安産祈願(二) 「祭りって、そもそも、なにをするもんだ?」
そうしてお産の支度をととのえるいっぽうで、門前町ではもうひとつ、大きな支度が始まっていました。夏越しの、お祭りです。
言い出しっぺは、もちろん、あのマーサさんでした。
「なあに、むずかしい話じゃないさ。景気づけに、パーッと夏祭りをやろうってんだよ」
ところが、いざ祭りをやろうと決まってはみたものの。困ったことに、この町の人は、だれひとり、お祭りというものを、まともに見たことがないのです。
「祭りたあ、そもそも、なにをするもんなんだ?」
「さあて。神さまに、お供えでもあげるのかね」
みんな、顔を見あわせて、首をひねるばかり。それもそのはず。この北のはての寂れた辺境では、にぎやかなお祭りなんて、ここ何十年も、だれひとり開いたことがなかったのですから。
私はそのようすを、縁台からぼんやりとながめていました。お祭り。お祭り、かあ。——そうして、つい、うっかり。前世の、あのにぎやかな夏祭りを思い出して、ぽろり、と口をすべらせてしまったのです。
「お祭りといったら……そうですねえ。まずは、参道の両わきに、屋台がずらっと並んで。焼き鳥の串に、たこ焼き、お好み焼き。あまいものなら、りんご飴に、わたあめ、飴細工に、飴玉。うちの鈴のかたちの、鈴カステラなんかも、いいですね。飲みものは、冷やした蜜湯に、あまい甘酒。それから、輪投げに、お面屋さん。みんな、そろいのゆかたを着て、うちわを片手に、サンダルをつっかけて、そぞろ歩くんです。夜になったら、紙の灯籠を、いくつもいくつも灯して、川に流したり、木に吊るしたり——」
はっ、とわれに返ったときには、もう、あとの祭りです。気がつけば、縁台のまわりの人たちが、みんな、ぽかんと口を開けて、私を見つめているのでした。
りんご飴。わたあめ。たこ焼き。灯籠。——だれひとり、聞いたこともない、へんてこな言葉ばかり。しん、と、へんな沈黙がおりました。
「……お、お社さま」ロッコさんが、ごくり、とつばをのみます。「い、いまの、その、りんご飴だの、わたあめだのってのは。いったい、なんなんだね?」
「え。えっと……りんごに、あまい飴をからめたもので。わたあめは、その、綿みたいにふわふわの、あまいお菓子で……」
しどろもどろに私が答えると、ロッコさんの目が、かっ、と見開かれました。
「——それだあっ! お社さま、あんた、天才だよ! そんなもの、王都のどんな大きな祭りにだって、ありゃしない! そいつを、この門前町で、ぜんぶやるんだ! こいつぁ、とんでもない大商売になるぞぉっ!」
そこからは、もう、大さわぎでした。
「屋台の骨組みなら、おれと弟子で、いくらでも組んでやる。その灯籠とやらも、紙と竹があれば、こしらえられそうだ」と、腕まくりをするのはガンツさん。
「あまいものは、あたしにおまかせ。その鈴カステラってのを、ひとつ、お社さまに教わろうじゃないか」と、腕を鳴らすのはマーサさん。
みんな、私の口からこぼれたへんてこな言葉を、ひとつひとつ拾いあげては、「そいつはこう作るのか」「いや、こうじゃないか」と、目を輝かせて相談を始めます。——けれど。あんまりいっぺんに、たくさん出てきたものですから。とてものことに、明日あさってには、間にあいません。
「まあ、ぜんぶは、無理だ。今年の祭りは、こしらえられるものから。あとのは、来年、再来年と、少しずつ増やしていこうや」
だれかの、そのひとことで。この門前町のお祭りは、これから毎年、少しずつにぎやかになっていくことに、決まったのでした。
——ただ。ひとつだけ、気になることが、ありました。
こうして、私の口から、見たこともないものが、つぎつぎと飛び出すたびに。町の人たちが、ときおり、ふと黙りこんで。なんとも、いわく言いがたい目で、私のことを、そっと見るのです。
「……なあ。聖女さまってのは、ひょっとして。ほんとうに——」
「よせ、よせ。ばかばかしい」
だれかが、あわてて、それを笑いとばす。——けれど、その笑い声は、なんだか、いつもより、ずっと小さいのでした。みんな、口には出しません。そんなことを口にすれば、きっと、笑いものです。けれど、心のどこか、ほんの半分ほどでは。この、追い出されてきた聖女さまは、もしかしたら、ただの人ではないのかもしれない、と。——そんなふうに思いはじめていたことを、当の私は、まるで知りもしませんでした。
「あの……みなさん。どうして、そんな目で、私を見るんです? わ、私、なにか、へんなこと、しちゃいましたか?」
「いいや、なんにも」
みんな、ぷいと目をそらして。それから、また、わいわいと、お祭りの相談にもどっていくのでした。
そんなお祭りの支度に、なぜだか、いちばん熱心に口を出してこられるお方が、ひとり、おられました。——ほかでもない、当主さまです。
「祭りの晩は、人が大勢集まる。山道の灯りの数、人の流れ、ふもとの警固の人手。——ひとつでもぬかりがあっては、ならん。これは、領主としての、警備の都合だ」
「はい、はい。よぅく存じております。警備の、ご都合ですね」
私は、にこにことうなずきました。警備の都合、とおっしゃるわりに。当主さまは毎日毎日、それはもう欠かさず山へのぼってきては、灯籠に絵を描く子どもたちの輪に、むっつりと立ちまじって、じいっと見物していることさえあるのです。……当主さまも、よほど、お祭りが楽しみなのですねえ。私はそう思って、ひとり、ほのぼのとしていたのでした。
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