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8. アルディ家の庭にて

「……率直に聞こう。どこまで知っている」


 庭園の中にある大木の近くまで来ると、フリオニールは前を向いたままフィオナに問いかけた。


 フィオナが足を止めるとフリオニールは向き直り、赤色と金色の美しい瞳でまっすぐに見つめてくる。

 青年の顔は無表情だが、それがかえって人間らしさを失わせ、神とも精霊とも称賛される麗しい美貌がフィオナを捉える。


 あまりの美しさに思わず目を逸らしかけたフィオナは、高ぶる気持ちを落ち着けるように深呼吸すると、思いきって打ち明けた。


「悪魔と契約して不死身になったと……。あなたは人間? それとも悪魔?」


 フリオニールの表情が苦々しいものに変わる。


「……私が王家の神殿に着いた時、石碑が消えていて……私は、石碑のあった場所からどこかに移動したのよ」


 フィオナは考え込むように顎に指を当て、記憶の中から疑問を引き出していく。


「……そして、あなたたちが話している声が聞こえて……。命を削った契約だと。魂の欠片を悪魔に預けて国を守っているって本当なの? あなたは悪魔だから美しいの? 扉の向こうから聞こえていた声は二つ。もう一人は狼さん?」


 フィオナの口から止めどなく疑問が出てくるが、フリオニールは視線を伏せたまま答えようとしない。眉間を寄せた難しい表情をしているが、怒ったようなそぶりはなく、答えに窮している感じだ。


 側にいたウォルスが「フフッ」と鼻で笑ったような声をだすと、フィオナはウォルスに視線を移した。


 フリオニールの声ともうひとつ聞こえていた声。それは多分この銀狼のものだろう。人の言葉を話すところは見ているが、契約云々にも関わっているのだろうか。


 フリオニールよりも暗い赤色の瞳が愉快そうに細められている。


「娘よ。フィオナといったな。それでは……私が悪魔だといったら驚くか?」

 獣の口から当たり前のように言葉が発せられる。低音だが明瞭に聞き取れる。


「おっ、驚きます、もちろん! ですが……咎めているわけではないのです。……なぜこんなことをしているのか知りたいだけです」



 銀狼とフリオニールに、自分の気持ちを素直に打ち明ける。納得している方が秘密は守りやすいと思うのだ。


「それに、ギードの森の神殿のことは管理している私の家の者しか存在を知りません。神殿を守る役目も、アルディ家の者にある森の結界を破る力も、すべてが国を守るために必要なことだと理解していますから」


「……」


「私はギードの森の神殿のことを教えられた時、とても誇らしい気持ちになりました。自分でも役に立てるんだって思うと嬉しかった」


 大好きなギードの森と神殿に関わる人たちだ。アルディ伯爵家が代々守り続けてきた場所は神聖なものであってほしい。


「……ウォルス。お前がばらしてどうする」

 フリオニールが渋々といった風に口を開く。


「ばれている。隠しても仕方ないだろう。お前だって覚悟していたんじゃないのか?」


「それはそうだが……。ここまで聞かれていたとは思わなかった」


 フリオニールは、ウォルスと会話する間は諦めの表情を見せていたが、フィオナには真摯な表情を向けた。


「お前が国のことを思い、王家の神殿を心から大切に思っていることも分かった。しかし、すべてを教えるわけにはいかない。会ったばかりのお前に話せることではない。だが……」


 フリオニールは、位の高い貴族らしく反論を許さない声音でそう告げると、優雅にフィオナの手を取り、手のひらに口づける。


(うそっ、手のひらなんて。……どうして?)


 フリオニールの唇と吐息が触れた手のひらが熱い。

 触れた時間はほんの一瞬だったが、手のひらへのキスは初めてだ。フィオナは思わず顔を赤らめる。


 顔を上げたフリオニールは、フィオナの上気した頬の赤さに気付き、微かに笑みを浮かべると続けた。


「お前が俺に見せた誠実な態度に見合う秘密を教えてやる。俺はお前と同じ、命に限りある人間だ。悪魔はこっち。狼は仮の姿だ。契約を交わすことで俺に仕え、国を守ってくれている。害をなすことはない。国にも、もちろん、お前にも……」


 毛皮に触れたかったら撫でてもいいぞ、と言うフリオニールは笑顔だ。


(えっ!)

 少年のような屈託のない笑顔にフィオナの心臓は跳ねあがる。


 手のひらへのキスといい、この笑顔といい……。美貌の青年が見せる行動や表情には破壊力がありすぎる。


 男性と過ごした経験に乏しいフィオナが戸惑っている間にも、フリオニールは応接室での言葉を証明しろとでもいうように、フィオナに勧めてくる。からかっているのかもしれない。本当に悪魔に触れるのかと。


 それに従うように、ウォルスも大きな頭をフィオナの手に寄せてきた。


「……っ。意地悪ね! 触れます、もちろん!」


 恥ずかしさもあって、なかば自棄になりながらウォルスの頭に手を伸ばす。

 指先に触れた毛並みは柔らかく、適度にコシもあって手触りがいい。毛皮に埋もれた手から温かさが伝わってくる。


 フィオナは夢中になって、「これでもか」と頭だけでなく背中にそって手をモシャモシャと動かす。すると「もっと撫でろ」とばかりにウォルスは仰向けになってお腹を見せた。開いた口からは、甘えるように舌まで出している、


「っ、なんで! まるで犬みたいじゃない。ていうか、犬にしか見えないわよ、もう!」


 仕方ないわねと文句を言いながらも、フィオナはウォルスの要求に楽しげに従った。

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