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6-9

※今回かなりグロい描写がありますので苦手な方はご注意ください


 シタヤは走っていた。

 無我夢中で、荷物も邪魔だと放り捨てて。


 つい先刻の事だ。シアンへの帰路を少しの早足で進んでいた彼にまるで鋭利な刃物のように鋭い風が襲いかかった。風はシタヤの鍛え上げられた身体のあちこちを切り裂き、周囲の草花を薙ぎ払い、更にはシタヤの後ろにあった太い木も切り倒していきながら、過ぎ去っていった。

 ゾクリと、背筋が凍る感覚に襲われた。そしてそれを振り払う為に我を忘れて走り出した。


 今のは、ただの風ではない。

 感じた事もない強大な魔力の『波動』だ。

 何故そんなものが、シアンがある方向から吹いてくる?


 嫌な考えしか、頭に浮かばない。サァーラには『加護』がある。

 それを分かっていても思い浮かぶのは最悪の事態ばかり。走る事しか出来ない自分に、嫌気がさしてならなかった。



 そうして戻ってきたシアンの惨状に、シタヤは今にも倒れてしまいそうだった。

 全てが、黒かった。家も人も物も、原形を殆ど留める事なく何かに押し潰されたような状況で。何とか形を保っている太い柱や土台の煉瓦も、触れば粉々に崩れてしまいそうだった。

 それらの下で、最早人とは言えない、ボロボロの布の破片を纏った肉の塊が黒い血の池に沈んでいた。あちこちに飛び散った小さな肉片や血痕は、既に水気を無くして大地を染める赤黒い模様となっている。


 地獄絵図とは、今目の前にある、脳内に深く深く刻み込まれるような、こんな光景を言うのだろうか?

 そんな事を思いながら、重い足を引き摺ってシタヤは愛する者達が住む村の奥へ向かう。

 確認が、したかったのかもしれない。

 自分の頭の中に浮かぶ2つの考えのどちらが合っているのかを。

 この惨状が魔族の襲撃によるものなのか、それとも・・・。

 前者であってくれと願わずにはいられない。でなければサァーラの今までの苦労が、努力が、厳しさの中の優しさが、愛が、総て無駄になってしまいかねないから。


 視界に入り始めた見慣れた家は、他の家のように崩れきってはおらず、何とか原形を留めていた。そしてサァーラは、そんな家の壊れた扉の影に座り込んでいた。

 黒く焼き爛れた両手で泣きながら眠るクロスを優しく抱き抱えて。

 人の気配に気付いたのか、閉じていた瞳が開かれた。宝石のように光に満ち溢れていた黒銀色が僅かに濁っている。それでも自分の元に駆け寄ってくるシタヤの姿をしっかり映し出した。


「・・・し、たや」


 微笑みと呼吸と一緒に彼女の口から吐き出された自分の名前が、神秘的な魔法の言葉のように聞こえた。歩調を一気に早め、彼女の元に辿り着くと同時にクロスごと抱きしめる。傷ついた頬を包み、自ら顔を近づけて唇を深く重ねた。


 温もりがある。

 温かい、陽光のような温もり。

 唇を離すと、抱きしめる腕に力を込めた。


「サァーラ、サァーラ!!良かった・・、本当に。待ってろ、今回復っ!?」


 シタヤの言葉は再び重なった唇によって遮られる。すぐに離れたそれを目で追えば、首を横に振るサァーラの行動が嫌でも目に飛び込んできた。理解したくて目を背けたいのに、こちらを見つめるサァーラがそれも許してくれない。


「・・・私の身体、見た目以上にボロボロなの・・・もうすぐ、肉体の死がくる・・・。だからお願い、私の話を聞いて・・・・抱きしめていて?」


 弱々しいのに、強くて、でもどこか甘く感じる声音。死に直面している者の声とはどうしても思えなかった。

 少し強めた手の力を肯定と取ったのか、サァーラは口元に笑みを浮かべて話し始める。

 デミルスがクロスに語りかけてきた事で、生まれる前から重ね重ね施してきた魔力の封印が内側から破られた事。

 今すぐにでも再封印を施さなければ、余りにも強大過ぎる魔力にクロスの身体が壊れるか変質するかしかねない状況である事。

 そして、今のサァーラに全て封印をし直す力が残っていないと言う事。


 少しずつ呼吸が荒くなり、説明する声が所々で途切れる。それでもサァーラは話す事を止めようとはしなかった。


「今は、わた、しの力で一部、封印、直して抑えているけど、そろそろ限界・・・。だから、残りは、あなたが・・・おねが、い」


 シタヤは何も言わない。

 ただ頷く、力強く。目には、涙が溢れていた。

 腕の中のサァーラが、どんどん弱っていくのが分かる。体温がもう、信じられない程に冷たい。


「シタヤ・・・私ね、貴方の本当の息子として・・クロスを、産みたかった・・・」


 サァーラの大きな瞳からも涙が溢れる。その瞳に輝きはもう僅かにしか残っていない。シタヤは震える唇をもう一度重ねて、頬を流れる涙を指で優しく拭ってやった。耳元で『愛している』と囁きながら。


「私も、2人を愛してる・・・クロスを、おねがい・・・それから・・死を・・・望まない、で・・・・・・ーーー」


 ポツリと、音を立てて大地に小さな模様が描かれていく。

 静まり返ったこの地に、その音は酷く、大きく響いて聞こえた。

 冷たくなってしまった体は水滴が少し当たるだけで残された体温を下げる。

 もう二度と上がることは無い、温もりを感じる事が出来ないと思うと、寂しいと言う感情だけが湧き上がり、全ての思考を遮っていく。


 けれどもそんな寂しさに浸っていられる余裕など、今のシタヤには無い。


 サァーラの死と同時に姿を現した4人の『加護』と言う名の『精霊王』達をシタヤは睨みつけるように見上げた。


『わたくしたちの力が及ばなかった事、許しを得ようなど思いませぬが深くお詫びいたします』

『この過ち、仕打ちは後に、いくらでも』

『でも今は再封印が先だから!僕らも手伝うから力貸して!』

『その為にもアタシたちと血の契約を!!』


 腕で涙を乱暴に拭い、深呼吸をする。湿った空気が喉と肺を満たし、感覚を正常に戻していく。サァーラの死を無駄にしてはいけない。


「・・・分かった。ーー我、そなたらの加護を受けん事を此処に願い奉る。循環を基に破壊と再生を司りし四つの大いなる守り人よ。我、シタヤ・グレスは前契約者、サァーラ・クリエスティアの意思を受け継ぐ者なり!」


 シタヤの宣誓に呼応して4人が光り出す。4色の光は柱となって交わり、一色の純白の光となって辺りを照らした。4人はシタヤ達を囲むようにして立ち、声を張り上げる。


『『『『了承する。此処に新たなる血の契約は完了せり。そして直ちに封印の儀を行う!!』』』』


 4人の光に包まれたクロスが浮き上がり、光が何層も何層も重なっていく。包み込む度に、重なる度に強まる光に、シタヤは自分の魔力を重ねていく。

 だが、クロスの小さな身体から湧き出てくる黒い光がそれを許さなかった。白い光を、守りの光を、拒否するように遮ってくる。

 黒い、雲のような、霧のような、それはまるでこの大陸を覆う闇そのもののような。


「これが、クロスの魔力の根源!(ダメだ!このままでは封印しきれん!)」


 シタヤの、精霊王達の、脳内に諦めが過りかける。その時、



 ーー 諦めないで 絶対に 出来るから ーー



耳元で声が聞こえた。肩に、触れている手の感触と温もりを感じた。

 忘れない、忘れる訳がない。

 自分の生きる希望であった人のモノを。


 そうだ、諦めるものか。今この場での諦めは『死』しか生まない。

 力を、自分の中に在る総ての魔力が尽きようとも、生命を削ろうとも、封印が完了するまでクロスに注ぎ込もう。後のことなど考えない、今という『生』をクロスと共に掴む為にーー。




 封印は成功した。

 サァーラのモノより更に強力な封印。今のクロスの身体には黒い翼も角も見当たらない。代わりに右眼には黒い眼帯、両手、両足首には灰色の包帯が身体の一部になったかのようにきっちりと巻かれている。

 包帯の表面には魔法文字が4色の淡い光を放ち、封印の完了を知らせてくれた。

 シタヤは大きく息を吐いて家の壁にもたれかかる。隣では、サァーラが安らかな表情で永遠の眠りについていた。

 ありがとう、を何度言っても足りない。死して尚、自分たちを助けてくれた愛しい人。安心して眠らせてあげたいのに、これでは当分の間、心配をかけっ放しになるだろう。

 強くならなければならない。クロスと共に、サァーラの想いを心に宿して。



 そう、思っていたのに。


 クロスの魔力封印と共に掴んだ『生』は、絶望を秘めた『生』だった。



ここまで読んでくださってありがとうございます。

誤字脱字ありましたら、知らせていただけると大変助かります。


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