第二十話「星の煌めきよりも速く」 Bパート、ED、Cパート、次回予告
◇◇◇ ◆ ◇ ◆◆◆
――問う。一週間の世界に航路はあるか?
これに対する答えは、応でもあり、否でもある。
星間連絡船が一週間の世界をカバーしている、その網の目のような往来の軌跡は確かに“航路”と呼ばれるものだろう。
多くの人間を運ぶことが前提となる連絡船は、ある程度、その進路が画一化されていないとトラブルが起きたときに迅速に対応しにくいという事情もあるからだ。
だが、星間連絡船は一種の狂人である“航法士”の中でも特に変わり者、安定した生活を望む航法士、という自己矛盾を抱えた者達が運営していることを忘れてはいけない。
超光速航法の要となる、航法士。
既存の概念に囚われず、距離を足下にねじ伏せて相対性理論を否定する者達。
そんな連中が宇宙に出て、定められた進路、予定通りのスケジュールで宇宙を旅しろ、などと言われたらその能力を喪失する者まで現れるだろう。
そもそも、超光速航法が開発されて後、人類の版図を広げたのは航法士達の野放図な行動に因るところが大きいのもまた事実。
結果として、様々な不具合、非効率を目にしながらも人類は航法士達の宇宙での振る舞いに目を瞑っている。
何しろ、既存の科学大系は崩壊寸前まで追い込まれている現状であるが、宇宙の広大さだけは紛れもなく本物で、人類が目くじらを立てるほど宇宙は過密していないのであるから。
~・~
公安の連絡艇はもっぱら惑星間移動にのみ用いられてきた。
例えば、公安の仕事として宇宙海賊のような存在の取り締まり――などを前時代のSF小説などから影響受けた者は思い浮かべるだろうが、現実としてそういう稼業が生存することは不可能に近い。
なぜなら宇宙空間にあるのは、超光速航法を可能とする航法士が操る船であり、つまりは単純に“速い”のだ。
到底追いつけるものではない。
では、海賊にも航法士がいればいい、という反論になるかも知れないが、この世界、航法士の素質を持つ者はどんなときでも売り手市場なのだ。
わざわざ犯罪に手を染めなくても、高給優遇は間違いなく、海賊稼業など馬鹿らしくてやってられないのである。
もちろん、そんな中でも「俺は海賊にロマンを感じる」という者もいるかも知れない。
高給には目も向けず――ある意味リュミスがそうであるのだが――自分のやりたいようにやる。
そんな者が過去にはいたかも知れないが、記録には残されていない。
つまりは海賊行為の成功者がいないのである。
いかに海賊稼業が成り立たないかを端的に示している事例と言えよう。
だが公安職員リシャール・阿がこれから行おうとしている行為は、ある意味、海賊行為に通じるものがある。
宇宙空間にある一隻のクルーザーに狙いを定め、臨検、そして指名手配犯の捕縛を目的としているからだ。
場当たり的に獲物を待つという不確実さは、リシャールが獲得した情報によって解消された。
速度に大差がないため、結局は最寄りの惑星に逃げ込まれるという可能性は、宙港を封鎖することで対応する。
連絡艇の航法士、ギャブレットは自らの名がそんな未踏の行為に刻まれることに興奮していた。
彼もまた航法士の端くれである。
彼自身は、B級とされている航法士だ。
そして彼はそれを不満に思っていた。自らの能力が何故A級に劣るのか?
公安としては実際に超光速航法が発現し、しかもA級に比べれば落ち着いた人柄の彼のような人材をまさに必要としていたわけが、もちろんそれが直接ギャブレットに伝えられたわけではない。
結果、悶々としてたギャブレットの心の隙間を付く形で、リシャールは彼をこの計画に巻き込んだ――というわけである。
「阿さん。相手の航法士がB級って事に間違いはないんですね?」
大きな目を血走らせながら、ギャブレットが操縦席から呼びかけた。その黒い肌の表面には空調が効いているはずなのに、汗が珠のように浮かんでいた。
かなりの興奮状態だ。
「ウフフフ。僕のことはリシャールで結構です。これから共に行動する仲間じゃないですか」
この連絡艇に乗っているのは、リシャールとギャブレットだけだ。
「かわいそうに、ジョージ・譚に無理矢理乗り込まれているその女性がB級航海士であることは、調べてあります。同じB級とはいえ、もちろん君の方が優秀でしょう。期待しても良いですよね?」
「もちろん! しかも軍から回されたあのレーダーでしょ? もう逃がす方が難しいですよ」
口角から泡を飛ばしそうな勢いでギャブレットが応じるが、リシャールの表情は逆に冷めていった。
コンソールに表示させていた、連合標準時の確認する。
義憤を煽り、おだて、プレッシャーを掛けた。
これで少しでも、この航法士がB級である所以が軽減されればいいのだが。
もう少し人選に気を遣うべきだったか――いや、それでは結局同じ事になる可能性がある。
船内時間と、現実の時間のズレ。
それがどれほどのものになるか……リシャールは敵が迎撃の策を練っていると“期待”した。
~・~
リシャールを船におびき寄せて殺す。
ジョージが示した、その単純明快な策はすでに却下されている。
一つはリュミスの「船が汚れる」
もう一つはモノクルによる「情報源を殺さないで」
という訴えによるものだ。
こうなると、航法士でも何でもないジョージには、ハンモックの上で不貞寝するぐらいしかすることがない。
一応、生け捕りにする方法も検討されたのだが、捕縛してその後、扱いはどうするのか?
リシャール自身は航法士ではないから、最低でも後一人いる。これも捕らえるのか?
二人とも捕らえるとして、それを安全に監禁できるのか?
近くの港は封鎖されている。また封鎖されていない港に降りるにしても、その港にはモノクルが手を回さなければ意味はない。そして回したら最後、公安に嗅ぎつけられる。
という具合に、ドンドンと不具合が浮き彫りにされ、結果として、
「何とか逃げ切れ」
という、努力目標のような曖昧な目的だけが生き残ることとなった。
その結果、もろに負担が掛かるのがリュミスである。
何しろ、
「根性で何とかしろ!」
という、理屈にもならない根性論がまかり通ってしまうのが航法士の常識である。
この状況では頼りにならないジョージをリビングに残し、リュミスは操縦席に滑り込んだ。
「とりあえず、近くの宙港は危ないとして、何処に行くべきかしら」
リュミスの頭の中で、一週間の世界の恒星の光が輝く。
航法士は恒星の光を目標にして、宇宙船を飛ばす。
逆に言えば、目標に何もない状態では、超光速機関はその真価を発揮できない。
人類の居住区たる惑星は必ず恒星の周りを回っているので、今まではこの方式で問題がなかったわけだが――
「……いざ逃げるとなると、非常にコースが限定されるわね」
宇宙を映し出す仮想ディスプレイに重ねて、恒星の名称と開発されている惑星が表示されるが、どれもこれも罠に見える。
とりあえず、予定していた寄港地に向かうのはマズイだろうと、リュミスは舵を切った。
重力制御装置がうなりを上げて、機首の向きを変える。
重力制御によって行きたい方向に“落ちる”という方法が当たり前の一週間の世界。
姿勢制御ももちろん、重力制御によって行われる。
つまり、本来なら前も後ろも関係ないのであるが、人間いきなり今までの習慣を捨てろといわれてもそうはいかない。前に進むという感覚が精神上よろしいし、その精神上の働きによって航法士は光を越えるのである。
当初の目的地の斜め後ろあたり。
目印は恒星ミハシラ。
日系人の入植者が多かったはずだが、この際それは関係ない。
クン……
超光速機関がうなりを上げた。
「げ」
だが、その途中でリュミスは見たくなかったものを見てしまった。
ほとんど視認できる距離に、船影が確認できる。
黒光りする流線型の船体に、上下左右にブレードが不格好に突き出ている。
船腹には円筒形の樽のような物体が張り付いている――恐らくはジェネレーター。
航路上を進んでいるわけではないのに、これだけの近距離で他の船に行き当たる。
確かめるまでもなく、アレが公安の船なのだろう。
幸いにも、舵だけは切って置いたのでこのまま加速すればとりあえずは逃げることが出来る。
――いや、それしかできない。
リュミスはミハシラに向けて加速した。
そしてリュミスの駆るプラスチック・ムーン号を目標にして加速を開始する公安の連絡艇。
ここに、人類史上初めての超光速によるチェイスが始まった。
~・~
リビングで不貞寝にしていたかに思えたジョージ。
だが、引っかかりを覚えていた。
モノクルが描いているであろう絵図面にだ。
今現在、リシャール――なのだろう――が現れる前に情報が漏れたという情報がもたらされている。
ということは、さっさとこの予想宙域を離脱すればいかに優秀なレーダーを積んでいたとしても、余裕で逃げ切れるはずだ。
それなのにモノクルの対応はいかにもお粗末だ。
そうなると――裏がある。
裏があるがしかし、自分たちが捕まることを望んでいるとも思えないし、何かこの事態を切り抜ける方法をモノクルは抱えている?
この予想が当たっているなら、モノクルは天国への階段のあの小部屋で今も待っていることになる。
そこに、
「やい、何か隠してるだろ。助かる手段も含めて教えやがれ」
と、乗り込んでいく――ちょっと見たくない未来だ。
プライド云々よりも、ここでモノクルに頼り切ると今後の力関係にも問題がでてくる。
まずは、モノクルの真意を読むこと。
これが肝心だ。
何もかも相手に頼りきりでは、例え身内だとしても舐められてしまう。
もちろん身内などとは一度も思ったことはないのだが、今の状況はさすがに面倒くさい。
ジョージは、そんな思いを振り払って順番にモノクルの思考を探っていくことにした。
――リュミスを騙した形になったのは、リュミスには必死で逃げて貰いたいからだろう。
これは簡単だ。
ということは現状で期待されているこちらの働きは囮。
容易にリシャールに接触させたのもこれなら筋が通る。
囮として活用させた結果、モノクルには何がもたらせるか?
公安職員の暴挙?
いや、これはもう判明している。
今更、必要な情報ではないだろう。
超光速状態でのチェイスのデータ。
あるいはこれかも知れないが、現状で緊急に必要な情報とは思えない。
欲しがってたとしても、それは副次的なもの。
チェイスの果てに、一体どんな状況が起こるのか?
自分たちを犠牲にして――これはない。
天国への階段において、特殊な力を持つ条件が先日判明した通りなら、ここでジョージ達を切り捨てると、モノクルは優秀な手駒を失ってしまう。
つまり、このままのんべんだらりと時を過ごしていていても、モノクルはこちらを助けるための手段を講じており、その助かった結果が訪れることを確信している。
――結果。
つまりは自分たちが、リシャールから逃げおおせるということだ。
殺して欲しくないというところにも嘘はないだろう。
リシャール――RAには聞きたいことが山ほど……
「……そうか」
ジョージは、モノクルの意図に到達した感触を掴んだ。
で、あればするべき事も見えてくる。
リビングを抜け、コクピットへと向かい操縦席に座るリュミスに背後から声を掛ける。
「すまん。相手の船を見せてくれるか」
さすがに気を遣いながら声を掛けると、リュミスは振り返りもせずに軽く首を傾けることでディスプレイに映る公安の連絡艇を示した。
ジョージはじっとそれを見つめ、さらにはズームも要求する。
ジョージが何事か思いついたらしいと察したリュミスはそれには即座に応じた。
ジョージもそれに答えるように、ディスプレイを見つめたまま大きくうなずくと、
「リュミス。このままの状態でその席動けるか?」
「ちょ、何を言い出すのよ。そんなことしたら――どうなるのかしら?」
知らないらしい。
「じゃあ、簡潔に言うぞ。銃を貸せ。お前の寝室にある奴だ。家捜しされたくなかったら、正確な場所を言うんだ」
「な、何? じゅ、銃……そういえば買ってたっけ――あ」
航法士の気がここまでそれれば、超光速状態は維持できない。
軸線合わせなどせずに大雑把に追ってきていた――それもまた航法士らしい――公安の連絡艇があっという間に遠ざかっていく。
これで振り切れれば問題はないのだがそんな都合のいい話もないだろう。
リュミスは、とりあえず方向転換をすることを決めたようで別の恒星へと機首を向けた。
「おい、銃は?」
「あ~もう! ドレッサーの一番下! 他のところ触るんじゃないわよ!」
言いながら、リュミスは寝室の鍵を投げて寄越す。
「興味がないから安心しろ」
「色々とむかつく!」
その叫びと共に、プラスチック・ムーン号は再び超光速状態に移行した。
~・~
ジョージが接続してみると、果たしてモノクルは例の小部屋で待っていた。
「やあ。さすがに気付いてくれましたか」
「……お前、まどろっこしいんだよ。ちゃんと言え、ちゃんと」
「リュミスさんが現れなかったときはラッキー、と思ってそのまま話しそうになったんですが」
「お前なぁ」
これでリュミスの望まれている役割がはっきりした。
囮で間違いない。
今も本気(超光速)になって逃げている。
考えてみればこれも不思議な話だ。
身体は超光速で動いているのに、天国への階段には問題なく接続出来るのである。
いったいどうなってんだ、とも思うが今現在重要なことはそこではない。
「で、何処まで算段が付いてますか?」
良い具合に、モノクルの質問が現実に引き戻してくれた。
「銃は現実世界の俺が持ってる。お前よく知ってたな?」
「購買記録を覗きましたから」
どうにも犯罪臭がする。
だが、これでモノクルが考えている方法と自分の考えがある程度は合致していることがわかった。
今度はGTから問いかける。
「で、質問なんだが超光速状態で船外に出ると――」
「絶対ダメです」
GTの質問を皆まで言わせず、モノクルはそれを遮った。
「……じゃあ、出来る手段が一つしか思いつかない。リュミスを説き伏せるのが面倒だな」
だが、先ほどのトラブルが参考になった。
アレを上手く利用すれば、望みの状況を作り出せる可能性も高い。
「リシャールがRAなら、あなたへの執着心も尋常ではないでしょう。それを利用すればよろしいかと」
モノクルがさらにアドバイスをくれるが、GTはそれに眉をひそめた。
「俺は別にリシャールとか言うのを殺したいわけじゃないんだがな」
「もちろんです。殺されては困ります」
「じゃあ、お前の狙いはリシャールを、宇宙に漂わせることで良いんだな?」
「正確に言うと、誰も所在を掴んでいないリシャールの身柄をいち早く抑えたい――ですね。だから、引っ張り回した後に撒いて貰って、その位置情報をください」
GTはうなずく。
それに応えるように、モノクルが厳かに告げた。
「今は多くの人間が、あなたこそが切り札だと考えています。ですが、この状況下では、リシャールが全くのジョーカーたり得ます。それに他の者が気付く前に成果を――一応、あなた方が窮地に陥った場合も想定して、すでに知人を向かわせていますが、出来ればあなた方でケリを付けていただきたい」
「それはそのつもりだが……協力してもいいんじゃないか、この場合?」
「それがまぁ……」
モノクルは言い淀む。
「何だよ?」
「お金にがめつい人でしてね。あなたの正体を知ったら、きっと目が眩みます」
「……お前、酷い知り合いしかいないのな」
モノクルはそんなGTの感想に、生暖かい眼差しを向けた。
~・~
超光速状態にある船の航法士に、ちょっかいを掛けようなどと試みたのは、実のところジョージが最初かも知れない。
そして今、リュミスは背後から諄々と語りかけられながら、それでも超光速を維持し続けなければならない。
間違いなく今までの人生の中で、五指に入る苦行だ。
そんな苦行から逃れるために、リュミスはまったく反論せずに、ただジョージの説明する段取りを唯々諾々と聞いていた。
「止まって、通常航行ですれ違い。反転。すれ違ったら超光速加速」
復唱させられるが、もう文句も出てこない。
「俺は船外に出る。宇宙服とコクピットは当然通信できるよな?」
「うん」
「じゃあ、始めるタイミングは船外から出す」
こうしている間にも、プラスチック・ムーン号は、公安の連絡艇に追われたままだ。
リュミスも慣れてきたのか、目標となる恒星を超光速状態で変更して、色々と工夫をしているが相手はプラスチック・ムーン号を目印にしていれば良いだけなのである。
状況があまりにも不利すぎた。
船外活動用の宇宙服――緊急時の対応用に宇宙船には必ずある――を身につけて、ジョージはエアロックに滑り込んだ。
もちろん、というのもおかしな話だがジョージが宇宙空間に出るのは初めてではない。
宇宙服に身を包んで、銃撃戦を行ったこともある。
ただ、さすがにこれからやろうとしていることは経験がない。
ジョージはさすがに緊張しながら、宇宙服の気密が保たれていることを確認。
そして、右手にリュミスの寝室から引っ張り出してきたオートを握る。
コルデック社のライック7だ。
欲を言えば、もうちょっとパワーのある銃が理想だが、この際文句は言ってられない。
トリガーガードに、宇宙服を着たままで指をつっこめるだけでも有り難いのだから。
「リュミス、止まってくれ」
『了解』
返事が来るのとほとんど同時に、船体の震えが止まった。
エアロックの空気を抜く。
先に空気を抜いておきたいところだったが、これもモノクルにたしなめられた。
超光速状態を終わらせてから、空気を抜くように、と。
おかげで時間の経過に非常に焦ることになるが、こちらとしても向こうが超光速状態を脱して、こちらに機首を向けてくれなければ困るのだ。
この時間はそのためにも利用できると諦めよう。
そうな風にジョージが自分に言いきかせている間に、エアロックのランプが赤から緑に変わる。
フックをエアロック内のホルダーに引っかけて、扉を開いた。
途端、容赦のない恒星の光が、網膜細胞を刺激してくる。
だがそれに目を慣らしている暇はない。
重力方向に気をつけながら船体をよじ登ると、その機首方向へ向けて走る。
さほど大きな船ではない。
すぐにたどり着くと、デザインで反り返った機首部分に足をかけた。
「リュミス、加速してくれ」
『いいの? 前に重力場があるわけだから……』
超光速状態では無い分、幾らかは余裕があるらしい。
「いいんだ。ここで加速しておかないと、後々面倒になる」
ジョージの視界には、衝突防止用の宇宙船の外部灯火がゆっくりと弧を描くのが見て取れた。
向こうも超光速状態から通常航行に戻り、こちらに機首を向け直している。
ここまでは、予測の範囲内だ。
Gが来る。
斜め下方向へと落ちる感覚。が、ほとんどは“前”に落ちる感覚だ。
銃を掴んだ右手を伸ばす。
ともすれば恒星の光の中に紛れ込みそうな、公安連絡艇のシルエットを捕らえようと目を凝らす。
そのシルエットが、ドンドンと近づいてくるが相手の船に武装はない。
正面衝突をして、死なば諸共を相手が選ぶはずもない。
向こうもすれ違うことを選択するはずだ。
それに恐らくは、リシャールはすでに自分を見ている。
宇宙空間に、天国への階段で与えられるような超人的な能力もなく、ただ一人で立っている自分を。
だとすれば、この好機に奴が選ぶのは――
そこでジョージの思考は中断された。
狙うべき標的が、銃弾の届く距離に入ったことでスイッチが切り替わる。
――グン!
音のない世界で、ただ銃の反動だけが己の為した行為を教えてくれる。
狙ったのは正面から連絡艇上部にある灯火。
それとすれ違い様に翼端灯に相当する、船の幅を示す赤い灯火。
だが、ジョージはその事如くを外した。
宇宙空間。
重力場。
そして初めて撃つ銃。
悪条件がこれだけ揃って、いきなり命中させられるはずがない。
今のジョージは、GTではないのだ。
『回すわよ』
リュミスの短い警告と共に、プラスチック・ムーン号が姿勢制御を始めた。
機首を百八十度回頭。
今までの進行方向に落ちるエネルギーはそのままに、グルリと船首と船尾が回転する。
ジョージは、様々方向から襲いかかってくる力に逆らいながら、何とか今のポジションをキープした。
この有様では、どのみち長く持ちそうにない。
機首が九十度ほど回頭したところでジョージは公安連絡艇を探した。
一度、確実にその形を捕らえたためにすぐに見つかった。
そして、その機首部分には人影がある。
モノクルの狙い通りと言うべきか。
これで、こちらが目的を果たした場合、向こうの行動が大幅に遅れることになるだろう。
自分の命を的にして、得られる成果が時間稼ぎ――割に合わない。
が、これはそこから先、リュミスが求める“篭”がいない天国への階段への布石として飲み込もう。
やがて回頭が終わり、ジョージは相手の人影と正面から向き合うこととなった。
宇宙服を着ているので、外見的特徴も何もないが左手に銃を持っていることだけはわかる。
そして感じる殺気が天国への階段でRAから感じるものと同種だ。
反射的に右腕が跳ね上がる。
そしてそれは向こうも同じだ。
――お互いの銃の照星が、お互いの身体を捉えている。
出来るなら、頭の芯が痺れるようなこの感覚を長く味わいたいところだった。
しかし、今は優先すべき事がある。
「リュミス。通常航行で出来る限り加速してくれ」
『わかった。落ちないでよ!』
返事が来ると同時に、加速が始まる。
公安連絡艇の加速がそれと同時だったのかは、もうわからない。
ただ、二つの船が先ほどよりも速く。
そして、もっと近い距離ですれ違おうとしている。
音のない宇宙で、ジョージは必死になって捉えようとしていた。
――星の煌めきよりも速い、刹那の一瞬を。
グン!
右腕に手応え。
両目には、相手のマズルフラッシュ。
後はもう相手の弾が当たらないことを祈るしかない。
二つの船がすれ違う。
ジョージはすぐに振り返り、見るべきものを見た。
流し込むべきエネルギーの通り道を断たれ、オーバーロードの火花を散らす公安連絡艇の船体から飛び出たジェネレーターの姿を。
最初からジョージの狙いは、ジェネレーターから伸びるエネルギー供給パイプだった。
急ごしらえで外付けされたために、造りが甘いのである。
一度目の射撃で、諸元値と銃の癖を把握したジョージの一撃が見事に、各種ケーブルをまとめたパイプを撃ち抜いていた。
そして、その結果起こることは――
ジョージは、急いでエアロックに飛び込むと扉をロックする。
一応、宇宙服をチェックするが被弾している形跡はない。
身体にも痛みはないから、恐らくは外れたのだろう。
自分でも体験したが、あの状況下で初撃から的に当てるのは、GTであっても至難の業かも知れない。
「リュミス!」
もはや具体的な指示をする時間さえも惜しい。
今、相手のレーダーは使い物にならない。
ジェネレーターからのエネルギーを断たれたからだ。
こちらのジャマーに問題はない以上、視界から飛び出してしまえば、もはや向こうにこちらを捕捉する手段はない。
プラスチック・ムーン号は、光を越えて加速した。
◇◇◇ ◇ ◇ ◆◆◆◆◆◆◆ ◇◇ ◆
――それからおおよそ一時間後。
モノクルに連絡を付け、そこから先のことは二人にはよくわからない。
接続限界時間が、今日の内はギリギリになってしまったのだ――モノクルの方が。
そのため、その後の展開は後日伝えられることになるだろう。
「……ありがとう。助かったわ」
明らかに、疲労の影を滲ませたままのリュミスが、リビングでへたりながらジョージに礼を言う。
特にイヤミでも何でもなく、本当にジョージの機転に救われたのだと感じているのだろう。
ジョージは、寝室の鍵をリュミスに返しながら、
「気にするな。元はといえば俺のせいだしな。むしろ俺が礼を言いたいぐらいだ」
と、謙虚に応じておいた。
リュミスを積極的に騙したという心理も、ジョージを謙虚にさせた原因だろう。
何もかもをネタ晴らしする趣味はジョージはないから、このまま本当のことを言うことはないだろうが。
リュミスは鍵を受け取りながら、
「……じゃあ、今回はお互い様ということで」
「ああ」
話が丸く収まったところで、ジョージはハンモックへと引き返そうとした。
「ちょっと!」
いきなり、リュミスの声が険しくなった。
「あぁ?」
「企画の途中だったでしょ。何寝ようとしてるのよ」
「いや……」
さすがに、ジョージの顔が青ざめる。
「こっちも一段落付けないと、落ち着かないじゃない。さぁ、座って」
バンバンと、机を叩くリュミス。
刹那の戦いを制したジョージは、この持久戦への誘いに思わず天を仰いで呟いた。
「……もう勘弁してくれ」
--------------------------------
次回予告。
追い詰められたアイドル、カイ・マードル。
それは天国への階段に限った話ではない。
カイは、なりふり構わずにリュミスを狙うが、リュミスにも決意があった。
今、二人の因縁に決着が訪れようとしている。
次回、「一歩、前へ」に接続!
せっかく宇宙空間にいるので一回ぐらいはそういう話を入れておくか、という安易な理由で計画に組み込みましたが、苦労しました。
計画では、二人の日常+宇宙空間での話という大まかな事しか書いてなかったために、あの頃の自分とはきっと違う話を書いていると思います。
今、新作の企画を作ってるんですが、何かメモ帳に書くよりは、ノートとシャーペン使った方が良いような……
では、次は金曜日に。




