世話焼き
暫くの間、涼多は手にした布を明かりに翳していた。
晩稲の「別に、一つだけって決まりはないんだから、買っとけば?後で後悔するよりいいし」という言葉が耳に届き、ハッと我に返る。
(確かに、これだけ気になるってことは、『ビビッときた』ってことなのかもしれない。ちょっと、眩しい気もするけど……)
どうにも手放せない布を見て、涼多は「よし」と頷く。
体を反転させ、時計の柄が描かれた布を手に取る。
が、すぐに元の場所へと戻した。
昨日の今日では、どうにも気が進まない柄だったからだ。
「裁縫代行始めたんなら、一着作ってもらおうかな」
晩稲はそう言いながら、蓮の花が描かれた布を眺めている。
蕉鹿も、「……あっ、そうだ!」と何かを思い出したのか、布をいくつか手に取り、机の上に置いた。
顎に手を当て、あーでもないこーでもない、と考え込んでいる。
そうして、あっという間に二時間が経過した。
「おっ、決まったようだね!」
「はい。なんとか!」
玉虫花で染められた布と、青地に紅茶セット一式がプリントされた布を持って、涼多たちは部屋を出た。
「ちなみになんだけど、鹿君はその布、何に使うの?」
晩稲に問われ、蕉鹿は「ああ、これっスか?」と桑茶の布に視線を落とした。
白抜きの稲穂柄、所々に金糸で刺繍が施されている。
綺麗な柄ではあるのだが、使うとなると難しいな、と涼多は思った。
「少し前にルテさんの家に行ったんスけど、布団が破れかかっていたので……」
「継当てでもしようかな、って?」
「そうっスね」
「…………前々から思っていたけど、鹿君って保護者っぽいとこがあるよね」
保護者というか過保護というか、と晩稲は呆れ声とともに溜息を吐いた。
吐かれた側は、「そ、そうっスか?」と首を傾げる。
多少なりと過去が関係しているのだが、晩稲が知る由もないことだった。
蕉鹿は「結界守の中で、一番年下っスよ?」と自身を指さす。
「そういうことじゃないんだわ。……それか、薄とルーさんがあれなのか」
腰に手を当て、晩稲はボリボリと頭を掻いた。
名月がいないと、途端に不摂生になってしまうコンビだ。
ベクトルは違えど、どこか子供じみたところがある。
自分がしっかりしないと、と思っているのかもしれない。
実際、そういった場面を、何度も目撃している。
「……まあ、ボクも思うところはあるんスよ。一応」
「でも、気が付けば世話を焼いている、と」
「そういうことになるっスね」
蕉鹿は、きまりが悪そうな顔をして、「ははは」と頬を掻く。
「……つーか、こんなやり取りを、自分が化生界に来てから何度かしているような気がする。ああでも、自分が妖怪になってからは初めてか」
「なんスか、その謎な数え方は」
一本ずつ指を立ててゆく晩稲に、蕉鹿は苦笑いを浮かべた。
(…………でも、あれを見た身としてはなぁ)
化生界に来て間もない頃、寝言で謝罪を繰り返していたルテの姿を思い出す。
誰に謝っていたのかは、今でも分からない。
分かっているのは、今でも囚われているというだけだ。
(ボクの感じていることって、きっと、同情とか憐みの類なんだろうなぁ)
神に向けるべきモノではない、と思いつつも、彼は同僚だ。
失礼なのは承知の上で、力になれることがあるならなりたい、と思う。
それは、他の結界守に対しても同じだ。
晩稲は神妙な面持ちのまま、蕉鹿の肩に手を置いた。
普段がほわわんとしているだけに、変に背筋が伸びてしまう。
「まあ、自分も代理とはいえ結界守になったんだから、一人で何とかしようとせずに頼ってね?保護者のことは、なったことがないから分からないけど。教えてくれたらできなくはない、とは思うし……」
晩稲は「どう伝えたらいいものか」と頭を悩ませる。
それを見て、蕉鹿はクスッと笑った。
「なんだかよく分からないっスけど、了解っス。……でも、晩稲さんの蛍君や菊さんに対する態度を見ていると、教えることはないもない、と思うっスよ」
会話を続けるふたりをよそに、涼多は、蕉鹿の持っている布を見つめていた。
化生界に来て直ぐの頃見た、稲穂の刺繍が施された紺色の浴衣を思い出す。
(ルテさんって、稲穂柄が好きなのかな。……なんか、さっき春さんに対しても、同じようなことを考えた気がする)
そんなことを考えていると、背後から肩をトントンと叩かれた。
同時に、犬の匂いと木の香りが漂ってくる。
「お久しぶりです~」
柔らかな、聞き覚えのある声に涼多は振り返った。
声と同じように、柔らかな笑みを浮かべた颪が立っていた。
涼多は、「お久しぶりです」と挨拶を返した後「あれ?」と首を傾げる。
颪の背後にあるのは、従業員専用の部屋だけだ。
左右に階段もなければ、扉も見当たらない。
視線に気が付いたのか、颪は「ああ」と頷いた。
彼は木の根の一本を扉に向け、「私もここの従業員なんです」と言った。
「と言っても、『幽霊部員』ならぬ『幽霊従業員』みたいなものですが」
今日は、風邪で休んだ者の代わりに来たのだそうだ。
「なんか、ややこしいなぁ」
晩稲は「まっ、自分も結界守の代理だし、似たようなもんか」と続ける。
「……あっ、ちょっと失礼します」
話を聞いていた涼多は、颪の肩にキラリと光るものを見つけ手を伸ばす。
それは、玉虫花の花弁だった。
小さな花弁は、光鈴の光を反射し、キラキラと輝いている。
「おやおや、くっついてきてしまったようですね」
颪は「ありがとうございます」と涼多から花弁を受け取った。
そして、玉虫花で染められた布に視線を移し、嬉しそうに目を細める。
後から知った話だが、彼がこの布を染めたようだ。
「永久山の茶店やお宿の仕事もあるんですけど、基本的に暇なんですよね~。特に私なんか、何かしていないと落ち着かない質なので」
また泊りに来てくださいね、と颪は涼多の手を掴む。
着物の下の尻尾が、ブンブンと揺れている。
(この人もこの人で、鹿君と同じ匂いがするなぁ。……あと、尻尾が鞭みたいに弁慶の泣き所を打ってくるから微妙に痛い)
そうは思いつつも、動くのが面倒だったので、晩稲はその場に突っ立っていた。
やっと動きが止まったのは、三分ほど経過した頃だ。
「それでは、私はこれで」
「お疲れ様です」
木の根をうぞうぞと動かし、颪は階段を上ってゆく。
先程、細路地で(恐らく)雑煮をごちそうしてくれた蛸を思い出した。
「……あ、そうだ!あと半月もすれば、節分ですね!!」
ピタッと足を止め、颪はクルリと振り返った。
「今年もきな粉餅を作りますから、楽しみにしていてくださいね!」
その言葉に、晩稲と蕉鹿は大きく頷いた。
鼻歌交じりに、颪は今度こそ階段を上ってゆく。
その背に手を振り、涼多は「節分に何かあるんですか?」と問う。
「いやー、自分たちって長生きじゃん…節分ってさ、豆を『年の数+一個』食べないといけないでしょう?自分はまだいいけど……」
「ボクを含めて、厳しい方も多いんスよ。白蛇様や薄氷さんは、軽く二千を超えちゃいますし」
正確な年齢は知らないっスけど、と蕉鹿は話す。
二千粒の豆を想像すると、確かに厳しいものがある。
「まあ、白蛇様の場合は、本来の姿なら一呑みで終わるんだけど。そんなの味気ないじゃない?ムードは大事だからね」
いつの頃からか、節分で使った豆の残りを、きな粉にするようになったそうだ。
もはや、年の数も何も関係ない。
(でも、蛍君や春さんも六百歳だしなぁ……)
そう考えるといいのかもしれない、と涼多は思った。
(それにしても、軽く二千……か)
長い時を生きているとは思っていたが、予想以上だ。
「んじゃ、自分たちもそろそろ行こうか。『カンウ』にも寄りたいし」
「そうっスね!」
「本当に、ありがとうございました!」
頷き合うふたりに、涼多は頭を下げる。
「いやいや、良いってことよ!」
「ブックカバー、できたら見せてくださいね!!」
「はい!」
コツンコツンと階段を上がり、三人はレジへと向かった。




