偽神社、あらわる(一) 街道の分かれ道に、そっくりの偽の社。鳥居に、扉?
眠り山が、すっかり秋の色になった。
境内のもみじは日ごとに赤みを増して、参道を掃けばほうきの先に、朱や黄の葉が飽きるほどたまる。収穫を終えた門前町の人たちはいつにもまして機嫌がよく、お礼参りの列が、朝から授与所の前にのびていた。
「聖女さま、今年も豊作でしたよ。お守りのおかげだ」
「いいえみなさんが、ちゃんと汗を流したからです」
そう返しながら私は銅貨五枚のお守りを、ひとつまたひとつと手渡していく。御朱印帳の列も、このごろはずいぶん長い。近ごろは山をふたつ三つ越えた遠くから、わざわざ歩いてくるお参りの人まで増えた。「鈴の社」の名はいつのまにか街道づたいに、思いのほか遠くまで届いているらしい。
半年前には、ただの使い道のない裏山だったのに。
朱塗りの鳥居に、湧き水の手水、茶屋、門前町。ひとつずつみんなで手をかけてきたものが、いまではりっぱに秋の景色になじんでいる。
「うちのこんな小さなお社が、ねえ」
私がほうきの手を止めてつぶやいたら、
「なにを、ひとりで感心している」
うしろから、低い声がした。振り返らなくても分かる。ジークさまだ。三日にあげず、こうして山へ様子を見に登ってくる。今日も狛犬のウンが足もとにぴたりと張りついて、得意げにしっぽを振っていた。
「あら、ジークさま。今日も見回りですか」
「……ああ。変わりはないか」
「はい。おかげさまで、平和そのものです」
——このときの私は、まだ知らなかった。その平和がこの日を境に、少しずつけずられていくことを。
* * *
そのお客さまがやってきたのは、昼をまわったころだった。
旅装の、三人連れ。参道をのぼりきると、鳥居を見あげてなぜだかそろって首をかしげている。
「あの……こちらが、"本物"の鈴の社で……合っていますか?」
本物の。——妙な、たずね方だった。
「はい。鈴の社は、ここですよ。ほかに、ありませんけど」
私が答えると、三人は顔を見合わせた。
「おかしいねえ。だってあたしたちもう鈴の社でお参りして、お守りも買ったんだよ」
「街道の、分かれ道のところさ。りっぱな看板が出ていてね。"鈴の社はこちら"って。てっきり、あそこが本店だと思って」
私は、ぽかんとした。
「……街道の、分かれ道に?」
「そうそう。ここまで登るのは、年寄りにはしんどいだろうって。だからふもとに参拝所をこしらえた、と言われてね」
聞けば辺境へ入るずっと手前、街道が二股に分かれるあたりに、いつのまにかそっくりの「鈴の社」ができているらしい。鳥居があってお守りを売っていて、そこで買えば山を登らなくてもいいのだ、と。
うちに、分店なんてない。ふもとに参拝所を出した覚えも、もちろんない。
「マーサさん。うちって……いつのまに、支店を出したんでしょう」
「出しちゃいないよ」マーサさんが、きっぱり言った。
そこへ荷をかついだロッコさんが、ちょうど通りかかった。
「ああそれならおれも見たぜ」とあごをかく。「二、三日前かな。街道の分かれ道にやけに派手な建物が、でん、と建っててな。赤い鳥居まである。はて、こんなところに鈴の社の出店なんてあったかね、と首をひねったんだ」
みんなの視線が、すうっと集まっていく。
「……ロッコさん。それぜったいうちじゃありません」
「だよなあ」
百聞は一見にしかず、という。とにもかくにも、この目で確かめてみることになった。
* * *
というわけで、翌朝。私たちは、街道の偽物へ乗りこむことにした。
ただし——正面から「本物の聖女です」と名乗って行っては、角が立つ。むこうがどんな連中か分からないうちは、そっと様子を見るにかぎる。つまり、変装である。
「お社さまはその巫女服がいちばん目立つ。旅の商家の娘、ってことにしとこう」
マーサさんにそう言われて、私は地味な町娘の着物に着替えた。髪もふつうに結い直すと、我ながらどこの誰やら分からない。
問題は、ほかの面々だった。
ガンツさんは、どこで見つけてきたのか、りっぱな付け髭をつけて「大店の旦那」を気どっている。のだが糊が甘いのか、その髭がしゃべるたびに少しずつずり落ちてくる。
テオさんは顔を隠すつもりで、やたら大きな帽子を目深にかぶった。かぶったはいいが前がまるで見えないらしく、さっきから柱という柱にぶつかっている。
マーサさんは「温泉帰りのご隠居ということにするよ」と言って、ゆったり構えているのだが——なにしろ、貫禄がありすぎる。ご隠居というよりどこかの大女将にしか見えず、かえって目立つ。
そんななかでロッコさんだけがいつもの行商人のなりのまま、涼しい顔をしていた。
「ロッコさんは、変装しないんですか」
「おれはこれが素だ。行商人が行商人の格好してて、なにが悪い」
……たしかにいちばん自然なのが変装していない人、というのはなんだか釈然としなかった。
そうして、いかにも怪しい一行は、そろって街道の偽物へと向かった。
分かれ道に、それはあった。なるほど赤い鳥居がでん、と立っている。遠目には、たしかにお社らしい。——けれど近づいてみて私は目をうたがった。
その鳥居にはりっぱな両開きの、扉がついていた。
「……鳥居に、扉?」
門だと思ったのだろうか。ご丁寧に、かんぬきまでついている。そして脇には、こんな立て札。『ご参拝のかたは通行料銅貨十枚』。——くぐるのに、お金を取るのだ。
「おい」ガンツさんが、付け髭をふるわせて、うなった。「見ろ、あの継ぎ手。まるで、なってねえ。あんな雑な仕事うちの若いのがやったら、破門だ」
……ガンツさん。いまいちばん怒るところは、そこでしょうか。
通行料を払って中に入ると、さらにすごかった。手水鉢のはずのところに、なぜか鯉が泳いでいる。ただの、金魚鉢だ。
おみくじ、と書かれた筒があったので、みんなでひとりずつ引いてみた。——ガンツさん、大吉。マーサさん、大吉。テオさん、大吉。私も、大吉。ロッコさんも、大吉。
「……全部、大吉ですね」
「縁起はいいがな」ロッコさんが、鼻を鳴らした。「かえって、あやしい」
お賽銭箱まで、ちゃんと据えてあった。りっぱな、大きな箱だ。——がその正面にはでかでかとこんな貼り紙。『お賽銭、銅貨二十枚より。お気持ちに応じて、それ以上』。……お気持ちも、なにも。はじめから額を指定されては、それはもうお賽銭ですらない。門をくぐるのに払わされた通行料の、二杯目だ。
狛犬がわりに置いてあるのは、なぜか熊の剥製だった。牙をむいて、参拝客をおどかしている。おまけに売り場ときたら、祈りが入っていないお守りやお札のほかに、まがい物の縁起物やら、土地の名産やらが所せましと並んでいて——
「あれはお社じゃねえ」ロッコさんが、あきれ顔でぼそっと言った。「お社の格好をした、お土産屋だ」
みんなが口々に「とんだ偽物だ」「よくもまあ、ここまで」と言い合う、そのまんなかで。私はきっと真顔になっていた。
「……私いちばん許せないことがあります」
みんなが、はっと口をつぐんだ。お社さまが、本気で怒った。いったい何を言うつもりだ——と、一同息をのんで私を見る。
私は売り場のお守りの値札を指さして、言った。
「お祈りの料金が、一食分より高いなんて……許せません!」
しん、と間があいて。
「「「そこかい!」」」
みんながそろってずっこけた。
だって、そうでしょう。祈りは、尊い仕事です。尊い仕事には、正当なお代がある。けれどその"祈り"がそもそも入っていない、ただの布切れを一食分の何倍もの値で売るなんて。そんなの、商いですらない。ただの、かたりだ。
……とはいえ、怒ってばかりもいられない。私は証拠にとその白い布切れのお守りを、ひとつ買った。銀貨一枚。——目玉が、飛び出そうな値だった。
帰りぎわ社の裏手をちらりとのぞくと、荷が山と積んであった。その荷に押された紋には、見覚えがある。それからそのそばで番頭ふうの男が、下働きをえらそうにあごで使っていた。
——楽しい遠足は、ここまでだった。
帰り道。すれちがった巡礼のひとりが、連れにこうこぼすのを私は聞いてしまった。
「なんだ鈴の社ってのもあんなものか。がっかりだ。わざわざ辺境まで行くのは、よそう」
その一言で。みんなの笑いがすっと引いた。
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