21 弔問
鄙びた住宅街の細い道を、少し前を歩く白川の背中を眺めながら付いて行った。路地の突き当りを右に折れると、用水路を跨いだ先に、二階建ての集合住宅が見えた。
「緑ハイツ102号室。一階の真ん中の部屋。一は基本的に見守ってくれていればいいけど、私は山本梓だから間違えないでね」
白川は囁くように言った。
ドアブザーを鳴らすと、返事の後にドアが開いて、中から穏やかな表情をした女性が姿を現した。恐らく電話に応じた木田恵の母親なのだろう。
「あなたが山本さんで、そちらがお友だちの佐藤君ね。今日は遠い所まで来てくれてありがとう。狭い部屋だけど遠慮無く上がって」
ドアと同じ幅の三和土で靴を脱ぎ、白川の後に続いて廊下に足を踏み入れた。
左側に洗面台とユニットバス。奥に小ぢんまりとした居間があり、左隅の奥まったスペースに小さな仏壇があった。
「普段恵の写真は仕舞ってあるんだけど、昔の面影を思い出してほしくて出して来たの。今日は来てくれて本当にありがとう」
木田恵の母親は少し離れた場所で腰を下ろし、白川の横顔をじっと見つめていた。
白川は一礼して、木田恵の遺影に視線を合わせた。火をつけた線香を香炉にそっと寝かせて置いた。静かに両手を合わせて、しっかりと自分の思いを伝えている様子だった。
白川はおもむろに腰を上げ後ろに下がった。俺は白川の作法をそのまま真似て、木田恵に線香を上げた。もちろん顔も合わせた事が無い赤の他人だったが、もし茶封筒の自作自演の報復の犠牲になっていたとしたら同情したくなる。
俺は真相の究明を心に誓って、静かに手を合わせた。
「今日は無理を言って押しかけて来て、本当にすみませんでした」
白川は正座したまま、母親に深くお辞儀をして言った。俺も合わせるように頭を下げた。
木田恵の母親は、立ち上がって玄関へ向かおうとした白川を呼び止めた。
「あなたは、本当は恵と同じクラスにいた白川さんでしょう? すごく印象的な子だったから、よく覚えているわ」
白川は振り向きもせず、無言で上がり框に座って靴を履いた。
「あなたが恵の不幸を知って、ここへ来てくれた事は素直に嬉しい。でも、なぜ嘘の名前を使ってやって来たの? 何か理由があるんじゃないの?
恵は何の書き置きも残さず、学校の屋上から転落して死んでいた。真新しい制服や文房具を買って、中学入学を楽しみにしていたのに。あの子の死因が事故か自殺か未だに分からないのよ。お願い、何か知っていたらわたしに教えてほしいの。お願い! 白川さん!」
木田恵の母親は白川の背中に縋りついて、泣き崩れていた。
白川は心を落ち着かせるようにゆっくりと深呼吸をした後、振り向いて言った。
「今日は恵さんの不幸を知って、素直に弔いに来ただけなんです。確かに偽名を使い、同窓会の企画というのも出鱈目な嘘でしたが」
「取り乱してごめんなさいね。でも、本当にどうしてそんな嘘を?」
母親は少し落ち着きを取り戻し、袖で涙を拭いた。
「恵さんの遺品は残っていますか?」
白川は母親の問いには答えず、逆に問い返した。
「部屋も遺品も、ずっとあの子がいなくなった日のままよ。毎日欠かさず掃除はしているけど」
「私の交換条件を受けていただけるのなら、話せる範囲で嘘をついた理由を打ち明けます」
白川はそう言った後、俺と目で合図を交わした。




