6-10
目覚めたクロスは、泣き叫んだ。
自分が魔族の子であることに加え、その力で多くの人を殺してしまった。その事実が、血と腐りかけた肉の臭いが、原形を留めていない人の死体と崩れた家が、クロスの心を、砂で作った城を波が崩すように壊していく。
泣き声は雄叫びとなり、激しく降り続く雨の中でも割れんばかりに響いた。
シタヤの声など、届かない。
そしてサァーラの死が、最愛の母の消失が、最後の一撃となり、クロスは抜け殻のようになってしまった。
何も見ない、何も感じない、涙さえ流さない。
声も感情も思考も総て自分自身の中に閉じ込めて・・・。
シタヤは元々使っていた家にクロスと移動してから精霊王達と共に何度も話しかけた。根気強く語りかけ続けたが、結果は変わらず。クロスは抜け殻のまま、何の反応も示すことはなかった。
それから2人を待っていたのは苦痛の日々だった。
互いに眠れぬ夜が続き、シタヤは肉体を疲れさす為に1人で村人を埋葬していった。サァーラの墓も、シタヤの家から少し離れた花畑がある場所に作った。
そうした埋葬に瓦礫の撤去。封印の為に魔力を失ったシタヤはそれらを全て手作業で行わなければならず、1日の終わりには立てないほどに疲労が蓄積していた。
だが、眠れなかった。
食事は1日に2回ほど水と干し肉かドライフルーツを僅かに食す程度で殆ど食べていないに等しい量。クロスは更に酷く、食べ物を喉奥まで押し込んでやらないと飲み込む事さえしなかった。
死に際に言っていたサァーラの言葉が無ければ、死んでいてもおかしくない程にシタヤは追い詰められていた。サァーラの死も全部全部、『クロスがいなければ』と、最悪な考えが過っては消える。
クロスを殺して、自分も死のう。サァーラの元へ行こう。
そんなことを真剣に考えるほどに、精神も肉体も、限界まで追い詰められていた。
こんな彼らを限界から掬い上げたのは、やはり『サァーラ』だった。
あの日から2週間ほど経ったある日の夕暮れ時。
村人の埋葬がひと通り終わり、作られたばかりの墓標に風が吹き抜けて鳴いていた。
まるで死に神の呼び声のような、細く高い口笛のような音。それはシタヤの頭の中で限界を超えて悲鳴を上げている精神の声にも似ていた。
このまま、鳴り止まぬ音に導かれればかりの死ねるだろうか?
ふらふらの足が地に縫い付き、ドスンと座り込む。腕の魔法石を意識すれば、自分が最もよく使う大剣へと変化した。使い慣れた筈のそれは今のシタヤには片手で持ち上げられない程に重い。それでも持ち上げて、鋭い刃を首に添えた。目を閉じて、刃を持つ手に力を入れようとした瞬間、シタヤは動きを止めた。
目を見開いて、総ての神経を耳に集中させる。
ピクリピクリと動く狼の耳が、風の音に混じって聞こえる微かな音を拾う。
自然の音では無い。金属が鳴らす、独特な高く澄んだ音。聞き覚えのある、心に染み渡る旋律。
サァーラが良く家事をしながら口ずさみ、そして聴いてもいた曲。
忘れるはずのない旋律の、シタヤは疲れなど忘れてサァーラの家へと走った。あの日からずっと、近づきことの出来なかった場所へ。
壊れた扉から中に入ると、奥のサァーラとクロスの寝室から音が聞こえて来ている。
『クロスがね、この曲が好きって言ってくれたの。私も大好きだから、すごく嬉しい』
クロスの子守唄代わりに聞いていた時、サァーラが言っていたことを思い出す。
サァーラは微笑んでいた。その時も、そして『今』も。
白く光る骨のような長剣の隣で。
音を奏でる小さな木箱を両手に持って。
聖母のような、女神のような、シタヤが愛して止まなかった美しい笑顔で。
部屋の前で立ち尽くすシタヤにそっと木箱を、オルゴールを手渡してくる。
精神体になってまで自分とクロスを見守ってくれていたサァーラ。愛しさが、そして自分の情けないまでの弱さが涙となって溢れ出る。
サァーラはシタヤに抱きついてくると、そのまま彼の中へと消えていった。笑顔を絶やさぬまま。さっきまで感じていた肉体の疲労が、追い込まれていた精神の疲労が嘘のように無くなっていく。
総て、サァーラのおかげだ。
ーありがとう。それからすまない・・・もう、大丈夫だー
消えたサァーラを抱きしめ、シタヤは顔を上げる。白光に明滅する剣を掴み、オルゴールを抱いて、サァーラの家を飛び出した。クロスを元に戻す為に。
剣はシタヤの家に近付くにつれて光を強めていく。クロスを求め、呼んでいる。その剣に応えるように強く握り締め、派手な音を立てながら扉を開けた。
クロスは音にも、シタヤにも、反応を示さない。開かれた目は時折瞬きをする程度で、視線は何処も見ていなかった。そんなクロスに剣を無理矢理握らせて、オルゴールの蓋を開ける。
金属の高く澄んだ音が曲を奏で始める。
静かで、静寂を思わせる曲。剣は旋律に合わせるように淡い光を強めたり弱めたりしている。
「ー・・・か・・ぁ、さん・・・?」
オルゴールの小さな音にすら消されてしまいそうな声。
けれどもそれは、2週間ぶりに聞くことが出来たクロスの小さな泣き声で、『ヌケガラ』に鼓動が戻った瞬間でもあった。
光が宿り、向けられる黒銀の瞳。片方は眼帯で見えないが、封印しても隠しきれなかった魔族の証、金色の瞳がある。
シタヤはクロスを正面から見つめて小さな身体を優しく、力強く、抱き締めた。声を上げ、力一杯抱き締め返してくれるクロスに、深い深い愛しさを改めて感じた。
そうだ、血が繋がっていなくとも関係ない。クロスは自分の息子だ、愛する人と育てた、大事な大事な『宝』。これからは本当に共に生きていこう、共に強くなろう。
そう、約束した、筈なのに。
クロスは強くなる為にと剣を持ち、魔法と魔力の制御を無我夢中で覚えていった。魔力がほぼなくなってしまったシタヤには教えられる事が少なく、魔法に関しては殆ど独学で覚えていったと言っても過言ではない。
更には自分と向き合う為、戒めも込めて、己の名前まで捨て去ってしまった。
彼は、総てを受け入れた。
総てを背負った、否、背負ってしまった。
共にと約束したシタヤすら置き去りにして。背中に、背負わなくて良いものさえも背負って、『独り』、歩き始めてしまったのだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
次回で第六夜は完結となりますので、どうぞ最後までお付き合いください。
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