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気付かぬうちに、完全に家から出てしまっていたクロスを守るものはなかった。肩ほどまである雑草達に身を隠すという思考も、今は正常に動かない。
ただ、降ってくる悪意の雨を見つめ、呆然と受けるしか・・・。
そんな石や木の硬く痛い感触をクロスは何処にも感じる事はなかった。
代わりに、柔らかく温かい感触が全身を覆う。
この感触を、クロスはよく知っている。
鮮やかな赤い雨がポタポタと落ちてきて、クロスの輪郭をなぞった。
「・・・かぁ、さん?」
いつもしてくれる優しい抱きしめ方ではない。押さえ込むような力強さでサァーラはクロスを抱きしめ続ける。
降り注ぐ硬い雨から、大切な宝を守る為に。
『このままでは、お前も母親も死ぬ』
しぬ?
しぬって、なに?
うごかなくなること?つめたくなること?
にどと、おはなしができないこと?
『そうだ。このままでは、そうなってしまう』
・・・いやだ、いやだ!
しにたくない!しにたくない!!
『ならば解放すれば良い。お前の中に眠るものを。絶対的な力を。我が血を受け継ぐ者ならば、簡単なことだ』
ドクン、と心臓より更に深い場所で、何かが蠢く。
『さぁ、全ての力を、今こそ!!』
ドクン、ドクン・・・
全身の血が沸騰したかのように熱い。鼓動が止まらず、ドロドロとした熱が身体を支配する。
ドクン、ドクン、ドクン・・・
溢れ出て来る。感情が爆発する。憎しみが渦巻いて、全てを破壊したいと願ってしまう。
『憎め、全てを。自分と母を傷つける者を、そして我を。憎め、憎め、憎め、憎め!!』
「ぁ、あぁ・・・うぁぁあッ」
くるしい・・・くるしい。
みんなこわい、きらい、こわしたい、ぜんぶ!
「クロス駄目よ!!落ち着いて!!」
「ああああああぁぁぁぁぁあぁぁあああぁっぁぁぁぁーーーーーーーーーッ!!!!!?!」
とまらない!きえてきえてきえてぜんぶきえてしまえ!!
「クロス!!・・・一体、どれだけ私達を苦しめたら気がすむの?!デミルスーーー!!!」
黒い、何ものにも染まらず、全てを飲み込む光。
それが音も無く、総てを飲み込んでいった。
「『どれだけ』だと?ふふふ、それはなぁサァーラよ、クロスを我が物にするまでだ。ククククク・・・ふはははははははははははは!!!」
巨大な水晶球に映る黒光りによって照らされた部屋に高らかな笑い声が響く。
光は消える事を知らず、いつまでも黒い光で照らしていた。
◆
◆◆
◆◆◆
「ちょっと待ってください!!」
ガタン!と音を立ててメーディエが立ち上がる。椅子は反動で大きな音を立てながら後ろに倒れたが、彼女は気付きもしなかった。机を叩くように置かれた両手は、真実を受け入れるのを拒否するかのように震えている。
「ライが、大公爵デミルスの息子だと、言うのですか。ーー・・・正直に言えば、私はライが魔族と人間の混血ではないかと疑っていました。でも、でもデミルスがそんな・・・考えられません!魔族を統括する者が種族の掟を破るだなんて・・・。もしこの事が魔族に知られれば反乱が起きます!」
「『他種族との交わりは己の血だけでなく、種族全体の血を汚す行為也。貴族・王族であろうとも重罪とし、核刑に処すもの也。故に禁忌と称し、我ら魔族は誇り高き王の名の下、全面的にこの行為を禁ずる』ーーだったか?」
キチンとした書物にも残されていない、代々親から子へと語り継ぐだけで伝えられる掟。
シタヤが言ったのはメーディエが伝え聞いた言葉そのままで、それこそ一言一句として間違いがない。
どんなに低位の魔族であっても知っていることではあるが、正確な語りは貴族の間で伝わっているのみの筈。その証拠に、『核刑』は既に使われなくなった古い刑の名前だ。メーディエ自身、この言葉を書面以外で聞いた事がない。
「・・・よく、ご存知ですね」
一体何処からここまで正確な語りを聞き出したというのだろう。
「サァーラ伝手で有力な、いや貴重な情報をくれる友人がおるんだ。上等な酒と果物を持っていかねばならんがな。色々と聞かせてもらったよ、魔族の古い歴史も戦乱の世も、デミルスの目的も・・・な」
スゥっと細められた瞳が此方に向けられる。背筋が凍るような感覚に襲われて、反射的に間合いを取ろうとしてしまった。
まさか、この人は『私』の事も知っているのか?
いやだ、怖いッ!
誰も、お願いだから誰も、『私』を知らないで!ライに言わないでーー!!
「メーディエ、座りなさい」
倒れた椅子を戻しながら、シタヤが声をかけてくる。
命令口調ではあるが、何処にも強制的なモノは感じられず、メーディエは言われるままに椅子に座り込んだ。重く感じた自分の体が椅子に支えられて、ほぉっと息が漏れる。
「お前さんはデミルスが今いくつになるのか知っておるかね?」
「え?年齢・・ですか?見た目はまだお若いですけど、もう随分なお歳の筈です。六百は超えていらっしゃるでしょうから、いつ急激な老いが来てもおかしくないかと」
何とか気持ちを持ち直したメーディエを横目にシタヤは立ち上がり、暖炉に歩みよって中に新しい薪を焚べていく。弱まりかけていた炎が少しずつ勢いを取り戻して赤々と燃え始めた。
温かい炎の光。一つ間違えれば身を滅ぼしかねないモノだというのに、今はそんな事を微塵も感じさせないどころか安らぎすら与えてくれる。
その安らぎと恐怖、破壊ともいうのか、これらは常に隣り合わせに存在するのだろう。
クロスもある意味で、そんな存在なのだと言える。
「あの子はな、デミルスの『次の身体』なんだ」
バチンと、大きな音を立てて燃える薪が割れた。
だが、メーディエの耳にその音は入ってこない。目に映る炎の赤が、血の赤に変わる。一瞬にして頭の中が、シタヤの言葉で埋め尽くされる。
「『核』の移動がそれを可能にするんだそうだ。こうすることによって身体はライティエットでも、中身はデミルスになる。だが条件があるようでな、移動先の身体は自分と同等以上の力を持つ血縁者でなくてはならないらしい。だからデミルスは賭けた、異種混合の『禁忌』によって巨大な力を持つ子どもが生まれることに。デミルスはその為だけにサァーラを犯したんだ」
何となく、分かった気がする。
自分とライティエットの出会いは偶然なんかじゃなかった。
何処からか誰かに、奴に、仕組まれた『必然』だったんだ。
そうでなければ、こんな偶然などあり得ない。
ライティエットが、自分と『同じ理由』で産まれてきた存在だったなんて。
自然と笑ってしまう。涙も一緒に流れ出てくる。嬉しいのか、悲しいのか、それさえも分からない。
ただ、今一つだけ思う事がある。
シタヤの、2人の過去話を聞き終わったらすぐ、ライティエットのところへ行こう。
思いを言葉という形にして、伝えに行こう。
その時以外ではきっと、伝えられないだろうから。
「続きを、話していただけますか?まだ終わりではないんですよね?」
シタヤは頷き、暖炉に凭れかかりながら話し始める。
誰も、気付かなかった。メーディエ自身も気付かなかった。
壊れた心の一部が少しだけーーー修復した事を。
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