第二十三話「野獣(おとこ)の尊厳」 Bパート、ED、Cパート、次回予告
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激しい雨ではなかった。
雨粒が輪舞を踊っているような、そんな優しい雨が黒と白とに降り注ぐ。
しかし天国への階段でのGTの銀髪は所詮作り物。
いくら雨に濡れても、その色は変化することなくその先端から銀の滴を垂らす。
RAの黒髪は、さらに深さを増して、その黒い眼差しに陰を落とした。
雨が降り始めて間もなく、二人は足を止めている。
二人が全力で移動すると、この状況ではハイドロプレーニング現象が容易に発生して、まともに移動も出来ない――というよりも、巨大すぎる隙が発生するからだ。
シャコン!
GTがRAを目に前にして、余裕を持ってマガジン交換する。
そのRAは崩れた瓦礫に腰を下ろして、ラムファータとシキョクをダランとぶら下げた姿勢で、佇んでいた。
ただ、その視線だけはGTから外さない。
左手のラムファータからは、蒸気が立ち上っている。
先ほどまで足を止めて、撃つ避けるの銃撃戦を行っていたから、銃身が熱を帯びているのだ。
今は、偶然に訪れた小休止。
いくら仮初めの分身体とはいえ、一時間以上戦い続けていれば、お互いに息も切れる。
筋肉も疲労を覚える。
「……見ろよ、この有様。ひどいもんだ」
チャンバーをスライドさせながら、GTが話しかけた。
確かに、二人の周囲のビルは軒並み倒壊し、無惨な瓦礫と慣れ果てていた。
天国への階段では、現実世界のようないかにもな瓦礫は残らないが、無造作にブロックを放り投げたような状態になる。
だが、それだけに人の営みが何もかもリセットされたかのような、虚無感がそこにはあった。
「……ひどいのはあなたですよ、ジョージ・譚。何人殺してきたんですか? 公式に発表されているものとは桁が違うでしょう?」
現実世界の名前で呼びかけるRA。
天国への階段ではマナー違反だが、今更この二人の間にマナーも何もないだろう。
嘘の世界のこととはいえ、殺し合いを――それも何度も何度も――繰り広げてきたのだ。
「覚えてないな」
何事もなく答える、GT。
「ウフフフ……そう。そうでなくてはね。僕があなたと最初に出会ったのは、この天国への階段じゃないんです。あなたが惑星ナクラでマウリッツを殺した後のことなんですよ」
「そいつは覚えてるな。割と早めに殺したはずだが――お前はその頃から公安にいたのか?」
期せずして始まった、やりとり。
恐らくはこれが最後のチャンスだとお互いが了承しているのだろう。
「いましたよ。まだ新人と言っても良い頃ですが。あなたに関わってから、ずっと窓際族です」
その言葉に、GTは首を捻る。
「珍しいな」
「何がです?」
「俺は、邪魔した奴らは全員殺したはずだがな」
――ドクン。
一際高く、RAの心臓が鼓動を鼓動を打った。
「……あなたは復讐を終えた後も、身を隠していますが――それは何故?」
震える声で、RAがGTの疑問を無視して尋ねた。
「公安でも連合でも、きちんとガリキュラーに報復できるなら、俺はそれでも良かったんだ。だけどお前らは何もしなかった。だから自分でやった。その後に、どうして何もしなかった連中に俺を評価されなければならないんだ? 寸法が合ってない。とはいえ、さすがに連合全部を殺して回るのも面倒だしな。結果、身を隠してのたれ死ぬのを待った方が、楽だし筋は通っている」
「ウフフフ……思わず、うなずきそうになりますが――人類社会に遍く敷かれた法には従わないんですか?」
「法?」
GTは鼻で笑う。
「そんなものは俺の敵だ。邪魔になったことはあるが、役に立ったことはねぇ。そうだな――お決まりの文句を言ってやる。『みんな社会が悪いんだ』」
今度はRAが苦笑を浮かべる。
「だから俺は、自分の力でやれることをやっただけだ。たまたま“人殺し”が一番得意だったのは運が良かったな」
「……実に迷惑な特技です。ウフフフフ……」
RAの笑い声が、段々としぼんでいく。
「GT、それは強者の理論ですよ。そして強者が優先される社会では、強者が出来ないことは何も出来ない、そんな発育不全な社会になってしまう。だからこそ法で秩序を構築し、それぞれの人間の個性が発揮できる社会を作るべきなんですよ」
「……その法の執行を保証するのは、なんなんだ?」
即座のGTの切り返し。
結局のところ、管理されているか、管理されていないかの違いがあるだけで、人類が“社会”を構築してのち、その法の背景にあったのはどんな時でも、暴力装置でしかない。
刑罰も、言葉を換えれば、拉致、監禁――そして殺人だ。
その中で秩序の維持を唱えても、それは強者の否定にならない。
むしろ圧倒的な、強者の肯定だ。
しかも今の連合は、その管理システムにさえガタが来ている。
もはや、公安の活動に見いだすべき秩序はない。
フォロンの作り出したシステムも、モノクルから話を聞かされた後だと何ともちっぽけだ。
――だが。
そこはもはや問題ではないのだ。
自分のこだわりは、やはりGT――ジョージ・譚。
あの日、“死”そのものだった、あの姿を。
死を……
ゆらり……
とRAが立ち上がる。
その黒い瞳はさらに深さを増し、まるで深淵へと続く“穴”のようにGTを吸い込もうとしていた。
「では、GT。どちらが強者なのかを決めましょうか。強者の論理がまかり通る、野生の獣のように」
「……そうだな」
小休止は終わった。
ここから先、言葉が用いられるのは勝敗が決して後だろう。
GTのブラックパンサーが鎌首をもたげ――
ズシンッ
RAが爪先で瓦礫をひっくり返す。
何事かと、今までの流れで思わず攻撃を躊躇してしまうGT。
その隙に、RAは“雨に濡れていない”瓦礫に足を乗せると、一気に跳躍して姿をくらませてしまった。
「…………あ?」
降り注ぐ雨が、一人残されたGTをただ濡らしてゆく。
~・~
RAは気付いていた。
GTがジョージ・譚ではないことに。
今まで戦ってきた相手は、あくまで“GT”だ。
だが、自分が|会い(殺され)たいのは、あくまでジョージ・譚。
ジョージがGTとしてしか戦わないつもりであるなら――野獣に戻る前に、人の知恵で“GT”を“ジョージ・譚”に戻さなければならない。
ギギ……
天国への階段で罠を仕掛けるのは、まったく一苦労だ。
過ぎたダメージは、素材そのものを消滅させてしまう。
ある程度の加工が効くという共通認識されている、素材――例えば鉄骨など――を曲げて舞台を整えていく。
上手くいくかどうかは全くの賭けだ。
このまま自分は“GT”に無惨に殺されるかも知れない。
その時は、情報を渡すだけ渡して、さっさと本当に死んでしまおう。
モノクルの言葉も何も関係ない。
ここで“復讐”を果たすことが出来なければ、どちらにしても自分は先に進めないのだから。
この胸の奥に、虚無を抱えたままでは――
~・~
GTの耳にも妙な音が聞こえていた。
もちろん、それに作為を見出せないほどに鈍くもない。
(罠……)
だとしても、それを正面から突き破るのがGT流だろう。
むしろ、罠が完成するまで待ってやろうかという気分にもなる。
それ以前に、RAが何処にいるのかわからないわけだが。
GTは右手にブラックパンサーを掲げ、左手にP-999をぶら下げて進んでいく。
RAが見えたら、ブラックパンサーをぶち込む。
遅いジャイロジェットピストルの銃弾はP-999で迎撃する。
その心づもりで、雨の中を慎重な足取りで進んでいくGT。
雨の勢いは増すことはないが止む気配もない。
しとしとしとしとと、絶え間なく、ただ降り注いでいる。
GTの足音は――響かない。
相手の姿を見失ったことで、知らないうちに高まった緊張がGTの行動を暗殺者のそれへと変化させていた。
雨音の中に自分の気配も紛れ込ませるように、GTは自らの殺気を抑えて音のした方向へと近づいていく。
だが、物陰に潜んで進むようなことはしない。
RAの持つのラムファータの威力であれば、壁越しにでも撃たれる可能性がある。
それなら、身を隠さずに自分の視界を確保したままで、近づいていった方が良い。
ジョージ・譚とGT。
その二人の境目を歩くようにして、道の真ん中を突き進んでいく。
音のする方向は、僅かに右の方向。
もちろん、そこに何があったかは覚えていないし、どうせ破壊しきった後だろうから覚えていても意味はない。
そこで、RAは何を意図し、どんな罠を築こうとしているのか――
ゴゥンッ!
響くラムファータの銃声。
だが、GTは慌てない。
その視界に、迫り来る銃弾が現れなかったからだ。
恐らくは自分の位置を知らしめるための一発。
あるいは準備が出来たことを知らせるための一発。
全力を持ってその場に駆けつけたいところだが、フルパワーは使えない。
周囲には、音のした方向を見下ろせるような、高い建造物は一つも残っていない。
(まさかそれを見越して、壊しまくってたわけじゃないだろうな……)
と、胸の内で苦笑を浮かべるGT。
限りなく選択肢が少ない状況に、僅かな苛立ちも感じる。
そんな想いを抱えながら銃声の方向に進むこと、100m程だろうか。
瓦礫の山の陰に隠れて今まで見えなかった光景が見えてきた。
鉄骨が、あちらこちらに曲げられ捻られた、前衛芸術のようなオブジェ。
その中心に、RAが肩を落とした状態で佇んでいる。
「……仕掛けは粒々か、RA」
「ええ。あなたが“GT”なら、ここは正面突破でしょう」
「けっ」
気付いていたか、とGTは胸の中で舌打ちする。
となれば、このあからさまな罠の意味は――
――ままよ!
GTはいきなりRAに向けて加速した。
歩いてきている間に、どのぐらいの力加減であれば、空回りしないかを測ってきたのだ。
もちろん光速に達するレベルではないし、音速にも届いていないだろう。
だが、このいきなりの加速は今までのゆったりとした動きからは、意表を突けるはずだ
――RAがまともな状態であればの話だが。
RAの右手が跳ね上がる。
(ジャイロジェット……?)
ビシュビシュビシュビシュ!
今までに見せたことのないジャイロジェットピストルによる連射。
だが、それはGTの足を止めるに至らない。
その全ての狙いが外れていたからだ。
もちろん不審さを感じるGTだが、何しろ加速の最中だ。
自分の進行方向とは逆方向に加速していく――それでも発射された直後なのでかなり遅いのであるが――ジャイロジェットピストルの銃弾と交差しながら、RAに迫る。
どんな策があろうとも、先に殺れば済む話だ。
そんなGTをラムファータの銃口が出迎える。
これも当たり前の展開、一旦停止して……
ギュアアアアアアアアッン!!
背後で異常な音が響く。
鉄骨が不協和音を奏でているのだ。それもあちこちの鉄骨が一斉に。
GTには振り返る余裕はない。
何しろ目の前に、ラムファータの銃口がある。
だが、想像は出来た。
曲げられ捻られた鉄骨のレールに沿って、ジャイロジェットの銃弾が弧を描き反転して、自分の背後に迫っている。
銃弾自体に加速するための装置があるジャイロジェットピストルの銃弾にしかできない芸当だ。
これは以前、西部劇の街で行われた銃弾による包囲網の再現。
しかし、今はリュミスのサポートはない。
しかも背後の銃弾は爆発を伴うのだ。
それなら、鉄骨に触れたときに爆発しろ、とも思うが銃弾の先端に弾頭が設置してあると考えると、それにRAの技量が加われば、今のような状況を作り出すことはさほどの難事ではないだろう。
元より、RAも一つも爆発しないまま、全弾がGTの背後に迫るような事態は想定していなかったのかも知れない。
だが、そんな推測は今は役に立たない。
出来る判断は活路が前にしか残されていないこと。
そして、その活路がラムファータによって塞がれているということだ。
ゴゥンッ!
ラムファータの銃口が火を噴いた。
ブラックパンサーで迎撃――この距離では銃弾の威力が違う。
この急場で正確に弾き飛ばせる保証はない。
P-999の威力では、最初から無理だ。
ギッ!
GTの奥歯が鈍い音を立てた。
そして、何を思ったかGTが両手の銃を捨てる。
さらに左腕を、自らの身体の前にかざした。
「おお……」
RAの喉から感嘆の声が漏れた。
GTのその姿こそは、かつてRAが見たジョージ・譚の姿。
左腕を犠牲にして、突撃するその姿。
だが、その時とはジョージが攻撃されている状況が違う。
今、ジョージに迫るのは規格外の威力を誇るラムファータの銃弾。
左腕を木っ端微塵に打ち砕いた後に、GTの身体を四散させるだろう。
銃弾が――GTの左腕に――――接触した!
ギャン!
あり得ない音が響いた。
GTの左腕が、弾け飛んでいる。
肩から先の部分がおかしな具合にねじくれているから、左腕はもう使い物にならないだろう。
だが――それだけだ。
GT自身が消失エフェクトに包まれるような兆候はない。
「うぉおおおおおお!」
喉から雄叫びを響かせるGT。
ドォオオオオオオオン!!!
GTの背後で爆発が起こる。RAの計算上、GTがいるべき場所だったはずの地点に集中した、ジャイロジェットピストルの弾丸が接触して爆散したのだ。
その爆風すらも利用して、GTは右手をRAの喉笛に叩き込もうとする。
RAは――リシャールは、この瞬間に満足していた。
そして理解もした。
どうして、これほどにジョージに執着していたのか。
自分は無視されたのだ。
戦う価値のない存在として、完全に放置された。
それは怯えていた自分の本心を見抜かれてのこともかもしれないが――いや、だからこそ許せない。
――野獣の尊厳に掛けて、この過去を覆してみせる。
そして今。
今だ。
髪の色も、瞳の色も違う。
だが目の前にいるのはジョージだ。
ジョージ・譚だ。
本気になった、ジョージ・譚にこれから殺される。
己も野獣なのだという満足に包まれて。
喉に食い込む五指の感触に恍惚感を覚えながらRAは笑う。
そして黒と白は爆発に巻き込まれて、一塊になって廃墟の中を吹き飛ばされていった。
~・~
……おぼつかない足取りで先に立ち上がったのは、GTだった。
言うことの効かない左腕はそのままに。
そして、その右足がRAの喉を踏みつぶそうとしていた。
そのまま踏みつぶそうとしたその時――
「――僕の負けです」
嗄れた声でRAが呟いた。
相変わらず雨は降り注いでいる。
雨が優しく二人の身体を包み込もうとしているようだった。
GTはずるりと、その右足をRAの喉からずらす。
「……納得しました。ただ不思議があります。なぜラムファータを弾けたんですか?」
「……腕時計だよ。頑丈さ優先で選んだから一か八かだった。くそ、よくもやりやがったな」
その悪態に、RAは満足げに微笑み、そのまま声を立てて笑い出した。
「ハハ……あれだけの殺しを重ねたあなたが、今更腕時計の一つで、そんなことを言うなんてね。しかも、それで僕に勝ったというのに」
「……うるせいよ」
まさか、どういう事情で手に入れた腕時計なのかをくどくどと説明するわけにも行かないGTは、そう短く言い返すだけで留めておき、じっとRAを見つめた。
「わかってます。アーディのいる座標ですね……それとこれもお教えしましょう。恒星ミーター、第四惑星・月読。そこには日系ヤクザ組織加東組の本家があります。そこのボスの名前は西園寺健悟」
「何を……」
「そのボスの兄、西苑寺哲士がフォロンの正体です。病弱が過ぎて家から出たこともないような人物ですから、知られていませんがね」
GTの目が見開かれる。
RAが自嘲するような笑みを浮かべた。
「ウフフフフフ……僕も、公安職員の端くれですから。一応は調べたんですよ」
そのまま、虚無的な笑い声を響かせるRA。
だが、それはどこか産声のような、無垢な叫びが伴っているようにも聞こえた。
「……まったく、業が深えなぁ」
GTがポツリと呟いた。
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オレンジに光る恒星ミーター。
その周囲に、次々と超光速でい近づいていく公安の連絡艇。
今、一つの世界が終わろうとしていた。
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次回予告。
フォロン――西苑寺哲士に迫る公安。
しかし、彼を裁くべき法は一週間の世界に存在しない。
悠然と構える哲士に、シェブランは告げる。
自らが敷いた秩序世界を、自らの目で確認しろと。
追い立てられるように哲士は、天国への階段へと接続する。
そこには――
次回、「薔薇の花が舞う時、終わりを告げる鐘が鳴る」に、接続!
GTストーカー、RAのラストです。
何でこんなキャラクターになったのか、というのは、幹部四人の元ネタがあって、その中の人が演じている役の中から、印象深かったキャラクターをモデルにしたからです。
こういうキャラクター設計の仕方初めてだったんですが、このやり方は面白いかも知れないと思えました。
せっかく、日本にはたくさんの先達があるのですから。(もちろん、パクリになってはいけませんが)
では、金曜日に(19日に俺ガイルのゲームが出るので、いちばんピンチかも)




