61.王宮舞踏会にて(2)
王族と側近の三家が鎮座する高台の奥から会場を見渡していたフリオニールは、ウィルフレッドと一緒にいるフィオナの姿を捉えた。
フリオニールの牽制が効いたのか、令嬢や若い男性に囲まれることなく、二人は順調に社交をこなしているようにみえる。
入場時間の通例を無視してまでフィオナに会いに行ったのは、アルスカイザー侯爵家の考えを示し、嫉妬や忌避といった感情からアルディ伯爵家の兄妹を守るためだった。
また、社交界デビューを迎えるフィオナへ、人生で一度きりの大事な記念の日に、何かしら贈りたいという純粋な気持ちもあった。
「デビューの準備はすべてアルディ家でします」というウィルフレッドに自分の申し出を頑なに断られ、結果として、ウィルフレッドの意表を突くしかなかったが……。
ささやかすぎる贈り物は、一晩で消えてしまう魔法の煌めきだ。
(まぁ、何もしないよりは俺の気持ちもいくぶん晴れたがな……)
「いいね。あの髪につけた宝石? すごく綺麗だし目立つね。どこにいても分かっちゃうんじゃない?」
そこに、茶化すような声が割って入った。
クーザー侯爵家のディーンだ。白と赤色の軍服に身を包んだディーンは凛々しく精悍で、見た目は完璧な近衛騎士だ。
余計なことを言わなければ、端正な容姿がより映えるだろうに……と、フリオニールは思う。
「そろそろだよ、二人とも。令嬢を迎えにいったら? ……それから、今日のファーストダンスは、フリオとディーンに任せたから。よろしく頼むね」
晴れやかな笑顔で、レオンハルトが言う。
王太子であるレオンハルトが務めることが多いそのダンスを、今回は自分とディーンに任せるとは……。
最初から踊るつもりがなかったようだ。きっと相手も決めていないに違いない。
ダンスの相手を選ぶのに、レオンハルトが毎回苦慮していることを知っているフリオニールは、晴れやかな笑顔の理由に納得する。
「じゃあ、俺行くわ。今日の相手は中隊長の令嬢なんだけど……どの娘か判らないから、隊長を探さないといけないもんで」
「……相変わらず軽いね、君は。相手は誰でもいいのかな」レオンハルトが苦笑する。
「今だけさ。じゃ!」
そう言って、ディーンが階段を駆けおりていった。
「行っておいでよ。フリオニールも」
「あぁ、そうする。では」
高台にいる面々に一礼し、フリオニールもディーンの後に続いた。
…☆…☆…☆…
侍従のよく通る声でダンスの始まりが告げられた大広間では、会話の邪魔にならない程度に奏でられていた音楽が、一気に舞踏用の音量に上げられる。
差し出されたフリオニールの手に、フィオナが自分の手を重ねた途端、くるりと回転させられて瞬く間にダンスが始まった。フリオニールの完璧なリードで、戸惑うことなくステップを踏み出せたことに、フィオナは一安心する。
今ダンスを披露しているのは二組だけ。自分たちと赤髪の近衛騎士、ディーンたちだ。注目される覚悟はしていた。そのため緊張はしているが、夢みていたフリオニールとのダンスは心が浮き立つように嬉しく、また楽しい。
「上手だな。踊りやすい」
「フリオニール様も。ほとんど踊らないと聞いてましたのに」
「……数年前に、姉と踊らされたのが最後だ。久しぶりだというのに、レオンのやつ、こんな目立つ場を用意しなくても。すまないな」
「いえ。……でも、フリオニール様が踊られるというだけで、会場の皆様が期待してましたもの。ファーストダンスでなくてもきっと目立ってましたよ」
どんな状況であっても、そこにフリオニールがいるだけで目が惹き付けられるのだ。フィオナは苦笑する。今だって、いろいろな想いがのせられた視線に痛いほど晒されている。
「まぁ、お前のデビューに相応しい場であることには間違いない。そこは、レオンに感謝しないといけないな」
「……私は、フリオニール様がダンスの相手を務めてくれるだけでいいのです。小さな舞踏会でだって十分幸せでしたのに。身に余る光栄ですわ」
仲睦まじく、息のあったダンスを披露する2人は、舞踏会参加者の視線をくぎ付けにする。
フリオニールを思う女性たちと、密かにフィオナを狙っていた男性たちから、諦めとも称賛ともとれるため息がもれた。
社交界にデビューすることのないアルディ伯爵家の令嬢が、王国最強の魔導士であるアルスカイザー侯爵家のフリオニールとファーストダンスを披露した夜は、王都中でちょっとした騒ぎになったことは、あとで知ることになる。
曲調が変わり、舞踏の輪が一瞬にして大きく変化すると、あっという間に大広間は、ダンスを楽しむ人々の熱気に包まれた。
規則的に変化しながらも同じ振り付けで踊られるダンスは、優雅でありながら迫力がある。
(なんて素晴らしいの! これが王宮の舞踏会なのね!)
息を切らしながらもダンスを続けていたフィオナは、胸のうちで感激していた。
すると「ちょっといいか?」と、ダンスの輪から自然と離れるように、フリオニールがフィオナを誘導する。
「少し歩かないか? ここは人が多くて話ができない」
フィオナは逆らわず、フリオニールと連れ立って明かりが灯される庭園に出ていく。疲労感を伴う体に、ひんやりとした初秋の風が心地好い。
「寒くないか?」
「いいえ、ちっとも。……それより、とても綺麗ですね」
明かりに照らされた庭園の美しさに思わずため息がもれる。咲き乱れるのは、シックな秋色の花だというのに、それが反って大人の雰囲気を演出している。
(いい香り。なんだか夢みたい……)
フリオニールに手を引かれながら小道を歩いていると、爽やかな香りが鼻をくすぐる。周囲を見回すと、小さく控えめな花が集団で咲いている。
まるで王家の神殿を彷彿とさせるような場所で、フリオニールが足を止め、フィオナに向き直った。
「この間、約束したことを覚えているか?」
フリオニールの赤色と金色の瞳がなぜか不安そうに揺れている。そう問われると、フィオナに思い付くことはひとつしかない。この間、「アルディに迎えにいっていいか」と聞かれたことだ。
王国で最強といわれるほど強く非情にもなれるのに、私のことになるとこうも弱くなるのかと、フィオナはくすぐったい気持ちになる。
噂どおりの人間離れした美貌と魔力、噂とはかけ離れたフリオニール本来の姿。
男も女も惑わせると評判の美貌の魔導士が、まさか女性慣れしていない性格であるとは誰が知り得るだろう……。
また、アルディから王宮に来た頃に抱いていた憧れに近い感情が、恋しい感情に変化したのは、いつの頃からだったろうか。
「覚えています。アルディに迎えに来てくれるのでしょう?」
フィオナは穏やかな笑みを浮かべながら答えた。
「待っていてもいいのですか?」
フィオナが再度問う。
「あぁ。……だが、大好きな場所を離れることになる。それでも俺の側にきてくれるのか」
フリオニールのいる場所が私の居場所だ。
すでに心は決まっている。
「お側に置いてください。私、フリオニール様のお側に居たいんです」
不意に手を引かれて前に倒れこむ。頬にあたる滑らかな感触は、フリオニールの黒い衣装だ。その衣装の向こうから少し早い鼓動が聞こえ、フリオニールと体が密着していることを理解する。
「アルスカイザー家にお前の居場所をつくろう。……ここは、一生お前だけのものだ」
しっかりと背に回されたフリオニールの両腕のなかで、フィオナは高まる己の胸の鼓動とともに、狼の遠吠えを聞いたような気がした。
…☆…☆…☆
「ストラスが、……こちらの世界、に滞在するそうだ」
秋の大舞踏会から数ヵ月後、フリオニールから告げられた内容に、フィオナは喜びを隠せなかった。
フリオニールがアルディ伯爵家に諸々のあいさつに来た帰り道、フィオナと一緒に王家の神殿を訪れた時だ。悪魔ストラスが伝染病の終息を見届け、魔界に帰るという日に思いもかけないことが起きた。
自分がアルディ領に帰らなければいけないのと同じように、ストラスも魔界に帰る予定だったはずなのに。
「フィオナが王都にいるならと、あのお方が、魔王様が許可をくださった。これで、時間を気にせず薬草園の手入れができる。喜べ! アルスカイザー侯爵家のもの!」
悪魔ストラスが意気揚々と告げる。毎日、毎日、朝から晩まで薬草園に入り浸っていたのに足りなかったのか……、とフリオニールとフィオナは絶句する。
「……いなくなっちゃうと寂しいもの。嬉しいわ、ストラスさん。これからもよろしくね」
一瞬の間の後、気を取り直したフィオナがストラスの小さな頭を撫でた。
「こっちにいるなら、ストラス。お前の特技を人間のために使えよ」そう言うウォルスも何だか嬉しそうだ。
「まぁ、こうなることは俺にはすべて視えていたけどな」
銀狼ウォルスの姿をした悪魔、バァッサーガが全てを見透したように笑った。
(終)




