の上に様々なモノが現れました。
道に咲いてた六枚花弁の全ての色が違う綺麗なお花。
川辺にあったキラキラと光る透明で赤い石。
沢山の樹を登って、何日もかけて、そうして傷だらけに成りながら探した、空のように真っ青な幸運の鳥の羽。
鉱山の洞窟前に散らばっていて、太陽の光を受けたら夜空に浮かぶ星屑みたいに輝いていた、小さい銀硝子の欠片たち。
晴れた日、牧場に群生していたクローバーを掻き分けて、一日がかりで見つけた、四枚の葉っぱのクローバー。
太陽の陽を透かして、緑色が美しかった月桂樹の形の良い葉っぱ。
そして、他にもたっくさんありました!
大きな布の上には所狭しと、宝物たちがびっしり置いてあったのです!
どれもこれも全部全部、お母さんにあげて捨てられてしまった憐れな贈り物達でした。
けれど、どれもこれも傷や汚れがありません。
とても大切に保管されていた事が、伺い知れました。
その事に、今度は違う意味で胸が熱くなり、鼻が湿って音が鳴りました。
堪えきれなくなると、喉がひくりと鳴って、ついにはしゃくりあげてしまいました。
「妖精、さっん…ありっが、とぉっ…!」
ボロボロと涙が落ちます。
一生懸命、自分なりに頑張ったことを妖精が全部拾ってくれました。
「昨日の夜、お母さんへ言ったように魔法の道具として、これらは大変貴重なものばかり。
知っていたかい?
君は、実にスゴい子供なんだよ?
本当に良く、がんばったね…。」
妖精が男の子の頭を優しく撫でました。
そのぬくもりと初めて誰かに認められた歓びと誇らしさに、とうとう男の子は声をあげて泣き出しました。
「う゛わぁぁぁぁぁ~ん! うわあぁぁぁぁぁんっ!
えっぐ、え゛っ、ぐふぅっ!! ひっ! ひぅっ!
う、うっ、うわあぁぁぁぁぁんっ!」
まるで、赤ちゃんの様に泣きながら手を広げて腕を伸ばすと、妖精が迷わず抱き上げて、ぎゅっと抱き締めてくれました。
「よしよし、いいこだね。
ひとりぼっちで、本当に良く頑張りました…。
これからは、私がずっとそばにいるからね。
大丈夫だよ、いいこだね。」
なだめるように、あやすように、心地の良い低い声で、優しく語る言葉に、男の子は嬉しくて甘えたくて、妖精の胸に顔を擦り付けました。
ポンポンと背中を優しく叩く振動が心地よくて、しばらくすると、涙と激情が収まってきました。
ひっく、ひっく、としゃくりあげて目を擦ろうとすると、妖精に「だめだよ、擦っては。」と手を取られてしまいました。
代わりに、ふわふわの良い香りのするタオルで顔を拭われると、やっと落ち着きました。
「よ、うっ、…妖精、さんは、ぼくの、こと…じゃ、邪魔だ、と、思わなっいのっ…?」
ひくっと、喉を鳴らすと、妖精はニッコリと微笑みながら男の子に冷たいお水を差し出しました。
「私たち妖精族は、無垢な子供がとても好きな種族なんだ。
それに君は、とても賢いし心根も優しい。
がんばり屋だし、素直で根性もある。
無償の愛を、あの醜い女に与えていた君は、なによりも尊いし、その無垢な心が愛しいよ。
私は、そんな君が大好きだよ!
これからは私の、才能あふれる使い魔なのだから、ずっとずっと大切にするよ!」
ゴクゴクとお水を飲みながら、笑顔で語りかける妖精の言葉に、歓びが溢れて夢見心地になりました。
嬉しくて、またボロリと大きな涙の雫が零れ落ちます。
「あ゛い゛っ!!
よ、よろじぐお願いじまずっ!!」
「ふふふ! 宜しくね。
あぁ、そんなに泣いてるとお目めが溶けちゃうよ。
さぁ、もう一度顔を洗っておいで!」
「う、うん。 い゛、いってきます! 」
パッと最後に溢れた涙をこぼして笑うと、男の子は泉に駆けていきました。
沢山泣いたせいか、胸の中は、驚くほどスッキリしていて、体は軽くなっていました。
男の子は妖精の元へ急いで戻ると、焚き火の側にある大きな倒木の腰掛けに座りました。
隣にいる妖精は、ニッコリと微笑みました。
「これから一度、私の国に帰ろうと思う。
君が見付けた宝物たちを国に納めて報酬をもらおう。
そしたら、数ヶ月、お勉強と休憩をたっぷりして、今度は二人で世界を旅しようと思うんだ。
どうだろう? 君は、それでもいいかい?」
男の子は、相談されたことが嬉しくて、妖精へニッコリと笑いかけました。
「はいっ! ぼくは、あなたに付いていくから、それで大丈夫だよ!
妖精さんの国に行けるの、とっても楽しみっ!
勉強も初めてするので、これからワクワクする!」
キラキラした目を妖精に向けると、妖精はクスクスと笑いました。
「国へ行ったら、きっとビックリするよ!」
「ど、どうして?」
「なにせ、私たちの国は天空に浮かぶ島にあるからね!」
妖精は、とっておきの秘密を教えるように恭しく小さな声で囁くように男の子に言いました。
「えっ!? あっ! 分かったっ!!
おとぎ話で聞いたことあるよ!
『天空の島ラピュータ』だっ!!」
「ふふふっ! せいか~い!
沢山の種族が居るから、とっても面白いよ!
それに、君と同い年の子供もいっぱい居るから、お友達が沢山出来ると良いね!」
「あいっ!
うわぁ~! ラピュタ島にいけるんだぁっ!
スゴいっ、スゴいっ!
友達も、出来ると良いなぁ~!」
座りながらピョンピョンと器用に跳ねると、妖精が「よしよし…」と微笑ましそうに頭を撫でました。
「あぁ、そうだった!
君にまだ、自己紹介をしていなかった。
改めまして、私は古き妖精族のポラリス・アウレア・ペルギリナンテス。
ラピュタ島の七賢者が一柱、『黄の賢者』だよ。」
「えぇっ!? け、賢者さまだったの!? 」
賢者とは、ずっとずっと大昔の世界創世記からいらっしゃる神々に準ずる偉大なる人を指します。
この国の王さまより、遥かに偉い人々なのです。
そして、賢者は全部で七人居て、賢者の棲む家はラピュタ島に在ると云われていました。
「ふふふっ! ビックリした?
実はね、賢者なんだよ。
だから、これから君は賢者の使い魔になるんだよ。」
「うわぁっ!! スゴいっ!スゴいっ!
だから、ラピュタ島に帰るんだ~!
でも…ぼ、ぼくで…良いのかな…?」
「君が良いんだよ!」
「…っ!!
ようせっ、…ぽ、ポラリスさま、ありがとうっ!」
「ポーラで良いよ、ラリマール。」
「はいっ! ポーラさ…えっ!?
ら、ラリマールって…。」
「ラリマール・ペクトライト。
君の名前だよ、私の可愛い使い魔くん。」
男の子、ラリマールは呆然とポラリスの微笑む顔を見詰めました。
やっと授けられた名前に気持ちと意識が追い付くと、じわじわと目頭が熱くなってきました。
「ぼくの、名前?
ラリマール、ペクトライト?」
「そうだよ。ラリマール・ペクトライト。
ラリマールは宝石の名前から取ったんだよ。
君の、夏の朝の東の空みたいなミルキーブルーの髪と、綺麗な薄紅色の瞳は、まさにその宝石の色と一緒でね。一目見た時から、ラリマー石の精霊かと思ってしまったんだ。
そして、ラリマー石は古くから、深い愛情と心の平和を象徴する輝石。
本当に、君にピッタリの石だね!
だから『ラリマール』!
君の名前はラリマール!」
「ぼくっ、ぼくはラリマールっ!
ポーラさまっ! ぼくっ、ひうっ!
ぼっ、ぼくはラリマールですっ!
よろ、しくっおねがいっしっまぅっ!!
ひっぐっ! な、なまえっ! ぼくはっ!ひうっく!
ぼくはっ、ラリマール・ペクトライトっ!」
ラリマールは、大粒の涙をポロポロと零れさせながら、本当に幸せそうに笑いました。
「よしよし、ラリマール。
嬉しいんだね、さぁ、もう泣き止んで…。
ふふふ、そんなに泣いたら今度こそ本当に、目が溶けちゃうよ~?」
慈愛のこもった眼差しを受けて、ラリマールは涙を拭きながらニコニコと笑いました。
「うれ、嬉しいです!
ポーラさま、ぼく、名前を大切にします!
ありがとう!
初めてもらった、ぼくの…ぼくだけの宝物っ!」
「うん、喜んでくれて私も凄く嬉しいよ!
さあっ! そろそろ行こうか。
ラリマール、立って!
私と一緒に、冒険の旅に出ようっ!」
「~っ!! はいっ!! ポーラさまっ!
何処までも、お供しますっ!! 」
軽快に歩むポラリスの隣を、弾むように歩くラリマール。
二人は、ニコニコと笑いあいながら楽しげに森の奥へと消えていきました。
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森の木漏れ日が美しいある日。
黄金の妖精と金貨五枚の男の子は、果てしない旅に出ました。
こうして、ポラリスとラリマールは世界を巡る旅人となりました。
彼らの行き先に待ち受ける冒険の数々は、いつかまた違う時にお話ししましょう。
ーーー ああ、そうそう、最後にひとつだけ!
ラリマールは、ラピュタ島で生涯の大親友を得ます。
これから出逢う彼の名は、シャロン・ヴァイオレット。
白銀の賢者の愛弟子『チャロ』と黄金の賢者の使い魔『マール』。
出逢うべくして出逢った、隣の家同士の年の近い親友。
ラピュタ島を二人で駆け回り、師匠やご主人様とは別に、後世に語り継がれる様々な冒険譚を残す二人と成るのでした。
それは、これからのお話し。
これから紡ぐ物語のひとつ。
そして、これは…
『黄金の賢者の使い魔による冒険譚』の始まりの…
お伽噺。
ここまで読んでくださった方々、お付き合いくださり有り難うございました!
ひとつ、終わりにしたい話を書きたかったのでホッとしてます。
どうぞ、本編の方も宜しくお願いします~!