第二十話「星の煌めきよりも速く」 アバン、OP、Aパート
――惑星イシュキック衛星軌道上に浮かぶ、行政首都。
一週間の世界を知悉するための情報が集められ、そして運営するための情報が発せられる。
そこには機械の判断と、人の意志が介されている――そう謳われていた。
しかし、今や人の意志の濃度は限りなく低くなっている。
機械の判断に人が意志を上書きするだけ。
だが、それでも情報は情報だ。
“どんな小さな情報でも、累積し体系化できればそこに新しい光が見える”
この言葉を知るものが情報の波に接し、そのセンスで情報を組み上げた場合――
――さまよえる湖は知恵の泉の如き叡智を人に与える。
「ミスター・阿」
暗がりの中でモニターからの灯りで、呼ばれたリシャールの金髪が淡く光っている。
呼んだのは公安の人間ではなく、現在リシャールが使用している端末のオペレーターだ。
髪を短く刈り込んだ、二十代後半ほどの外見。大人しそうな見た目であるが、イシュキックで行われているドッグレースに入れあげて、借金で首が回らなくなっていた。
通常であれば、公安に目をつけられた段階で人生終了のお知らせ、となるがリシャールはそんな彼に取引を持ちかけた。
連合の一部が秘匿している“ある種”の情報。
それをリシャールは望んだのだ。
「まだ……でしょうか? それほど長い時間は――」
「ウフフフ。ここはこれぐらいで良いでしょう。しかし困りましたね もう少しあなたには手伝って貰わないと……」
「こ、困ります、これ以上は……」
リシャールはゆっくりと立ち上がると、ほとんど至近と言える距離にまで男に近づく。
そして青い瞳で男を覗き込んだ。
瞳の中に、男は自らの姿を見て狼狽える。
「……ご自身の立場が理解できましたか? なに、ここでの作業はもう結構。あなたには手配を手伝って貰いたいことがありまして。私も申請しますが、他部署からの要望もあれば、色々と面子が立ちやすいですからね――偉い方々の。ウフフフフフ」
「……な、何をすれば?」
男は、頭を低くして嵐をやり過ごす方法を選んだ。
「警察軍の装備の試験運用――ということにしておきましょうか」
リシャールは、男の頭部をグイと掴むとその身体をずらして、宇宙船のキャットウォークのような――いや実はキャットウォークそのものなのであるが――細い通路に躍り出た。
――その口元には笑みが浮かんでいる。
◆◆◆ ◇ ◆◇◆◇◆◇ ◇◇◇◇◇ ◆◆◇◆ ◇◆◇
ジョージの視線は固定されていた。
この事態にどう対処するべきか迷っていたのだ。
場所はいつものように、プラスチック・ムーン号のリビング。つまり、ここ最近の彼のねぐらだ。
復讐を終えて後、あちこちの惑星の廃ビルを不法占拠してきたわけだが、この場所は珍しく持ち主の許可を得て、住み着いている。
その持ち主は今、ジョージの目の前で熱弁を振るっていた。
……振るっているのは熱弁だけではないのだが。
「――聞いてる?」
もちろん聞いていられるわけがない。
要約すると、ウッドストック横町――天国への階段における、音楽愛好家達が集まる場所――に、期待の新人が現れた。
もちろん“期待の”はリュミスの主観でしかないわけだが、天国への階段で一番のパフォーマーに目を付けられたのだから、確かにどこか光るものはあるのだろう。
そのリュミスの話の大半は、その新人がいかに光っているか、を過剰な形容詞と共にまくし立てる事に費やされている。
ジョージとしては、そこから先の話――例えば契約とか、次のライブにその曲をどうやって組み込むか――そういう話に移行することを期待していたのだが、話がまったく先に進まない。
頭の中に二つの選択肢が浮かぶ。
一つ目。
無視して、ハンモックに帰る。
どんなに甘い未来を想像しても、そのまま寝かせてもらえるとは思わない。
二つ目。
とにかくリュミスを冷静にさせて話を終わらせる。
この方が早く終わりそうではあるが、冷静にさせるのが面倒そうだ。
そこでジョージは、一計を案じ、思いつくと即座に実行に移した。
ギュ。
ある部分を右手の親指と人差し指で掴む。
ある部分――それは前屈みになったリュミスの胸元の襟口。
今日のリュミスの出で立ちは、レモンイエローの肩がほとんどむき出しのニットシャツ。
ジョージは掴んだ部分を引っ張り、そのまま上へと引っ張り上げた。
その一連の仕草が、あまりに素早かったのでリュミスはされるがままで、まったく反応できなかった。
その動きに合わせて、自らの胸が引っ張り上げられた事でようやく反応でき、
「ふぁらふぁっ!」
奇声を上げ、胸元を押さえリュミスは後ずさる。
そして顔を真っ赤に染めて、
「な、な、何するのよ!?」
「身体には触ってないだろ」
「そ、そういう問題じゃ――」
「お前、下着は?」
あくまで冷静さを失わないジョージの直接的に過ぎる指摘に、リュミスはさらに真っ赤になると、無言で寝室に引っ込んだ。
そしておおよそ五分後。
リュミスは青いストライプ地のクレリックシャツに着替えてきた。胸元を幾分か開けているのは、意地が妙な具合に働いたためだろう。
そしてきっと下着は付けてきたに違いない。
「……自分がどれだけ落ち着いていなかったか、理解できたか?」
もちろんジョージもそれをわざわざ確かめたりはしない。
ジョージが望むのは、いつでもハンモックへの最短距離だ。
「了解……したわ」
「で、お前がその歌だか作曲した奴だかを気に入ったのはよくわかった。そこから先の話は出来るのか? 出来ないなら、俺は寝る」
一方的な宣言だが、先ほどの自分の興奮状態を嫌でも自覚させられた後では反論も難しい。
「出来る」
せめて事務的に答えることで、精一杯の矜恃を保つしかない。
「楽曲の使用許可とアレンジについては話をしてきた。アレンジした曲は確認して貰わなきゃならないけど、それは自信がある」
「まぁ、そこは信頼しよう。使用料は?」
「相手がどうも相場をわかってないみたいなので、ウッドストック横町の他の人に話を聞いて相場を知って貰ってから、ということにしたわ。正直言うと、ちょっと多めに払って……」
「――音楽活動に専念して貰いたい? それは背負い込みすぎだ。第一、そこで多めに払ったことが知れたら、今までお前に楽曲提供してくれた奴だって面白くないだろ」
先読みしたジョージの言葉に、リュミスは言葉に詰まる。
「それでも贔屓にしたいってんなら、お前の別の力でそいつが一流だって事を……」
「あ、“そいつら”なのよ。双子でね……これも言ってなかった?」
「聞いてないな」
ジョージのまぶたが段々と落ちてくる。
「う、うん、ごめん。確かに舞い上がってたみたい。それに、あなたの言うこと理解できる。私が歌って、彼女たちを有名にすればいいのよね」
「…………それが常套手段だろうな」
自分の望む結論にリュミスがたどり着いてくれたはずなのであるが、ジョージは酷く疲れていた。
「お前さぁ……」
「な、何?」
「こういう方面って、良い感じにスレてなかったか? 何か素人みたいになってるんだが」
再びの指摘に、リュミスは頬を染めた。
そして、囁くような声で、
「……多分、彼女たちの曲のせい」
「あぁ?」
ジョージの声にドスが利き始めた。
「ちょっと、ピュアすぎてね。何か薄汚れた自分をリセットしたくなったというか……」
「まぁ、じゃあ、とにかく歌えよ」
「え?」
「この後、順当に進めば、ライブでどう歌うか、どう表現するかという話になるだろ? 俺はその曲知らねぇんだ。聞きに行けば済む話だが……ここで時間掛けたいか?」
その底意地の悪い切り返しに、リュミスは渋々と立ち上がって、リズムを取り始める。
ジョージはあぐらをかき、背中を丸めてまるで猫のようにテーブルに身体を預けた。
まず歌詞を確認してみる。
……多分、ありがちなラブソングなのではないか。
と、ジョージは思うのだが塩酸とか水銀とかいう単語が混ざっていることを少し不思議に感じた。
最近の媚薬にはそういうものを入れるのだろう、と解釈しておく。
どのみち、歌詞なんかは大体の雰囲気がわかればいいのである。
で、ラブソングだと仮定した場合、どうも曲調が――パンク? プログレ? ――詩の朗読?
思わず首をかしげるジョージ。
曲のジャンルは、この際おいておくとしてもリュミスはこの曲を“ピュア”だと感じ、何だか酷い影響を受けている。
(……もしかして、かなり病んでる? ……俺のせいか?)
思わず自省してしまうジョージ。
クーンのロボットが出てきた時、かなり追い詰めた事も思い出される――謝る気はさらさらないが。
曲自体はそれほど長くはないらしく、体感時間で三分から四分の間ほどで終わった。
あの調子で、十分とか続けられたら精神的にかなり来るものがあるので、一応は助かった、ということにしておこう。
「どう? どうどう?」
歌い終えたリュミスが勢い込んで尋ねてくる。
ジョージはいつの間にか上体を起こしており、そのまま腕を組んで首をかしげた。
「とりあえず、今までお前が歌ってきた曲とは毛色が違うことはわかる。それ、お前のアレンジは?」
「ちょっとだけ。方向性というか……そういうものを盛り込んでみたつもり」
「う~ん」
ジョージは逆方向に首をかしげた。
この曲には流れとかグルーヴが、言ってしまえば“無い”。
どういう風に構成しても、ライブの中の一曲として組み込むには無理がある。
こういった曲ばかりを……
いや、今はこの曲しかないのだ。独立してこの曲を売り出す方法――
「……PVでも作るか」
「PV?」
思わずオウム返しに聞き返すリュミス。
「だってアレは撮ったフィルムを編集しないとダメなのよ。天国への階段にはその技術はないし……もしかして、現実で撮るの?」
「それで、どうやって天国への階段で流通させるんだ? お前の本拠地は天国への階段なんだろうが」
「それはそうだけど……」
「編集できない代わりに天国への階段で無理を通せばいい」
「セットを組んで……編集を無しにするには――一発撮りの長回し?」
「ようやく頭が回ってくれたようだな。当然そういうことになるだろう」
今度はリュミスが考え込んだ。
具体的なイメージはまだないが、この曲だと自然の下で撮影して、ほとんどホームビデオと変わらない、イメージビデオみたいな作り方には、まずならないだろう。
「……売るのよね?」
編集は出来ないが、ダビングなら出来る。
天国への階段の技術の進歩は凄まじい。
出来た素材を丸々コピーすることは可能なのだ。
「それで少しでも利益回収しないと、赤字になる。というか赤字覚悟で作った方が良いと思う。先行投資と思って。元々、そいつらに金をつぎ込もうとしてたんだから、それぐらいの覚悟はあるだろ」
いきなり、結構な量の覚悟を要求された。
リュミスは反射的に“やる”と答えそうになったが、そこで踏みとどまった。
「――待って待って。PVのアイデアはいいと思うけど、投資するとなったら、見通しも立たずには出来ないわ。天国への階段に何処までの可能性があるのかも見極めないと」
ジョージはその返事を聞いて、感じ入ったようにウムウムとうなずいた。
「……やっとスレてきたな。じゃあ、始めるか」
と言ってジョージはテーブルの上に、最大サイズのタブレットを引っ張り上げた。
この前、寄港した時に小さいタブレットだと不便だと気付いたリュミスが買ってきたものだ。
このタブレットの上で、今からお互いの指先でダメ出しを重ねて、作品を生み出すのだ。
~・~
まず屋内であること。
これは、早々に一致した。
天候任せの撮影を行うわけにはいかない。
では、どんな屋内にして、どういう風に撮影するか。
よくよく考えてみればリュミスは歌い続けなければならないのである。
それに気付いたリュミスは、消極安全策。
そんなことは何とでもなると割り切ったジョージは積極革新策。
いつの間にか、そういう立場に立ったそれぞれが意見を戦わせ始める。
ジリリリリリリリリリリリリ!
その話し合いの最中、古式ゆかしいベルが鳴った。
それを合図に、二人はリビングに掛けられた時計を見る。
表示されている時刻は連合標準時。
そして示されている時刻は、モノクルに定期連絡を行う時刻。
「……よし、このタイミングでモノクルに会えるなら、願ったりだ」
それに眉をひそめる、リュミス。
「どうして?」
「お前だって、あの小部屋見ただろ? アレは利用出来そうだ」
ポン、と手を打つリュミス。
「そうね。今日もまた、取引現場を潰すいつもの作業だろうし、ちょっとその相談に乗せましょう」
二人は安楽椅子に寝転がると、接続する。
――浮上する感覚。
ジョージ――GTは例の如くモノクルの用意した小部屋に。
リュミスは……出現しない。
「あのバカ、初期設定をずらしたな。どこまで――」
「GT! あなた一人ですか?」
GTの独り言は、いきなり遮られた。
モノクルが血相を変えている。
「な、なんだ? どうした?」
身を乗り出してくるモノクルを、GTは片手で制しながら何とか落ち着かせようとする。
今日はこんな事ばっかりだな、とここまではGTも呑気なことを考えていた。
「あなた方の位置情報が漏れました」
「何?」
「情報管理のオペレーターが、公安にプラスチック・ムーン号の情報を漏らした事が判明しました」
「公安に……情報を漏らす?」
おかしな物言いだ、とGTは気付いた。
「ええ。そこが問題でしてね――」
「ごめんごめん。初期設定間違って……」
このタイミングで、リュミスが遅れて現れた。
そして男二人の深刻な表情を見て、一歩後ずさる。
「そ、そんなに怒らなくても――」
「そういう事態じゃないんだ。モノクル……」
「――わかりました。この際ですから状況を最初から説明しましょう」
GTの呼びかけに答えるように、モノクルは宣言する。
それに対してGTは戸惑ったような表情を浮かべるが、それに構わずモノクルは二人に席を勧め、自分は座ることなく努めて冷静な声で説明を始めてしまった。。
モノクル達一派が秘匿している、行政首都内のデータベース。
そこに必要のないアクセスがあった。
調べてみると、いらないことをしたオペレーターがいる。
では、そのオペレーターを調べれば済む話――と軽く考えていたのが間違いだった。
実際には、オペレーターが調べたのではなく、その端末を利用して公安職員が情報を引き出したことが判明する。
「その公安職員が誰かはわかってるのか?」
「ええ。リシャール・阿という人物です」
「リシャール……RA――という事?」
リュミスの指摘に、モノクルは微妙に口元を歪めた。
どうやら、確証はないが同じ推測をしていたのだろう。
「呆れた。イニシャルつなげただけじゃない。どこかの誰かさんと同じ」
その誰かさんであるところのGTは、これ以上ないほどに表情を歪めていた。
「天国への階段に接続はしたが、それ以上の興味を持てなかった方々が、しばしばやる命名法ですね」
「なるほど」
神妙にうなずくリュミスだが、GTはますます面白くない。
「で、止める手段は講じてるんだろうな?」
「いや、事ここに至ってはすぐには無理です」
「何?」
意外な返事に、GTだけではなくリュミスも目を剥いた。
「公安職員が強引な捜査を行ったとはいえ、広域指名手配犯の乗った船を追い詰めようとしてるんですよ。公安に手を引かせる理由がありません。公安にも面子がありますから」
「何よそれ! こいつ乗せてたことが裏目に出てるじゃない」
GTを指さしながら、リュミスがまくし立てるとモノクルは神妙に頭を下げて、こう返した。
「裏目と認めてくださって助かりますよ。表側に幾らかは意味があったということですから」
「ま、まぁ、本来の意図とは違う意味で役に立ってはくれてるけど」
「モノクル」
GTの鋭い声が、二人の会話を引き裂いた。
「本当に何もしてないわけじゃないよな。こっちで出来ることは?」
「ええ。リシャールの情報収集の仕方が、あまりにもピンポイント過ぎるんですよ。リュミスさんの船に乗っていることを最初から知っていないと、こうも効率よく調べられるはずがない。彼はその情報を、どこから得たのか?」
「……そうか、クーンかカイか、という話になるわね」
リュミスがモノクルの問いかけに答える形で、その可能性を口にする。
「そうです。“篭”一派との繋がりがないと、こんな情報は得られない」
「――無理があると思うが。公安の連中が、裏側と通じていることは良くあるぞ」
「その無理を押し通して、公安に言うこと聞かせるのが現状の最善手です」
「かなり状況が悪いって事は、了解した」
「そうだ!」
突然にリュミスが叫んだ。
「今から進路変更しましょう。別に行き先なんか決めてないんだもの。後はジャマーが……」
「はっはっは」
突然、わざとらしく笑い出すモノクル。
「……おい」
「まさか、ジャマーが通じないなんてことは……」
「――あるんですよ。リシャールは警察軍から最新鋭のレーダーを借り受けてましてね」
思わず両手を挙げるGT。
「そんな横車引いて、無事で済むはずがない。圧力掛けるならそっちからだろ」
「そっちには“まだ”有力な伝手がありません。手間を考えたらどっともどっちでして」
「どっちもやれ」
「ええ。もちろん」
にこやかに応じるモノクル。
「現在、両方から圧力を掛けています。ですが現在彼の一途さが仇になっているようで。もっとも、そのなりふり構わない行動がこうして隙を作ってくれているわけですが――逃げ切れますか?」
「それが、そっちの望みか」
「あなたがいる船が捕捉されたら、公安が切り札を握ることになります」
「乗り込んできたら、殺す――」
「船が汚れるから止めて」
即座に止めるリュミスを、半目で見返すGT。
「実際、リュミスさんの船にジョージ・譚が乗っているらしいと疑惑がかかっただけでも結構面倒でしてね」
リュミスのフォローをするかのように、モノクルが告げるとGTはその場でひっくり返った。
「じゃあ、もう好きにしろ。俺に出来ることは何もねぇ」
「リュミスさん」
モノクルが、期待を込めた瞳と共にリュミスを見つめる。
そんなモノクルを見て、リュミスは深くため息をついた。
「……航法士がどうにかして逃げ切るしかないわけね」
◆◆ ◇◇◆◆ ◇ ◆◇◇◆ ◇ ◇◇ ◆◆◆
今回も引きをミスり気味です。
アニメ見ていると、おかしな引きが結構ありますが、自分でやってみるとやむを得ない仕儀であるように思えてきます。
あと、この話は当初の計画にこれでもかと訂正を入れて作ってるので、実はまだ出来てません。ここ最近では珍しい。
間に合えば日曜日に後編を。




