掃除でアルバムを見始めてしまうタイプ
「…………あちゃ~、さっきの衝撃で何か倒れでもしたかな」
「かもしれないっスね」
晩稲は頭を掻きながら、「壊れていなきゃいいけど」と溜息を吐く。
二階に上がろうとする彼を、ルテの声が制止した。
「私が見てきます」
屋根の上、換気窓を掃除していたルテが、「よっ」と二階の部屋へと入る。
「おお!片手で軒先を掴んで、くるっと入った!!……危ないから、そちらたちは、真似しないようにね」
「真似したくても……」
涼多が呟くと同時に、「水晶玉が落ちたようです」と声が聞こえた。
「水晶玉?」
「あとで触ってみたら?シュパパパって光り出すかもよ」
「遠慮しておきます……」
頭上から、「ゴホゴホ」と咳き込むような声がした。
「一応の換気はしましたが、埃っぽさは取れませんね……」
窓からひょいと地面に降り立ち、ルテは人差し指で眼鏡を押す。
「ありがとう、見に行ってくれて」
「いいえ」
「ちなみになんだけど、水晶玉に罅が入ったりとかしていないよね?」
「…………どう思います?」
「こりゃあ驚いた。ルーさんもそんな冗談が言えたのか!」
ぱっちりと目を見開き、晩稲は大袈裟にお道化てみせる。
「二階は手を付けない予定だったのですが……」
ルテはそれには答えず、顎に手を当て二階を見上げた。
「薄に電話して、掃除していいか聞いてみようか」
微苦笑を浮かべつつ、晩稲は朝顔電話の入った木箱を懐から取り出した。
◇◇◇
十五分後――。
焚火を囲い、蕉鹿の作った昼食を食べていると、一匹の光鈴が飛んできた。
昼間でも飛べる種類のようだが、どこか面倒臭そうだ。
もしかすると、眠っていたところを起こされでもしたのかもしれない。
よく見ると、小さな紙がおみくじのように結び付けられている。
薄氷の作った『触れてはいけない物リスト』だった。
書かれている数は少なく、殆どが割れ物の類だ。
最後に『ありがとう、よろしく頼む』と言葉が添えられている。
「……いつも思うけど、薄氷さんってどうやって鉛筆を持っているんだろう」
綺麗に並んだ文字を見つめ、夢は呟いた。
「どう、というと?」
首を傾げる晩稲に、「何でもないです!」と慌てて首を振る。
(どうしよう。頭の中で思っていただけだったのに……)
身体的な話だ。深く踏み込んではいけない、と今まで黙っていた。
(し、失礼な奴って思われちゃったかな……)
夢の慌てふためく様に何かを察したのか、晩稲は「ああ……」と頷いた。
「そんな心配しなさんな。気になるのは仕方ないさ。……とはいっても、どう説明したものか。薄の手足って蝶の脚であってそうじゃないから」
「余計に混乱するっスよ」
「うん、自分も言っていてそう思った」
あくまでも『似ている』とういうだけで、構造はまるで違うのだそうだ。
晩稲は「そちらも、カップを持っているところは何回か見たでしょ」と話す。
「まあ、そのあれだ。蔦みたいに絡みつけている感じ、と思えばいいよ。それでいて、物を切ったりすることもできるんだから、十徳ナイフみたいだよね」
焼きおにぎりにベーコンを器用に巻き付け、がぶりと頬張る。
夢はどこか安心した気持ちで、目玉焼きを口へと運ぶ。
程よい塩辛さに、自然と笑みがこぼれる。
誰かに感想を言われる度、蕉鹿は照れた笑いを浮かべた。
いつの間にか空は晴れ渡り、太陽の周囲には光暈が見える。
雪が解ける気配はないが、風もなく、ひたすらに穏やかだ。
叶望は、「雪が降ると思っていたのに……」と白い息を吐く。
焚火のオレンジが、彼女の頬を淡く彩っている。
(……真っ黒でしっかりとした綺麗な髪だから、なんだか勿体ないなぁ。『結綿』とか、絶対に似合うと思うんだけど)
結綿、というのは、江戸時代後期に、十八、九歳までの結婚前の娘が結っていた髪型のことである。初めて叶望を見たときは、心の中で驚いたものだ。
(服だって、いつも男っぽい……というよりも男の格好をしているし。まあ、好きで着ているんだろうから、自分がとやかく言うことじゃないけどさ)
ボーイッシュって言うんだっけ、と晩稲は頭の引き出しから言葉を探す。
事情を知らなければ、そう思ってしまうのも仕方がない。
(とはいえ、やっぱり勿体ないな……)
晩稲は、奏の隣で昼食を食べている夢に視線を移す。
今日は紺色の作務衣を着ているが、いつもは華やかな色合いの服装だ。
フリルのついた服もあれば、名月から借りた着物を着ていることもある。
もし、叶望が江戸の時代に生きていて、道を歩いていれば、自分は放っておかなかっただろう。ちょいと、と声をかけていた自信がある。
(なーんて、時代錯誤な意見かな。自分だってこれだし……)
晩稲は、藤色になってしまった髪を、サラリと撫で上げた。
視線に気づいた叶望が、「どうかしましたか?」と箸を止める。
それに「なんでもないよ」と返し、晩稲は食事を再開させた。
「部屋の掃除の進行具合はどうですか?」
「思った以上に早く終わりそうっス。あと一時間もあれば」
ルテの問いに、口をもごもごと動かしながら蕉鹿は答える。
ハムスターを思わせるその姿に、ルテは「ふふっ」と肩を震わせた。
「な、なんスか?いきなり」
「いえ、なんでもありません。でしたら、その後は二階の掃除をしましょうか」
どうにも釈然としない気持ちのまま、蕉鹿は「はい」と頷く。
程なくして、目に痛いほどの雪景色の中、一同は昼食を食べ終えた。
◇◇◇
ギシギシと軋む、狭い急な階段を上ってゆく。
上り切った先には一筋の廊下。
窓や障子が開け放たれているお陰で、暗さはまるで感じない。
空気が澄んでいるからか、遠くに躑躅百貨店が見えた。
視線を部屋に移すと、一階と違い何もかけられていない物で溢れていた。
作りかけの籠に八角形の鏡。鈍色に輝く小さな宝箱まである。
他にも、使用用途不明の厚みが不揃いなガラス瓶。
いたるところに『呪』と書かれた札が貼られている壺。
螺鈿細工の施された机……本当に様々だ。
薄っすらと積もっていた埃が宙を舞い、太陽の光を受けて輝いている。
「…………考えてみたら、『蜘蛛の巣』って見たことがないかも」
「確かに。この世界にいないのか、はたまた場所の関係でいないのか」
涼多と奏の会話に、ルテが、「いることにはいますよ」と呟いた。
ただ、この町にはあまりいないらしい。
加えて、森を住処にしている種類ばかりなのだそうだ。
ふたりして「なるほど」と相槌を打ち、部屋へと入る。
「ええっと、触れてはいけない物は……と」
ルテは部屋を見渡し、指さしで確認をしてゆく。
「……一つを除いて、他の物は全て棚の中に入れられていますね」
麻の葉が彫られた、大きなガラスキャビネットに触れる。
涼多たちも、興味津々と中を覗く。
顕微鏡のような物から本やティーセットまで、様々な物が置かれていた。
「うへぇ、なにこの手当たり次第に突っ込んだ感じ」
遅れて部屋に入って来た晩稲が、呆れた声でそう言った。
「末枯さんも、部屋に入るのは初めてなんですか?」
「一階は入ったことあるんだけどね。二階は初めて」
キョロキョロ、と物珍しそうに宝箱や鏡近づいてゆく。
敷かれている抹茶色の絨毯は、液体でも零したのか一部が変色していた。
「ガラスキャビネットの中のやつより、こっちの方が触ったらヤバそう」
晩稲は、涼多たちが思っていたことを代弁した後、札の張られた壺をつつく。
「まあ、薄がOKだしたから、大丈夫なんだろうけどさ」
そちらたちも近くに来てみなよ、と晩稲は手招きをした。
「見るのに夢中になりすぎると、夜になってしまいますよ」
「ちょっとだけだよ」
「まったく……」
ルテは腰に手を当て、やれやれ、と首を振る。
「……………………ん?」
宝箱を開ける晩稲の向こうに、涼多は、円柱形の何かを見つけた。
『醜くも綺麗な一瞬※話まとめ&こぼれ話』にep,457、ep,458に登場する、種黒さんの裏話を投稿いたしました。
よろしければ、そちらもお読みください。
物語の進行には、一切関りがございません。
※一週間後に、後日談を投稿する予定です。




