『シークレット・スパイダー』 破
発掘品売却の帰りに襲撃を受けた琉。何とハロゲニアに、メンシェ教徒が会議のために集結しつつあったのである!
カレッタ号の階段を降りる二つの影。両者とも黒いダッフルコートに身を包み、サングラスを掛け、更にハットを被ることで素性を隠している。うち1人が懐から取り出した棒をかざすと、階段は格納されていった。
「良いか、今回はあえてアードラーを使わずに行く。水上タクシーを使おうか。そして何より……周りは見えるかい?」
懐に棒状のアイテムをしまいつつ、一人が聞いた。若干高めの男性の声をしており、浅黒い肌に赤いスカーフ、短めの髪に筋肉質な体つきが特徴である。
「大丈夫よ、問題ない。行こう」
もう一人が答えた。こちらは先程の人とは対照的に妖艶な女性の声である。長いブルネットの髪に、服の上からも分かる見事な曲線美を描く体つき。さらにその黒ずくめの格好が、彼女の透き通るような白い肌を引き立てていた。
水路に向かう二人。何隻かの小船が、そこには停まっている。うち一隻に二人は乗り込むと男の方が携帯電話を取り出し、地図を表示すると船頭に見せながらこう言った。
「この地点まで頼む。いくらだい?」
「えーとどれどれ……。はいはい、300チャリンね」
船の座席に腰を下ろす二人。辺りを見渡すと、所々にローブを着込んだ集団が歩いているのが確認出来る。どれもこれもある地点を目指しているのだろうか。
「……琉、この風向きなら何とか出来そうよ」
「……よし、周りの目には気を付けるんだ、良いね。しかしロッサ、こんなんよく思いついたなぁ」
この前日のことである。メンシェ教徒集結という未曽有の危機に立たされた琉達一行。しかしこれは同時に、敵の内部を探る格好の機会でもあったのだ。
「ロッサ? ……良いだろう、言ってみなさい」
このことに関し、ロッサはある妙案を思いついたのだった。
「良い? これを使おうかと思うんだけど……」
ロッサが掌を開くと、そこには小さな蜘蛛が乗っていた。
「なるほど、分身蜘蛛を忍び込ませようって魂胆か。確かに蜘蛛だったら通気ダクトでも何でも通り放題だし、いざ見つかってもそれほど警戒はされないしな。しかし問題はどうやってコイツを忍びこませるか、だね」
「それならまかせて。アラニギンの襲撃覚えてる? あのやり方をマネしようかと思うの。つまり風を読んで、ある程度離れた場所から蜘蛛を流せば……」
風向きや風速は常に、琉の携帯電話のアプリで確認することが出来る。船乗りにとってこの二つは非常に重要な情報だからだ。琉は常にこれを確認しており、その様子をロッサは常に見ていたのである。
「場所が離れているだけに警戒される心配も減る……なるほど、よく考えた! しかし蜘蛛ってコントロールは効くのかい?」
「大丈夫、アレはわたしの意思でどんな動きでも出来るから。とにかくこれを潜り込ませたら会議の内容と幹部達の顔を覚えさせて、後はカレッタ号まで戻ってこさせれば……」
「完璧! ってワケだね。よし、場所が特定できてるなら今日の所は休もうか」
「……でも琉、何でこんな黒ずくめの格好をしなくちゃいけないの? それにこの眼鏡、なんだか周りが暗くて見えにくいよー!」
小舟の上。ロッサは琉に小声で聞いた。
「……だって俺もロッサも、大体いつも同じ格好だろ? 流石にバレるって。それにロッサ、君の場合は目の色でバレるよ。しかし色を変えたら周りが見えなくなったじゃん?」
ヴァリアブールの特徴として、その燃えるように赤い目というモノがある。その目はよく見ると奥がぼぉっと光っており、4種族のモノとは明らかに違うモノであった。しかしこの目、色を変えると何故か視力を失ってしまうという特徴を持っていたのである。
「それにロッサ、あまり大声出すな。さっきから船頭がチラチラとこっち見てる、もしメンシェの手の者なら大変なことに……」
「……お二人さん」
「ギクゥッ!?」
船頭に声を掛けられた二人。琉とロッサに電流走る。
「お二人さん、昼間っからそんな黒ずくめの格好して何処に行くんだい? ……あ、聞かない方が良かったかな?」
「あ、まぁ、その……そうだ」
「そうかいそうかい……おれも何組か見送って来たからな、何となく事情は掴めるぜ。にしても若いって良いねぇ~!」
人目をはばかるようにサングラスを掛け、帽子を被り、小舟にひっそりと乗り込む若き男女。そのためか、第三者である船頭にはあらぬ勘違いをされてしまったようだ。
「まぁとにかく、アンタ達のことは黙っておいてやるからな。ひとまず目的地だぜぃ」
「……ありがとう。それでは」
琉とロッサが向かったのは、ちょっとした喫茶店であった。いつもならカウンター席に移動する所なのだが、今回は奥の席に移動する二人。コーヒーだけを頼み、少しすすると二人は目を合わせ、うなずいた。
「トイレに行って来る」
「おう」
それだけ言って、ロッサは席を立つ。トイレに向かい、他に誰も来ていないことを確認すると、そっと窓の鍵を開けた。外の様子も確認すると、ロッサはその手から小さな蜘蛛を6匹放ち、素早く窓を閉めた。
「放って来たわ」
「よし、帰るぞ」
外に出た二人。店の外壁を、6匹の蜘蛛がぞろぞろと這い上っている。そして屋根に到達すると一定の方向に集合し、一斉に糸を放って宙に浮いた。
「あとは戻って来るのを待つだけね……」
「うむ……無事に帰ってこれれば良いんだが」
宙を舞う蜘蛛達。やがて蜘蛛達は、ある建物の屋根に辿り着く。屋根から下を見下ろすと、そこにはローブのフードを深く被ったヒト達が次々に入り込んでいた。蜘蛛達は壁を伝って建物に入り込み、天井を這って内部に侵入して行く。
通気ダクトの入り口がある。蜘蛛のうち2匹が、ダクトに脚を踏み入れた。残りの4匹が引き続き天井を行く。ローブの集団は部屋に入り込むと、蜘蛛もそれに続いた。部屋にはいくつかの絵画が飾ってある。そのウチの一つをおもむろに掴むと、ダイヤルのようにガラガラと回し始めた。すると何ということだろう。その隣の部分の壁が開き、地下への階段が出現したのである。
「さ、こちらへどうぞ」
「うむ」
重役と思われる派手なローブを着た男を連れて、一行は地下へと向かう。ちゃっかりと着いて行く蜘蛛達に、彼らは気付く様子がない。隠された螺旋階段を、メンシェ教徒達は粛々と降りてゆく。所々に灯された蝋燭が、地下の闇を照らすと同時に不気味な雰囲気を醸し出していた。
ギィ……
螺旋階段を降り切った所にある、重い扉が開かれる。そこには巨大な円卓と、所々に火の点った蝋燭が並び立つ何とも不気味な光景が広がっていたのであった。既に円卓に、何人かの人物が座っている。
「うむ来たか、ビショップ・テンタクル」
「皆様、早くもお揃いで……。あとはあの男一人……何、すぐに到着するでありましょう。最も、まだその時刻ではありませんが」
蜘蛛達は天井から彼らを見た。今現在円卓に座っているのは九人。豪奢なローブに身を包んでいるのは、今入ったテンタクル一人であった。開いてるイスは四つ、どうやら二人欠員がいるらしい。
「しかしこの数か月でゴライアスとワインダーが捕まるとはな……。野心家であったワインダーはまだしも、比較的穏健派であったゴライアスは何故あのような目に合ったのだ?」
「話によれば、かの“異端者”による襲撃を受けたという。それも、特に目立ったことをしてないにも関わらず、だ」
「いや、ゴライアスは“悪魔の瞳”を手中にしていたと聞く。ヤツの目的はそれだったやもしれぬな」
密室のせいか声がよく響く。話している内容は、どうもその欠員と、その原因となったある人物のことのようだった。
「だとすればそれで悪魔は力を得てしまったと考えられるな、何とも厄介なことになったモノよ……。しかし教団員達は何をやっておるのだ! たかがあの男一人に、何を手こずっておる!!」
「落ち着きなさい。あの男は仮にもラング装者、我々の忌み嫌う“選ばれし者”なのです。手こずるのは当然のこと……」
「ビショップ・テンタクルの言う通りだ。今我々がすべきは責任のなすりつけ合いではない。いかに我々の理想とする世界を創り上げるか、そのためにいかに我々にとって障害となる存在を退けるか。まずはそこからであろう。我々が何のためにここに集まったか、今一度考えてみるが良い」
蜘蛛達に盗み聞きされてるなどとはつゆ知らず、集まった信者達は話を始めた。内容からして、現状に対する策を練っている。すると、扉が再び大きな音を立てて開き始めたのだった。途端に集まる蜘蛛達の視線。
「来たか、ビショップ・ドラッケンよ」
「おお、すでにお揃いでありましたか。後は我らが教祖が席に着くのみ……しかし前回の会議から半年で欠員が二人も出てしまうとはな……」
豪奢なローブを着た男が、この薄暗い部屋に入って来た。重く響き渡る低い声、ローブ越しでも分かる筋骨隆々とした体型。いかにもな猛者である。
『揃いましたかな、皆の衆』
ドラッケンが席に着いた。それと同時に、部屋に不気味な声が響き渡る。席に着いた教団員達の仮面の下からのぞく口元が、更に引き締まった表情と化した。
『大切な同胞が二人欠けてしまったのが悔やまれるが、そんな今こそ我々が団結せねばならん。では、揃った所で私も席に着くこととしよう……』
ロッサの分身が暴くメンシェ教徒の実態と目的。果たしてそれは何なのか、物語は今、加速する!!




