5-2
「白金ランクのみの緊急召集命令?」
2通の手紙を受け取ってすぐ、ライティエットは『目的地が変わった』と言って野営の片付けを始めた。それを手伝いながら、メーディエは手紙の内容を聞かされる。
「あぁ」
「それは、なんて言うんだっけ・・・定期連絡?報告?ではなく?」
「違うな。大体ハンターは常に定期連絡をしているようなものだし」
「あ、そっか。ギルドに討伐の報告をしてるものね」
納得してポンッと手を叩くが、すぐにまたメーディエは首を傾げた。
決まった場所に定住する事なく、常に大陸中をまわって魔族やモンスターと戦い続ける白金ランク。それをわざわざ一ヶ所に呼び集める理由が全く分からなかったのだ。
「じゃぁ今回は本当に異例ってこと?」
「そうだな。昔は知らんが、俺が白金ランクになってからは一度も無い」
「そう・・・一体何があったのかしら」
「・・・」
「伝達魔法には書いてなかったの?」
「何も。ただ『至急集まれ』と。だが、理由は分かっている」
「え?そうなの?」
驚くメーディエを尻目にライティエットは亜空間収納から一本の巻物を取り出す。広げて見せられたそれには歪な菱形のような形をした大地が描かれていた。フェスティア大陸全土を描いた地図だ。
ライティエットが先ず指さしたのは現在地。それから今回の集合指定場所であるフェスティア大陸の北、四大中心都市の一つであり、風の精霊が守護する街『シルビス』。
指の動きを見てシルビスが此処から随分と近いと分かるが、ルートで言えば戻る方向だ。
そこで、メーディエも気付く。
「・・ルー、フェン・・・」
北の地をテリトリーにしていたルーフェンの城が近い。
シルビスはあの戦闘後、メーディエの状態から町には入れないと避けた場所の一つだったのだ。
「奴の城が崩壊しているのを師匠が発見した。そこで残留する魔力の中から俺の魔力を読み取ったみたいだ、あの人はそういうのが得意だから」
「お師匠様からのお手紙にはそのことが?」
「あぁ。ギルドに報告していなかったから、上の連中は俺が討伐中に死んだのか、ルーフェンが違う地に移ったのか、あれこれ考えているんだろう。場合によっては高ランカーを集合させての大調査が必要になる。今回の召集はその為の会議と生存確認ってところだ」
長々と説明しているが、実際師匠の手紙には『生きてるか!?』の一文のみしかなかった。
だが師匠がここまで慌て、更に同じタイミングでギルドから北の地で召集がかけられたとなれば理由は自ずと推測出来る。
「心配せずともお前の事を言うつもりはない。ずっと療養していたから報告が遅れた、と伝達魔法でも言っておく」
「・・・確かに、それなら嘘じゃないわね。・・・ありがとう」
先程までと違って申し訳なさそうにするメーディエにライティエットは心中で舌打ちした。
せっかく彼女の調子が戻って来たと言うのに、ギルドは余計な事をしてくれる。黙っていても良かったが白金ランカーが集まる街に行くのだ。メーディエ自身がしっかり警戒していなければ最悪、街中で襲われかねない。
さっさと報告しておけば良かった、と後悔しても遅い。
とりあえず今はシルビスの街でギルドから最も離れた門と宿は何処だったか。ライティエットはそれを思い出す事に専念した。
◆◆◆
「空の風が、すごい・・・なんて大きな渦なの!」
手紙を受け取ってから2日後、2人は北の街シルビスに到着した。
メーディエは到着前から見えていた上空の様子に声をあげていたが、街中に入ってもその興奮が治らない。
「話には聞いていたけど、こうして間近で見ると圧巻ね!」
「シルビスは元々この風と高山による天然要塞で守られていた。師匠も大陸で1番被害が少なかったと言っていたな」
「そうなのね。本当、すごいわ!」
シルビスは周囲を切り立った山で囲まれた街で、外壁の一部に絶壁の山肌を利用させてもらっている。高い峰から吹き下ろされる風とその峰を吹き上がろうとする平地からの風がぶつかり合い、それが上空で不規則な気流の結界となって魔族の襲撃を妨ぐ。
もちろんの事ながら風の精霊の守護と結界により街中でこの荒れ狂う風の影響を受ける事はない。シルビスは最も強固で最も結界の形が分かる街として有名なのである。
「ところで、ここまで来るのに時間がかかってしまったけど大丈夫?他の人達はギルドの転移魔法陣で来るんでしょう。待たせてしまってないかしら?」
「あぁ、すぐ町に着ける所にいる方が稀な連中だ。問題無いだろう」
「なら良かった」
「それより、場合によっては数日篭ってもらう事になる・・・悪いな」
「ライの所為じゃないんだから気にしなーー・・?」
「どうした?」
急に言葉を止め、メーディエは辺りを見渡す。特に異変を感じていなかったライティエットはその様子に首を傾げた。
「何だか、視線が・・・」
「視線?・・・あぁ」
視線と聞いて何かに気付いたのか、ライティエットはそれはそれはどデカいため息を吐き出した。
「ら、ライ?」
「一瞬待ってろ」
「え?」
そう言ってライティエットは肉体強化魔法を使ってあっという間にメーディエの前から消えてしまった。
街中で全力の肉体強化魔法!?と、メーディエが驚く間もなく、少し離れた場所から大きな音が響いてくる。
ドガッ!とかバギッ!とかゴロゴロガッシャーンッ!!とかホギョァァ!!!!とか・・・。
「え?え?」
何が何だか全く分からずぽかんとしているメーディエの元にライティエットが何事もなかった様に戻って来た。
「あだだダダダだッ!?!!みっ、耳!耳離さんか!!」
「すまん、待たせた」
「無視!?ワシ完全無視っ!?」
頭の獣耳を引っ張られた大男を連れて。
一目見て、その男が誰なのか分かった。
ライティエットよりも高い身長にがっしりとした筋肉質な体。明るいオレンジ色の瞳に特徴的な赤銅色のオオカミの耳と尻尾。獣人とドワーフのハーフ、ハンターギルド創立メンバーの1人にして、齢100を超えた今でも現役のハンターを続ける強者。高位魔族の討伐数は何と200体以上。
まさに生きる伝説、最古にして最長の白金ランカーであり、ライティエットの師匠。
『シタヤ・グレス』。
「いたいいたい!!千切れる〜ーっ!!?」
「うるさい。メーディエ、視線の犯人はコレだ」
「コレ?!コレは酷いだろ!!ちゃんと紹介せんか!」
「・・・」
「今面倒くさいって言ったな!?めっちゃくちゃ小声で言ったよな!?」
そうか、コレが・・・。
ライティエットに耳引っ張られて涙目になってきゃんきゃん文句を言っているのが全ハンター憧れの最強ハンター、シタヤか・・・そっかぁ。
何とも言えない気持ちで眺めていたメーディエだったが、このままだと何も進まない気がして話しかけた。
「えっとあの、初めまして、メーディエと言います。今ライティエットと旅をさせてもらっています」
「おぉ!この粗忽者と違ってなんと礼儀正しいお嬢ちゃんよ!こやつの師匠のシタヤ・グレスだ、よろしく頼むぞ!」
ニッカリと笑って握手を求めてくるシタヤにメーディエは応えて手を差し出した。握ってくる手は岩の様に固くゴツゴツしているけれど温かい。
その温もりに泣きそうになるのを、メーディエは堪えた。
あぁ、本当にライティエットが言っていた通りだ。
この人は自分が『魔族』だと気付いている。気付いていて、普通に接してくれている。
そんな人はライティエットだけだと思っていた。それこそシタヤは魔族がこの大陸を蹂躙していたまさにその場面を見ている筈なのに・・・。
『師匠には魔族の友人がいたらしい。大陸襲撃を望まない者がいたと・・・だから魔族ってだけで全員敵だと判断する人じゃないんだ』
あまり口数が多くないライティエットが僅かに饒舌になるのはシタヤの話題の時だけ。
彼の事を話すライティエットは、いつも誇らしげで、寂しそうで、
「で?なんでストーカー紛いなことをしてたんだ。しかも俺が気付かない様にとか無駄に器用なことまでして」
「いやぁ、お前さんの無事な姿を見つけて良かったーっ!て思っとったら、こぉんな可愛いお嬢ちゃんと仲良く歩いとるじゃないか!コレはもしや嫁か!?と思ってどんな娘なのかを見極めようとだな」
「よ、嫁!?」
「師匠・・・・・ーー煮られるのと焼かれるの、どちらが好みだ?」
「過去一爽やかな笑みを浮かべて言う台詞がソレっ!!?」
「あぁ、先ず刻まないとな。無駄にデカいし」
「だからキラキラ笑顔で言う台詞じゃないってば!!」
「待てライ!!話せば、話せば分かるから剣をホギャァァ〜ーーッ!?!!?」
とても、楽しそうなのだ。
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