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栗の花霖雨

 (……頼られないことが、悔しいのか)

 表情の理由が分かり、涼多(りょうた)は、蛍の頭を優しく撫でる。


 「春さんはきっと、蛍君に心配をかけたくないんだよ」

 「それ……は、分かっているけど」


 「うん。心配なことに、変わりないよね。……町に帰ったら、春さんに、それとなく聞いてみよっか!」


 春がこの場にいれば、また違っていたのかもしれない。

 だが彼女は、(少々、大袈裟かもしれないが)家で留守番をする道を選んだ。


 蛍曰く、「蛍と自分の新し服を作りたいから」らしい。

 ぐっと拳を作る涼多を見て、蛍は目を瞬かせる。


 「あっ、もちろん、蛍君から聞いたとは言わないよ。帰るまでに、どう話を振るか考えておくから――」


 「う、ううん!そこまでしなくていいよ!!」 

 蛍はぶんぶんと手を振り、焦ったような声を出す。


 「え、でも……」

 「察してはいるの!……ただ、言ってくれないのが嫌なだけ」


 尻すぼみになりながらも、蛍は涼多にそう言った。

 この話はこれで終わり、という言葉が、体全体から放たれている。


 「そ、そう?」

 「うん!聞いてくれて、どうもありがとう!!」


 笑みと共に会話を終了させ、蛍は涼多の手を取った。

 そして、「あったかいお茶が飲みたくなっちゃった」と歩き出す。 


 蛍の言葉に、涼多は喉の渇きを思い出した。

 小さな手を握り返し、並んで廊下を歩く。 


 そんな二人を、湯浴みを終えたルテが、優し気に見つめていた。


 ◇◇◇


 「ああ、良かった」

 食堂で一息ついていた涼多に向かい、(かなで)は安堵の息を吐く。


 外に出ていたのか、足元が僅かに濡れている。

 涼多は首を傾げると、「音律(おんりつ)君、どうしたの?」と尋ねた。


 「いや、なかなか出てこないから、のぼせて倒れているんじゃないかと……」

 「……ぎりぎりのところで上がったよ」


 心配をかけたことを詫びると、奏は笑顔で首を横に振った。

 叶望(かなみ)たちはどうしたのか、と涼多は奏に問う。


 「さっき、夢お姉ちゃんと外に出て行くのを見たよ。一路(いちろ)さんと若葉(わかば)さんも一緒だった。たぶん、茶畑を見に行ったんじゃないかなぁ」


 ぐびぐびと牛乳を飲みながら、蛍は涼多に言った。

 涼多は、開け放たれている窓に視線を移し、納得する。


 先程まで降っていた雨は止み、雲の切れ間から、天使の梯子が覗いている。

 幻想的な光景を目に焼き付けるように、涼多は深呼吸をした。


 「ずっと見ていたいけど、また雨になっちゃうよね……」

 「ああいうのは、偶にが良いんだよ!」


 涼多と同じように空を仰いでいた蛍の肩を、小脇にスケッチブックを抱えた晩稲(おくて)が叩く。彼が歩く度、長い藤色の髪から水滴が滴り落ちる。


 「末枯(うらがれ)さん、ちゃんと髪を乾かさないと、風邪を引いてしまいますよ」

 小さく溜息を吐き、ルテは晩稲にタオルを差し出した。


 「わぁ、ありがとうお母さん」

 「……この場合、どう答えるのが正解なのでしょうか」


 助けを求めるような視線を向けられ、涼多たちは視線を逸らす。

 居た堪れなくなったのか、晩稲は「冗談だよ」とタオルを受け取った。


 「てか、ルーさんそんな服持っていたっけ?初めて見るんだけど」

 晩稲は目を細めると、ずい、とルテに顔を近づけた。


 袖がラッパのように広がっている白いシャツ。

 ズボンは、白から紺に変わるグラデーションだ。


 「何年か前に、名月さんからいただいたものです」

 ルテは咳ばらいを一つすると、少し照れくさそうにそう言った。


 『ルテは服の()()()()()()()が少なすぎるのだ!……という事で、作り立てほやほやのこれを贈るのだ。気が向いたときにでも着てほしいのだ!』


 確か、朝顔が咲き出す少し前だったな、とルテは思う。

 次いで、袖を通すのが遅くなってしまった事を、心中で名月に詫びた。


 「ここぞと言う時に着ようと思って、その、ずるずると……」

 「ははは、ルーさんらしいなぁ」


 晩稲はからからと笑うと、「カレーうどんとか食べないようにねっ」と言い、受け取ったタオルで髪を拭き始めた。


 (ま、まぁ、三、四着の服を着まわす気持ちは分かるかも。学校には制服で行くし、そもそも、そこまで深く考えたこともない……)


 二人の会話に耳を傾けながら、涼多はルテと晩稲に茶を差し出す。

 その時、廊下から「……いやはやなんとも」という声が聞こえてきた。


 声の主であるランは、触角を悩まし気に揺らしながら暖簾を潜る。

 ヤツデはおらず、彼一人だ。

 

 「ランさん、せっかく温泉に来たのに、溜息吐いてちゃ意味ないよ」

 晩稲はそう言うと、ランの胴体をぺちぺちと叩く。


 「……蟲歯の方こそいないんですが、片側咀嚼であったり、歯を食いしばりがちな方であったりと、別方面で診ておいたほうがいい方が多くて」


 困った困った、とランは首を横に振った。

 苦笑いを浮かべ、晩稲は「それは大変だぁ」と自身の頬に手を当てる。


 「ええっと、三日後、村にも行くんですよね?私も連れて行ってください。村の方々の歯事情が、どうにも気になって仕方がない」


 ランの言葉を受け、ルテは「ええ」と頷いた。

 同時に「ルテ君!」と薄氷(うすらい)の声が一同の耳に届く。


 「さっき名月君から連絡があってね、雀製糸工場に行かなければならくなったから、俺は一旦町に帰るよ。氷室の壁が壊れてしまったらしい」    


 「ええっ!?それはヤバいな!」

 晩稲が驚きの声を上げるが、涼多はピンと来ず奏と顔を見合わせる。


 (……氷室って確か、蚕の卵が産みつけてある、『養蚕紙』っていうのが置かれているんだよね。時期が来たら、温かい場所で孵化させて――)


 そこで(ようや)く、涼多は事に重大さに気がついた。

 薄氷は、「今は、凍土(いてつち)君が何とかしてくれているけれど……」と目を細める。


 「でも、ちょっとでも冷やす加減を間違えると、それはそれでよろしくない。結局は、早く壁を直さないと。……というか、雀に任せられないの?」

 

 「ああ。少々、特殊な素材が使われている壁だからね。俺が行かないと意味がないのさ。それに、どうして、どのくらい壊れたのかも知らないといけない」


 早口でそう言うと、薄氷はルテに「落ち着いたら連絡する。そこまで時間はかからないと思うから、村で合流しよう」と言い残し、瞬きの間に消えた。


 ◇◇◇


 薄氷が里を出てから数時間後、朝顔電話の入った木箱が揺れた。

 ルテは、電話の相手である薄氷と言葉を交わした後、ホッと胸を撫で下ろす。


 「氷室の中は、壁一面に呪文が書かれているのですが、その一部が掠れてしまっていただけのようです。恐らく、知らず知らずのうちに、そこにだけ羽が当たってしまっていたのだろう、と」


 「なるほど。本とかも、同じ場所ばかり持っていたら手垢つくもんね。でも、壊れたなんて言い方……いや、呪文が掠れればどのみち、か。現に、何かしら弱まっているから、凍土が抑えている訳だし」


 話を聞いた晩稲は、ラケットを持ったまま首を傾げる。

 彼と卓球をしていた叶望は、「じゃあ――」と笑みを浮かべた。


 「直ぐに合流できますね」

 彼女の言葉に、ルテは難しい顔になり、「いいえ」と首を横に振る。


 「他にも『危うい箇所』が見つかったので、思い切って書き直すそうです。ですが、そこまで時間はかからないので、昼間に話した通り、村で会おう、と。それから、思う存分楽しんでリフレッシュしてくれ、とも仰っていました」


 (……春さんが手伝いに来てくれることは、黙っておきましょう)

 ちらり、と涼多に視線を向け、ルテは心中で頷いた。


 「でも、大変なことにならなくて良かった!ああいうのって、一個ズレると、他も、ドミノ倒しみたいにズレてきちゃうんだもん!!」


 晩稲からラケットを受け取った蛍が、「叶望お姉ちゃん、つぎ僕と対戦して!」と弾んだ声を上げる。


 「ねぇ、ダブルスやってみない?」

 「面白そう!やろうやろう!!」


 夢の提案に、蛍は目を輝かせた。

 そんな彼らを見て、一路と若葉が微笑ましそうに笑みを浮かべる。


 「ふふふ、賑やかですね!」

 「さっ、君たちも。夜はまだ、長いよ。楽しまないと」


 一路は、涼多と奏の手首を掴むと、卓球台の前へと連れてゆく。

 そして「本気で、きて」と自身もラケットを構えた。


 「もしかして、もう、限界?」 

 挑むような目を向けられ、涼多は「いえ」と首を横に振る。


 梅雨闇の中に、涼多たちの楽しげな声が響いた。



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