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54. ふたりの想い

「フリオニール、フィオナが落ち込んでるみたいだけど、何かあった?」


「……。何でおまえからフィオナのことを聞かねばならんのだ。それに、落ち込んでるってどういうことだ?」


「うーん、母上から聞いた話なんだけど、心から笑えてないみたいだって……。どうやら、アルスカイザー侯爵家に嫁ぐ条件を知ったのが原因らしいと」


「なんだと!」


「まだ話してなかったんだね。母上が後悔してたよ『まずかったかしら』って……」


「……嫁入り云々の前にやることがあるだろう。まだ気持ちの確認もできていないのに……あっ!」


「えっ、まだその段階?」


「……」



 王太子の執務室で当たり前になりつつある、フリオニールとフィオナの話題に再び衝撃が走った。


 レオンハルトが胸の内で「小型犬か……」と呟いたのも仕方ない。しなやかな肉食獣のごとき優雅さで、獲物を絡めとるようなフリオニールの見た目に反し、フィオナの気持ちを優先して「待て」をさせられているとは……。

 レオンハルトの青空のような瞳に、信じられないものでも見たような驚きが浮かんでいる。



「俺が担当してる分は終わったよな。部屋に戻る」



 フリオニールはそう言い切るとレオンハルトの驚きが他の感情に変わる前に席を立った。「何も言うな」とばかりにレオンハルトを睨みつけると執務室を素早く後にする。

 逃げるのは悔しいが言い返せる自信はないし、今はとにかく時間が惜しい。


(覚えていろ……レオン。おまえの時には倍にして返してやる)



          …☆…☆…☆…



「これで最後ですか?」

 魔導士の青年が、腕に抱えた箱の中を覗きながら、フィオナに声をかけた。


「えぇ、そうよ。お待たせしてしまって、……ごめんなさいね」


「いいんですよ。これだけの量をひとりですり潰すだけでも大変なのに、よくやったと思います。我々、魔導士たちも薬師の連中も、フィオナ様の頑張りには感心してるんです。ちょっとくらい待たされたって誰も文句は言いません」


「ありがとう。そう言ってもらえると気が楽になるわ。……まだ、調合が残っているのでしょう? お手伝いできることがあれば言ってくださいね。といっても、出来上がった薬を数えたり運んだりしかできないのだけど……」



 すり潰したグリシリーザの粉末を受け取りに訪れる魔導士の青年とは、度々顔を合わせているうちに会話もするようになっていた。兄のウィルフレッドと同じくらいの歳のせいか話し易い。見た目は魔導士らしく黒髪に黒い衣装と黒ずくめだが、緑色の瞳が優しげな印象だし、髪にも寝癖がついていて愛嬌がある。



「あはははっ。気にしないでください。あとは我々でしますから。手伝わせたりしたら魔導士長様やフリオニール様に怒られちゃいます」



「……そうだぞ、フィオナ。おまえには別の仕事を頼みたい」


「っ!!」


 突如割り込んできた声に、ビクッと身を震わせた青年が驚いて後ろを振り返る。見るからにとても焦っている。



「フッ、フリオニール様!」


「……アレン、それを早く調合に回せ。みなが待っているぞ」


「はっ、はい! 申し訳ありません。あっ、それではフィオナ様、ありがとうございました!」


「いえ、どういたしまして……」



 アレンと呼ばれた魔導士の青年は、フリオニールとフィオナに勢いよく頭を下げると、足早に調合の部屋に戻っていった。フィオナが返した言葉は、青年の耳に届いただろうか?



「アレン様……。フリオニール様に怯えてる?」


「……フィオナ、俺を誰だと思っている。俺はあいつの上司だ。仕事をサボっていたら注意するのは当たり前だろう」


 フィオナが思わず漏らした呟きに、フリオニールが不機嫌に答える。



「それ以上の凄みを感じたよな、ストラス」


「あぁ、見事だった。俺たちよりも悪意がむき出しで、向けられた相手は相当な恐怖を味わっただろう。一瞬で覚らせるとは大したものだ。見直したぞ」


 フリオニールを褒める声が聞こえてくる。部屋にいたウォルスとストラスだ。特にストラスは、フリオニールが苦手としている薬学を通した姿しか見ていなかったこともあり、フリオニールの下がりきった評価を上げたようだ。

 しかし内容が理解し難く、発想が斜め上をいく悪魔仕様なのは否めない。



「……」

 フィオナが、ストラスからフリオニールに視線を向ける。


「……ストラス。余計なことを」

 フリオニールの声が震えている。



「正直、実力を疑っていたが……。バァッサーガが惚れ込むだけの魅力が確かにあるな。フリオニールほどの魔力と邪気を持つ奴は魔界にもそうそういない。ひょっとしたら、魔王様に匹敵するのか……」


「フリオニールは俺のものだぞ、ストラス」


「あぁ、分かってる。莫大な魔力量を誇る次代のアルスカイザー家の嫡子と契約するのもいい。フリオニールの子なら期待が持てるしな」


「おまえら……なに勝手なことを。魔王なんかどうでもいいし、俺の子? だと。いいかげんにしろ!」

 フリオニールはこめかみに青筋を立て、怒りが頂点に達しそうな雰囲気だ。



(フリオニール様のお子さま……)


 悪魔たちとフリオニールの会話は見ていて楽しい。フィオナは、この時間が好きだった。いつもならつい笑ってしまう所だが、フリオニールの子どもに触れられ、フィオナの落ち込んだ気分をさらに下げる結果を招いてしまった。




(……フィオナ?)

 フリオニールは側にいるフィオナの声が全く聞こえないことに気付き、フィオナへと視線を移した。


 フィオナは、フリオニールに見つめられていることに気付かない様子で、ウォルスとストラスがいる部屋の奥の方をただ見つめている。

 レオンハルトが言うようにいつもと様子が違う。いつもなら、悪魔たちの会話を楽しそうに眺めているのに……。



「どうした? フィオナ」

 考え込んでいたらしいフィオナは、フリオニールの呼び掛けで瞳に力を宿すと、フリオニールに向き直り首を振る。



「……いえ、なんでも」


「なんでもない、という顔じゃないぞ。……アリシア様も心配していた。俺が聞いてやるから話してくれないか?」


「いいえ、本当に。……アルスカイザー様になんて、とても」


「ほら、気になることがあるんじゃないか。俺には話せないことか」


「……」


「そうか。では、仕方ない。ウォルス、ストラス! 外で見張ってろ」



 そう言って、フリオニールは渋る悪魔たちを部屋から追い出し、部屋の扉を閉める。そして、フィオナを強引に長椅子に座らせると隣に陣取った。



「!」

「これで邪魔は入らない。さぁ、話せ」


「アルスカイザー……」

「フリオニールだ。言っただろ」


「こんなことをしては勘違いされてしまいます。お兄様にも叱られてしまいます」


「何が?」


「……二人きりで部屋にいるなんて」


「そうだな。だが、話さない方が悪い。……前にも言ったが、俺は勘違いされてもいいと思っている。お前を手に入れたくてしょうがないからな」



 フリオニールは自分の想いを解らせるように、片膝を座面に載せ、長椅子の背にフィオナを押し付けるように体重をかけた。フィオナの腰に腕を回して両腕を拘束すると、フィオナの頬に片手を添え、口付けも可能なほどに顔を寄せる。



「無理強いは好きじゃないが、話さないのなら、こういうやり方で語り合おうか? 俺の我慢も限界なんだ」


「からかわないでください。こういうことは、結婚される方としてください。…………私で、遊ばないで……ください」



 口付けを拒むように顔を背けると、フィオナは絞り出すように言葉をはいた。アメジストの瞳に大粒の涙が浮かんでは、頬にこぼれ流れていく。



「フィオナ、俺は本気だぞ。からかってなどいない。おまえを俺のものに、……妻にしたいと思ってる。嘘じゃない」


「……。私では役目を果たせそうにありません」


「俺に触れられるのは嫌か? ともに生きてはくれないのか?」


「……でも」


「俺がそう望んでいる。何を躊躇うことがある」


「……聞いたんです。……アルスカイザー家に嫁ぐ女性には魔力が必要だって。私には魔力がありません。……フリオニール様も解っているはずです! それを知ってて、私にそんなことを言うなんて……ひどいです!」



 フリオニールは、心の痛みを表現するようなフィオナの叱責を、涙で濡れたフィオナの唇を己の唇で塞ぐことで遮った。


(やはり、魔力がないことを気にしていたのか……それなら)


 フリオニールは、フィオナの気持ちが自分にあることを確信し、フィオナに触れたいという欲望を抑えることを諦めた。

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