01
ディンラント王国の東部には、アロウグロース辺境伯領がある。
その領都シゲルオセルは古くから王国とプロシリア共和国の交易路として栄えた土地だ。
ゴッドフリーお爺ちゃんの楽器工房もあるし、アードキル伯父さんたちも住んでいる。
大きな城塞都市だけれど古い町並みが残っていて、建物に比べて緑が多い気がする。
シゲルオセルの周辺には多くの遺跡があることで知られていて、古くから観光目的で訪ねる者も多いそうだ。
以前アルラ姉さんが教えてくれたんですが。
さらにこの領都には、特徴となる施設があり、それもまた多くの観光客を集めていた。
それは温泉だ。
あたしはつい最近まで知らなかったのだけれども。
日本の記憶では温泉といえば、裸で湯船に浸かって疲れを癒すイメージが強いと思う。
シゲルオセルの温泉も疲れを癒すという湯治が目的で発達したけれど、どちらかといえば温水プールという形で完成した。
そしていまあたしは学院の夏休みに、アードキル伯父さんちの従姉二人と共にその温水プールを訪ねていた。
温水プールといっても日本の記憶にある競泳コースみたいなものでは無くて、欧風の大浴場のような建築になっている。
プールなので、利用者はみんな水着を着て混浴ですが。
水着とは言っても濃い色のハーフパンツで、女性は上半身に濃い色のTシャツを着込んでいた。
そのプールサイドのテーブル席にあたし達は陣取り、のんびりと過ごしている。
でもあたしには、今こそ達成すべき目標があるのですよ。
「ああ、どれだけこの瞬間を待ったのかしら……っ!」
あたしの手の中には魔法でキンキンに冷やしたジョッキがある。
そしてその中には、かねてからの計画のために用意された至高の一杯が注がれている。
あたしは直立不動で左手を腰に当て、右手でグイっと飲み込む。
「ゴク、ゴク、ゴク、ゴク、ゴク、ぷはぁあああああ。コーヒー牛乳最高!!」
「それってミルクブリューコーヒーよね?」
あたしに声を掛けたのは、エリン姉さんだ。
二歳年上で、学院でいえばジェイクやアイリスと同学年だったと思う。
エリン姉さんはシゲルオセルの学校に通っているけれど。
「ケイラ姉さんほどではないけれど、ウィンちゃんはちょっとおかしいわよ」
「ふむ、ウィンは確かに今オッサン臭かったが、エリンは私がおかしいというのか? それはもしや、この“異界の観察者”たる私を恐れているのね?」
さりげなくオッサン呼ばわりされたけれどひどいです。
でもあたしは後悔してないけどさ。
むしろいまは達成感で大抵のことは許せそうな気がする。
そう思いながらジョッキをテーブルの上に置いて、エリン姉さんとケイラ姉さんのやり取りを伺う。
「恐れてるのは外聞よ姉さん? ホントにどうしてこんな妙な性格になっちゃったのかしら」
そういえば『赤の深淵』の騒動のときに、ケイラ姉さんはもっと妙な言動だった気がするんだよな。
「呪いなら教会じゃ無いかしらエリン姉さん」
「ウィンちゃんもそう思うでしょう? お父さんがそのうち飽きるでしょうってそのままなのよ」
まあアードキル伯父さんがそう言う以上、魔法による鑑定とかで呪いじゃあ無いのは調べてあるんだろう。
そう思ってあたしはジョッキを魔法でキレイにしてから【収納】に仕舞った。
あたしがジョッキを片付けると、ケイラ姉さんが告げる。
「それはそうとウィン、私が『聖地』を訪ねたときの真相を話してくれるのではなかったの?」
姉さんが言っている『聖地』とは、王都の中央広場のことだ。
あたしが夏休みにシゲルオセルを訪ねたのは、サラやニナに誘われてプロシリア共和国の首都ルーモンを訪ねるためだ。
その旅程で寄ることにしたのだけれど、あたしの顔を見たケイラ姉さんがあの時の話をするように迫ってきた。
ちなみにキャリルも同行しているけれど、彼女は母方のお爺さまであるアロウグロース辺境伯閣下に会いに行っている。
ジューンはディアーナとプリシラに誘われて、魔道具科がある北の辺境伯領の王立学校に見学に向かった。
「それとも、私には話せない“深い闇”でもあるのかな?」
ケイラ姉さんはシゲルオセルに戻った後に、アードキル伯父さん経由であたしがフリズ救出作戦に加わっていた話を聞いたようだ。
「ええと、そうね。真相か……。話せることと駄目なこともあるけど、まずは大まかな話から説明するわね。エリン姉さんとかはイメージできないかもだし」
そう言いながらあたしは風魔法で周囲を防音にする。
「ウィンちゃんは、秘密を独占するなんてズルいわよ」
エリン姉さんはそう言うけれど、茶化している感じだろうか。
あたしとしてはべつにズルしてるつもりは無いんですよ。
ただガチ目に色々と、神さまも関わる面倒なことに巻き込まれただけであって。
「でも順番に話すわよ。そもそもの発端は王都が魔神さまの聖地になったことで、共和国の秘密組織が反応したことがきっかけなの――」
そうしてあたしは王都で『赤の深淵』が活動していた話をした。
エリン姉さんはマジメな顔をして聞いてくれたけれど、ケイラ姉さんは『骨ゴーレム』の話が出た辺りから鼻息荒く細かく質問していた。
微妙に言動が怪しい上に人骨が使われたことにキレ気味で、ちょっと怖かったです。
あたしが一通り説明したところで、姉さん達は二人ともマジメな顔をしていた。
「なるほど、元々は『白の衝撃』が切っ掛けだったのね」
「この両勢力を影で動かした、真の支配者は私が暴かなければならないわね! 人骨を道具にするなんて許せるわけないわ。我が忌み名である『化異羅』が、奴らを仕留めろと促すのよっ! アハハハハハ!」
防音にしてるけれど、色々キツいです。
いちおう最低限はツッコんでおくか。
「ケイラ姉さんは革細工職人見習いの仕事があるでしょう?」
姉さんはイエナ姉さんの一歳年上で、すでにシゲルオセルにある学校を卒業している。
見習いとして働いているらしいけれども、こちらに来て作品を見せてもらったら普通に店で売ってそうな品質で驚いた。
「まあ“世を忍ぶ仮の姿”は大切なのよ」
たしかに月輪旅団はそういう活動方針だけれど、微妙にケイラ姉さんの言葉のニュアンスが違う気がしたのは気のせいなんだろうか。
なにやら『忌み名』とか言っているのが関係しているのかも知れないけれども、あたしは触れたく無いんですよ、うん。
「ウィンちゃんはやっぱりズルいわよ。ワタシも混ぜて欲しかったわ」
「エリン姉さんはまだ学校じゃない?」
姉さん達の母校はシゲルオセルにある王立学校だ。
名前はグレーネベオルグ創造学院で、芸術科と職人科があって、初等部と高等部に分かれている。
「創造学院って、筆記はともかく実技で通らないと、進級も卒業も出来ないのよね?」
たしか姉さん達の学校は、内申とかはホントに参考って話を聞いたことがある。
だから卒業生であるケイラ姉さんの作品のレベルが高いことには、納得したんだけれども。
「その辺は気合よウィンちゃん」
エリン姉さんはそう言って胸を張るけれど、姉さんは芸術科で専攻は彫刻とかじゃあ無かっただろうか。
彫刻が気合とかは、分かるような分からないような気がする。
あたしが思わず日本の記憶で運慶の仏像を思い出したりしていると、ケイラ姉さんが口を開く。
「『赤の深淵』の騒動の後も色々あったのよね? その話もしてくれるかしら?」
そう言って姉さんが怪しい笑みを浮かべた。
確かにこの半年で色々あった気がする。
むしろ、冷静になるまでもなく色々巻き込まれ過ぎなんじゃないだろうか。
「ちょっと頭のなかを整理したいから、日向ぼっこしていいかしら?」
「それじゃあ猫じゃないウィンちゃん」
エリン姉さんがそう言ってケラケラと笑う。
「別にいいじゃない」
と言っても、どこから話したものやら。
けっきょく順番に話すのが一番ラクだろうか。
「それじゃあ、王都地下遺跡調査の話から始めるわ」
あたしの言葉に姉さん達は顔色を変える。
「まさかウィンちゃん、あの話にも噛んでたの?」
「さすがだウィン私の弟子なだけはある!」
エリン姉さんは素直に驚き、ケイラ姉さんは納得したように頷いた。
「いつ弟子になったのよ……。そもそもあの調査はルークスケイル記念学院のマーヴィン学長の肝いりの調査だったのよ――」
それにしても、他にも面倒ごとに関係したのをどこまで話していいものやら。
学院や、王都の騒動、そして竜の話。
あたしはこれまでのことを思い出し始めた。
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