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花かざる国の王  作者: 呆化帽子屋
第3章 始動
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2-5

後半に若干の残酷描写あり。苦手な方はご注意を。

「乱暴なことをして悪かったと思っている。けれど、私にはこれしか手段がなかった」

ユーリウス王はホールに集められた貴族たちを見渡すとすぐ、こう切り出した。

「長い話になる。楽にしてくれて構わない」

語られたことの顛末は、リティニウスを驚愕させたが、しかし同時に、リティニウスの頭を冷やしてくれた。リティニウスはいつも以上に冴え渡った思考で、ユーリウス王の言葉を聞いていた。

「ここにいる者たちは貴族だ。言い換えれば、ここにいない者はすでに貴族ではない。君たちもそれを心得て振舞うよう。これはお願いではないよ、命令だ」

ユーリウス王に言われるまでもなく、それは明確なことであった。

読み上げれた巻物の内容の通り、貴族の家名を名乗ることを許された者しか、ここにはいない。

あの会場の人の多さに圧倒された後だからか、随分少なく思える。

しかし、フロテティーナという小国の貴族が全員いると思えば、やはり、それなりの数であった。

「新たに爵位を与えられたものには、正式な書類と領主印を渡そう。もちろん、授爵式も執り行う予定だよ」

「……あの、陛下」

自信のなさそうな、小さな声を上げたのは、ピーニッヒ侯爵夫人であった。

「失礼かとは思いますが、その、他の者たちは……」

ユーリウス王は鷹揚にうなずいた。

「あの会場に残されたものは二種類に分かれる。家名と領地、家を失いただの平民として生きていくもの、そして犯罪者として裁判にかけられ、処罰されるものだ」

気弱なピーニッヒ侯爵夫人は、小さく悲鳴を上げた。

「……ユーリウス王、貴族ではないと簡単に言うが、横暴すぎるのではないのかね。何の説明もなく、いきなり放り出される彼らの立場はどうなる」

テデリウスの言である。

明らかに怒気が含まれていた。

「もちろん、官位が剥奪されるわけではないから、すでに官であるものは、そのまま官として給金が支払われるし、今はどこも人材不足だ。街に出ればどこかで必ず雇ってもらえるだろう。少なくとも、貴族というからには、文字の読み書きと計算ができる。それができれば、仕事には困らない」

「ユーリウス!! 聞いているのか!! 私の質問に答えろ!」

テデリウスは激昂した。リティニウスが生れてはじめて聞く、この公爵の怒り声であった。

対するユーリウスの目は冷ややかでさえあった。

「……何をそんなに怒っている、デュルベ公爵。他ならぬあなたも、あの爵位の取り決めには同意していたはずだけれど」

「私が同意したのは爵位の変更だけだ! 他のものから貴族の位を剥奪するなど……」

「爵位が変わるなら、当然爵位を失う者いる。このフロテティーナはあれほどたくさんの特権階級を抱え込めるほど、豊かな国ではない」

そのはっきりした言葉はテデリウスに少なくない衝撃を与えたようであった。

「まさか……フロテティーナ王国は、小国といえど、帝国属国の中では一二を争う財力を……」

「君は一体何十年前の話をしているんだい。この国が金持ちだったのは、もうずっと昔の話だ。魔石の発掘量、値、輸出量、魔法具の開発、出荷……正式な記録が残っていないどころか、帝国に奉納するもの以外、無視されているも同然ではないか」

ユーリウスの声音は静かであった。テデリウスの怒りと困惑を包み込んでなお、ただ静かに響いていた。

「陛下の言に偽りはありませんな。我が領地は赤字で尻が燃えそうだというのに、王都の豚どもが金持ちなのは、可笑しいと思っておりましたとも。なるほど、魔石をちょろまかしておりましたか。「金の山」付近は随分と野放しであったようですから、それも不思議ではありますまい」

王都では烈火伯爵という名で有名な、イブソナ伯爵の言葉であった。

貴族としては品のない口調であるが、しかし、領主としては充分に賢く、厳しい統治者である。

「デュルベ公爵、私が言うのも可笑しいですが、少し落ち着いてくださいませ。公爵がお優しいのは存じておりますから、彼らの境遇に同情的なのも分ります……けれど、見識深いあなたさまが、この国の現状を知らぬわけではありますまい」

新しくテドレナール侯爵となった若者の言葉であった。

若輩らしく恐れを知らぬ物言いであった。

「……デュルベ公爵、君はこの大陸を旅したことがあったのだろう。何から目を背けているのかな。我が国は、美しくもなければ、豊かでもない、そうだろう?」

リティニウスは魔石がどのように流通しているかなど、把握していなかった。

けれど、魔石を帝国に奉納することだけは、父、前ケルディナ侯爵から引き継いでいた。

混乱のさなか、帝国に外から攻められぬよう、それだけは気を配っていたのだ。

リティニウスは過去の自分を恥じた。

自分ひとりでは、見えないものもある。見えないものもあると、知っていなければならない。

ユーリウスがかつてリティニウスに告げた言葉を、リティニウスはやっと実感したのである。

「私とて、悪戯に彼らを処罰したいわけではない。もちろん裁判も行うし、確固たる証拠もある。けれど、彼らはもう「どうしようもない」ところまで来ていた」

私では、私たちでは「どうしようもない」ほど腐ってしまっていたんだよ。

ユーリウス王の声はか細く、しかし、清らかな水のように染み渡った。



リュゼという男が用意した調査記録と証拠は、あまりにも充分すぎた。

客観的に見てしまえば、彼らの罪は明らかであった。国賊といっても良かった。

優しく道徳心にあふれたテデリウスにとっても、それは「どうしようもない」ことであった。

冷酷無情と噂されるリティニウスにとっては、それは許されざるべき不正であった。

だからこそ、この惨状から目を逸らしてはならない。

テデリウスは掌で顔を覆って、小さく呟いた。

「リティニウス、私は何も分っていなかったんだ。この国の問題の深刻さも、現実も、あの子が目指す道の斬新さも、理想も、何もかも」

裁判の結果に従って、「処罰」は行われている。

ある者は奴隷として連行され、ある者は密かに葬られ、ある者は墓に埋葬することさえ許されず、ある者は首をさらされ、そして、ある者は、今、この広場で、処刑されている。

貴族の処刑というイベントに理性を失い、切り落とされた首を掲げ、踏みつぶし、投げあう民たち。

血と狂気に満ちた夕暮れであった。

「……無理だ。私には理解できない。あの子についていけられない。無理なんだ。不可能なんだよ、リティニウス」

断末魔の悲鳴を上げ、盛大に血を撒き散らしながら、また一人の命が散った。

リティニウスは二度瞬きを繰り替えした。

「ついていく必要などございません、デュルベ公爵」

リティニウスは公爵を見なかった。

「陛下は、前に進むと、この国を変えるとおっしゃいました」

テデリウスは青白いを通り越して、紫になった顔色で、リティニウスの無表情を見上げた。

「あの男が前に進むのを助けるのならば、私のやるべきことは陛下を振り返らせること。デュルベ公爵、あなたはただ、前に行くのか、後ろに留まるのか判断すればよいのです」

テデリウスは乾いた笑い声をもらした。

「何が善なのかなど、分るはずもない」

「善政なのか悪政なのか、それは未来の誰かが決めることでありましょう。あなたはまず見なければならない。目を背けては、目を閉じてはならないのです」

そして、それは、私自身も。

リティニウスは興奮冷めやらぬ広間を、ただ、ただ、見つめていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] その時に生きたであろう人々からみた主人公の軌跡をおう、という形が面白いと感じました。チートがなくとも人々の努力によって国作りできるのだと思わせてくれる、すばらしい作品です。ありがとうございま…
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