奪取対象
スーツの男は、動かなかった。
ただそこに立っているだけなのに、空気が圧縮されるような圧迫感がある。
神谷 恒一は無意識に一歩前に出ていた。
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「奈緒を“奪う”って、どういう意味だ」
神谷の声は低い。
男は薄く笑う。
「そのままだよ」
「彼女は“リソース”だ」
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奈緒の表情がわずかに硬くなる。
神谷はその変化を見逃さなかった。
(こいつ、本当に“知ってる側”だ)
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男は続ける。
「ペア制度は管理側が用意した実験構造だ」
「感情同期が最大化したペアは、最も制御しやすい」
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神谷は息を止める。
「実験……?」
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奈緒が小さく呟く。
「やっぱり、そこまで進んでるんだ」
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神谷は振り返る。
「お前、全部知ってたのか?」
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奈緒はすぐには答えない。
少しだけ視線を落とす。
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「全部じゃない」
「でも、“こうなる可能性が高い”ことは分かってた」
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神谷の拳が少し強く握られる。
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男は一歩近づく。
「君たちは特に優秀なペアだ」
「だから回収優先度が高い」
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「回収?」
神谷が反応する。
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「そう」
男は淡々と言う。
「君たちの関係は、もう個人のものじゃない」
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その言葉が一番引っかかった。
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神谷は奈緒を見る。
「俺たちの関係って何だよ」
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奈緒は一瞬だけ目を閉じる。
そして静かに言う。
「“データ”」
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沈黙。
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神谷は笑いかける。
だが、その笑いは完全に歪んでいた。
「ふざけんなよ」
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その瞬間。
スマホが震える。
《戦闘モード解放》
《ペア防衛イベント開始》
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神谷の視界に新しいUIが重なる。
・防衛成功率:32%
・離脱条件:奈緒の隔離
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「戦闘……?」
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男が軽く手を上げる。
「安心しろ」
「殺しはしない」
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「“分離”するだけだ」
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奈緒の肩がわずかに揺れる。
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神谷は気づく。
(こいつ、奈緒の“扱い方”を知ってる)
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「やらせるかよ」
神谷は一歩前に出る。
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その瞬間。
空気が“切り替わる”。
街の音が一瞬消える。
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神谷の視界に赤いラインが走る。
《防衛開始》
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男が動いた。
速い。
だが、人間の速さじゃない。
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神谷は反射で避ける。
肩すれすれを何かが通り抜ける。
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「……今の、何だよ」
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奈緒が叫ぶ。
「神谷くん、直接勝とうとしないで!」
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「じゃあどうすんだよ!」
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奈緒は一瞬だけ迷い、
そして言う。
「“同期を使って”」
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「は?」
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《同期干渉コマンド解放》
《感情リンク使用可能》
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神谷の頭に“使い方”が流れ込む。
まるで最初から知っていたように。
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「これ……」
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奈緒が言う。
「私と繋がってる限り、干渉できる」
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男が再び踏み込む。
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神谷は息を吸う。
(繋がってるってことは……)
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奈緒と視線が合う。
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一瞬。
世界が静止する。
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神谷は理解する。
これは戦いじゃない。
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“関係の強さ”がそのまま武器になる世界だ。
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神谷は小さく言う。
「信じるぞ」
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奈緒がわずかに目を見開く。
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次の瞬間。
神谷の視界が“重なる”。
奈緒の思考、感覚、呼吸。
すべてが流れ込む。
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男の動きが、見えるようになる。
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「そこだ」
神谷は踏み込む。
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初めて、男の表情が崩れた。
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「……同期率が上がってる?」
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奈緒が静かに言う。
「だから言ったでしょ」
「このペアは壊すの面倒だって」
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男が一歩下がる。
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神谷は初めて理解する。
(これ、恋愛がそのまま“力”になってる)
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そして同時に思う。
(じゃあ、この関係が壊れたら……)
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奈緒を見る。
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その瞬間、男が笑う。
「いいね」
「本当に壊し甲斐がある」
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スマホに通知。
《新規介入者追加》
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さらに別の気配。
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神谷の背筋が冷える。
「まだ来るのかよ……」
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奈緒が小さく言う。
「ここからが“本番の奪い合い”」
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夜の街が、完全に別のルールへ切り替わっていく




