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それから3日後の朝早く。
「・・・シタヤ、まだしっぽのブラシ、おわってない」
「もう充分して貰ったぞ?ほら見ろ、おかげでサラサラのツヤツヤだ!こりゃみんなに自慢してやらねぇとな!」
「でも、でもぉ・・・」
「クロス、シタヤを困らせないの、ね?」
「ぅ〜・・・シタヤ、はやくかえってきてね・・・」
「おぅ、教えた事、きっちりやっとけよ!」
「っうん!!」
「いってらっしゃい、シタヤ」
最後の仕事を終わらせてくる為にシタヤは家を出て行った。
短い3日間でクロスに基本的な剣の動きや体作りに必要なトレーニングを教え、更に木で作った剣を渡してから。
「ねぇ、かあさん。シタヤはいつかえってくるの?」
「2週間くらいで帰って来られるって言っていたわよ」
「にしゅうかんって、なんにち?」
「14日ね。クロスもそろそろ計算が出来るようになりましょうか」
「けいさん!がんばる!」
「ふふふ、シタヤが帰ってくるまでやる事がたくさんね」
「うん!!」
元気良く返事をしたクロスは貰ったばかりの木の剣を使って早速素振りを始めた。幼い子らしい辿々しい動きだったが、教えて貰った動作を忠実に守り、一生懸命に身体に覚え込ませている。
そうしてシタヤからの身体を使う課題と、サァーラからの読み書き計算の課題とを毎日続けたクロスは2週間の間外へ興味を示すことはなかったのだった。
時は過ぎて、念願の2週間後。
2人の元にシタヤから送られた伝達魔法の鳥が降り立った。
『 元気にしているか?
頼まれていた仕事が予定通りに終わった。
この魔法が届く日に、そっちに帰って来られると思う。
土産を楽しみにしててくれ シタヤ 』
手紙の言葉はシタヤらしく短い。
それでも2人にとっては伝達魔法が来ただけで充分だった。
もうすぐ会える、もうすぐ一緒に暮らせる。
それが分かっただけで、本当に嬉しかった。
サァーラはすぐにシタヤの為に料理を作り始め、クロスは日課となった筋力トレーニングと剣の動作をいつも以上に入念にこなしていった。
そんなクロスの日課が終わる頃、美味しそうな匂いが家の中に充満していた。
机の上には手の込んだサァーラ特製の料理がたくさん並んでいる。
数種類の焼き立てパン、彩り豊かなサラダ、トマトベースの煮込みスープ、香草を詰め込んで焼いた大きな鶏肉、サァーラ特製オリジナルソースとチーズをかけて焼いたピザ。それから果物のコンポートの瓶が出ているから、きっと竈門に入っているのはケーキだろう。
普段では絶対に見られない料理の数々にクロスは目を輝かせた。
「うわぁうわぁ!おいしそう!!かあさん、ちょっとたべていい?」
「ダメよ、シタヤと一緒に食べるんだからつまみ食いは禁止です」
「えー〜ーーーッ!・・・シタヤ、はやくかえってきてよぉ〜」
文句を言いつつもクロスはシタヤの帰りを大人しく待った。
空気が少し重く感じる夕刻。このまとわりつくような空気の感覚は雨が降る前の現象だ。
シタヤが帰って来る前に雨が降ってきたらどうしよう。そんなことを思い、雨の音にいち早く気付けるようにと目を閉じて耳を澄ませる。そうすれば色々な音がクロスの耳の中に流れ込んでくる。
サァーラが何か包丁で切っている音。
竈門で燃える木が小さく弾ける音。
鍋の中のスープが煮たって沸騰する音。
外で吹く風が木の葉を揺らしている音。
そして、遠くから微かに聞こえる、子どものはしゃぐ笑い声。
この声が聞こえてきた瞬間、心の奥底にしまい込んでいた筈の感情が、無理矢理蓋をこじ開けて出て来るのを感じた。
『外に出たい、外の世界を見てみたい』
『欲望』という名の病魔が、少しずつ、少しずつ、クロスの心に染み込んで、身体の隅々まで侵していく。
感覚が異様に研ぎ澄まされ、見ていないのに、分かる。
サァーラは今、自分を見ていない。
いつも向けられている、自分を『視ている』感覚が、今日は無い。
今なら、外に出られる。
外の世界。自分の知らない世界。頑なに阻まれていた未知の世界。
それを今、見ることが出来る。
外に出れば、シタヤが帰って来ているのかどうかを確かめることが出来る。
外に出れば、家の扉を軽く押せば、自分の願いが全て叶う。
『 とびらをあけなよ。ちょっとでいいんだ。ひとめみて、すぐにしめてしまえばいい。
そうしたらわからないよ。かあさんにだって、ばれやしないよ 』
黒い自分が、ドロリとした甘い声で囁いて来る。
『 あけちゃダメだ!かあさんとシタヤとやくそくしたじゃないか!それをやぶるの?
やぶっちゃだめだ!とびらをあけてはダメだ!! 』
白い自分が、キツい口調で忠告してくる。
頭では分かっている。心は白い自分に同意している。
けれど身体は、心の声に逆らって、脳が出している命令に逆らって、木で作られた焦茶色の扉を、音を立てないようにゆっくり、ゆっくり、力を込めて押し開けていった。
『 ねぇ、かあさん。どうしてそとにでちゃダメなの? 』
『 魔族がいるからよ。親の言う事を聞かずに外に出て来てしまった子どもを食べてしまうの。だから、絶対に外に出ては駄目だからね 』
母の、サァーラの言葉が頭をぐるぐると渦巻くように駆け巡る。
何度も、何度も、キツく言い聞かされ続けてきた言葉。
『 外には、魔族がーーー 』
開いた扉の向こうから飛び込んできた光景。
生い茂る草に阻まれながらも、それでもクロスの目に飛び込んできた光景。
布と支え棒だけで作られた小さな出店の列。そこに並べられた食べ物や服、雑貨、装飾品。それらを売ろうと声を上げて活気付いた雰囲気を演出する店員。籠を持ち、店を行き交い話をする老若男女。石や切り株を椅子がわりにして楽しげに話す人。家や店、人の隙間を迷路のように利用してはしゃぎ追いかけ回る子ども達。
見たことの無い、薄闇の中でも光を持った世界。
クロスが想像していた魔族の姿など、何処にも見当たらない。
魔族の姿なんて、何処にもーーー
「ま、魔族だ!!」
誰かが、叫んだ。
叫び声に反応して、クロスも一生懸命辺りを見渡す。
しかし、魔族は何処にもいない。だが人々は『魔族』という言葉を口々に叫び、どんどん広げていった。
「魔族め!ここから出ていけ!」
言葉と同時に、クロスの額に痛みが走った。
真っ赤に染まった液体が痛みと共にじわじわと滲み出て来る。
側に転がり落ちたのは硬い小さな石。この石が、自分に向かって投げられたのだと、すぐには理解出来なかった。
頭の中が、真っ白になっていく。
もしかして、『魔族』と呼ばれているのはーーーーー自分?
『 お前の背中からは黒い翼が生えているし、耳の上からは角も生えている 』
何も考えられなくなった脳内に、低い、地底から湧き出たような声が響き渡る。
『 お前の右眼は、鮮やかな金色に輝いているのだよ 』
ちがう、ちがう、ちがう・・・。
『 お前は、黒き有翼族、魔族の子どもなのだよ 』
「ちがう!!ぼくは『まぞく』じゃない!!」
大好きな母とシタヤを、この大陸の人々を苦しめ続けている魔族。自分がそれの子どもであるはずが無い。
けれどクロスの悲痛な叫びが村人に届くことは無く、大量の石や木が、クロスの頭上に雨となって降ってこようとしていた。
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