表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
601/606

柳は緑花は紅

 (おろし)の宿から十分ほど歩いた先に、涼多(りょうた)たちが仕事をする建物はあった。

 黒い瓦屋根を持つ木造二階建ての、殆ど家、と言ってもいい建物だ。


 颪は「昔は、幽霊さんが住んでいたんですけどねぇ。黄泉路に行っちゃって、住む人もいないんで、何時の頃からか肥料置き場になっちゃって」と説明した。


 「郵便局と、似たような感じでしょうか?」

 涼多の言葉に、颪は「そうです!そうです!」と頷いた。


 「ただ、あちらと違って、お茶をするには不向きですね。精々が、今からやっていただく作業をするくらいで、他のことに使われた試しがありません」


 扉をガチャリと開き、颪は涼多たちを中へと通す。

 部屋の中なのに、土の匂いが鼻を突く。


 だが、四人が想像していたような『薄汚れている』という訳ではなかった。

 肥料の入った桶も道具も、雑に扱われることなく、丁寧に置かれている。


 「ささ、どうぞ!」

 涼多たちは、一階の最奥にある部屋に通された。


 部屋の中央には長机、周りには、椅子が四脚置かれている。

 棚に入れられていたエプロンをつけ、涼多たちは作業を開始した。


 内容は、卵の殻によく似た()()を延々と細かく砕いてゆく作業だ。

 颪曰く、最終的には、(企業秘密)な液体と混ぜて完成らしい。


 時折、颪が「もう少し細かく」と言う以外、これと言った会話はない。

 薄氷(うすらい)はというと、部屋の隅で、眠そうに本を読んでいた。


 玉虫色のブックカバーが日に光を受け、時折、キラリと光っている。

 少しのむず痒さを覚えながら、涼多は手を動かし続けた。


 ◇◇◇


 「やっほー、夢ちゃん!久しぶり!!」

 十六時過ぎ、夢の姿を見た(ふえ)は、開口一番そう言った。


 涼多たちに会う前に、以前のように妖力を弱らせてきたのだろう。

 手を取り抱き合っても、夢の背骨が折れたりすることはない。


 (ひち)(りき)(つづみ)も、涼多たちと互いに挨拶を交わす。 

 笛たちは、「じゃあさっそく、美術館に行こうよ!」と薄氷を見上げた。


 次いで、「今日は、名月さんたちはいないんですね」とも。

 四匹の視線を受け、薄氷は肩をすくめた。


 「ちょっと、用事があってね。今日はいないんだ」

 にこり、と笑う薄氷に、四匹は素直に頷いた。


 この『用事』というのは、以前刺した杭の様子を見に行くことである。

 そして、鼠たちの両親の、琵琶(びわ)(こと)も同行している。


 「ふふふ、今日は、お宿が賑やかになりますね!」

 颪は嬉しそうに目を細めると、朝顔電話を薄氷に渡した。


 ◇◇◇


 『杭に異常は見られない』 

 名月たちの言葉は、どれも同じだった。  


 薄氷は、安堵の息を吐き出すと、涼多たちと共に仕事場を出る。  

 ふと、川の方に視線を移すと、勾異紫陽花(まがいあじさい)の並木道が見えた。 


 (桜が散り、初夏の風が吹き、勾異紫陽花が咲き、そして――)

 「あっという間ですね……」


 薄氷の横顔を見て、何かを察した涼多が、ぽつり、と呟いた。

 こちらを急かすような()はなく、どこまでも落ち着いた声だ。


 「……ああ、あっという間だ」

 薄氷は静かに頷くと、(くり)色の髪を靡かせて歩き出した。


 「ねぇねぇ、風の噂に聞いたんだけど、かなぁり棒術が上手くなったんでしょ?明日、魚取ってよ!そんで、それを昼ごはんか夜ご飯にすんの!!」


 篳と篥が、涼多の腕を左右から掴む。

 その後ろでは、笛が夢の二の腕を、()()()()とつついている。


 「本当だ。前に会ったときも、それなりに()()()としているとは思っていたけど、今は、それ以上に綺麗に筋肉がついているわね」


 「えへへ、どうもありがとう!」

 照れる夢の手の甲を、鼓が「でも――」と優しく撫でる。


 「ちょっと肌が荒れているかも。クリームでも塗っておいた方がいいんじゃない?お母さんも、尻尾の肌の荒れ具合で、この間、大きな溜息を吐いていたから。……まぁ、年っていうのもあるんだろうけど」  


 「一言多い」

 笛は、呆れた様子で鼓の抗議の声を無視し、彼女の髭を引っ張った。


 同時に、薄氷の()が、ぴたり、と止まる。

 涼多たちが何かを問う前に、颪の根が、彼らを取り囲む。


 土道の上に、ドリームキャッチャーのような紋様が出現した。

 それを認めた瞬間、薄氷は溜息と共に構えを解いた。


 「……やぁ、久しぶりだね。りくたっぼ君」

 「そうかなぁ?ここ一年、ありえないくらいの頻度で会っていると思うけど」


 のんびりとした声と共に、青白い手が紋様から出てくる。

 颪も、逆立てていた毛を戻し、木の根の檻を解いた。


 「やぁやぁ、皆さんお揃いで~!」

 ずるり、とりくたっぼが現れ、涼多たちに真っ赤な歯を見せて笑った。

 

 「うう~ん、やっぱり、結界の中だとすぐにバレちゃうねぇ。……いや、アンタや眼鏡のお兄さん(ルテ)は、結界の外でも、()()の存在に気づけたかな?」


 りくたっぼは、利休鼠(りきゅうねず)の色をした前髪の髪の隙間から、()()()を覗かせる。

 そよ風が吹き、編み笠に吊るされたお守りが、かちゃり、と揺れた。


 「いやぁ、もうすぐ勾異紫陽花の季節でしょ?暫くの間、この近くの里か村に滞在しようと思ってね。長い道を、えっちらおっちら、やって来たんだよ」


 「すぐ、と言っても、あと一ヶ月以上はありますよ」

 「おやおやぁ、異なことを仰る」


 颪の言葉に、孔雀の刺繍が施された羽織を(ひるがえ)し、りくたっぼは眼を瞬かせた。

 そして、カンガルーを思わせる足で、地面をポンポンと叩く。


 「それが、あっという間であることを、知らない訳でもあるまいに」

 芝居がかった口調と共に、りくたっぼは()()()と跳躍した。


 近くにあった岩の上に着地すると、「でしょ?」と颪を見下ろす。

 どうにも掴みどころのない存在を前に、颪はただ頷いた。


 「しかし、珍しいですねぇ。いつもは、一週間くらい前に、お宿を予約しに来られるのに。……まぁ、予約せずとも泊まれますけどね」


 「いやなに、珍しいことが起こっている間は、りーも珍しくありたいと思ってさぁ。なんだかんだ、この町とは、腐れ縁紛いなものもあるし」


 自虐を滲ませる颪の肩を、りくたっぼは、ポン、と叩く。

 だが、視線は薄氷の方を向いていた。


 視線を受けた薄氷は、微苦笑と共に肩をすくめる。

 しかし、それ以上の会話はなかった。


 「……ああ、そうだ。さっき、魚を獲るとかどうとか聞こえた気がするんだけど、まだ、痩せ馬に重荷なんじゃない?」


 すっと目を細め、りくたっぼは涼多たちを見る。

 夢の隣に立っていた笛が、「そんな大袈裟な……」と呆れた声を出す。


 「だって、りーからしてみれば、まだまだ腰かけ程度、って感じなんだもん」

 「で、では、明日の朝、見に来てください!」


 小馬鹿極まれりな言葉に、涼多は思わず反論する。

 意外な人物からの発言に、りくたっぼは「おお?」と目を丸くした。

 

 しかし――。


 「やだよ。なんで朝っぱらから結界の中に入らなきゃいけないのさ。今この瞬間も、目の前が赤みがかっていて、どうにも落ち着かないっていうのに……」


 りくたっぼは、「昼も嫌だよ?一週間ほど間を開けないと、結界の中に入りたくない」と涼多が口を開く前に言った。


 「じゃあ、なんで挑発めいたことを言ったんですか?」

 「別にぃ、アンタらがそう受け取っただけ」


 自身を見上げてくる夢に、りくたっぼは、ニッと笑みを浮かべた。

 続けて、懐から大きな巾着袋を取り出すと、颪に向かって放る。

 

 「宿代。ここいらじゃ採れない、珍しい薬草。それと、別の町で売っていた()()()()。味は、美味いんだか不味いんだかよく分からないけど、珍しいことに変わりはないから。足りないんなら、お守りもつけるけど?」


 「分かっているでしょうに。充分ですよ」

 颪はそう言うと、自身の懐に巾着袋を仕舞った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ