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06.あたしに何かしましたか


 ニナと『生ハムの揚げピザ』の屋台を探し始めたけれど、最初に向かった方向にはそれらしきものは見つからなかった。


 そのまま附属病院前の門に戻り、別の方向に歩き始める。


「人は多いけれど平和ね」


「そうじゃのう。巡礼客は基本的に真面目な魔神さまの信者じゃろうし、良からぬ輩は商業地区や花街の方で活動すると思うのじゃ」


「それはそうか。商売をしている地区の方が、お金を持ち歩いている人が多いわよね」


「そういうことなのじゃ」


 あたしが王都で暮らし始めたころに比べて、獣人の人たちが増えている気がする。


 王都の拡張計画は動いているから、新市街が出来始めれば人の流れも変わるとは思うのだけれども。


「これだけ獣人の人たちが多いと、共和国に来たみたいね」


「そのようじゃのう。ウィンは行ったことが無いとのことじゃったが、そのうち訪ねると良いのじゃ。食べることが好きじゃったら、共和国は気に入ると思うのじゃ」


 そう言われたら否定できないんだよな。


 共和国料理って地球の記憶でいうイタリア料理みたいな感じだし。


「そういえばニナはマホロバ料理も好きよね? 本場に食べに行ったことがあるの?」


「違うのじゃ。それも楽しそうじゃが、妾の地元に食道楽の者がおるのじゃ。そ奴が食堂を開いておっての、気分に任せて共和国では食べられないものを披露してくれるのじゃ」


「あー、それは羨ましいわね」


 あたしとしては本気で羨ましい気がする。


「パールス帝国のケバブや、ダルマ国のカリー料理、春江国(しゅんこうこく)のラーメンという麺料理やジャンというソースを使った炒め物も味わったのじゃが……」


 いまサクッと極めて重要な情報を口走った気がするぞ。


 あたしがあまりの衝撃に足を止めて小刻みに震えながら立ち尽くしていると、ニナが振り返って問う。


「やはり妾には、共和国の料理とマホロバの料理があっているのじゃ。……どうしたのじゃウィン?」


「カリーとラーメンですって?! ニナは作れるのかしら?!」


 思わず反射的に問い、ゴクンと唾を飲み込んでしまった。


 不思議そうな表情でニナが応えるまでのその時間が、あたしにはひどく長い時間に感じられる。


「ムリじゃな」


「ですよねー。……そうカンタンに再現できないわよね」


 カリーというか、カレーのスパイスとか難しそうだよね。


 ラーメンも麺やスープを自家製で作るとなると大変そうだ。


 あたしが心底ガッカリしていると、ニナは微笑む。


「妾には料理の才は無いゆえ、共和国料理の簡単なものしか作れぬのう」


「あ、うん。ごめんね、勝手に盛り上がってガッカリしちゃってさ」


「構わぬのじゃ。ケバブやカリーやラーメンが気になるのじゃったら、共和国の首都ルーモンに行けば店もあると思うのじゃ」


「それはいつかいかなきゃいけないとおもいます」


 あたしがそう言って右拳を握り込むとニナは笑っていた。


 そしてあたしはいつかのルーモン遠征を心に誓ったのだった。




 しばらくニナとのんびり歩いていると、それらしき屋台が集まっている場所が見えてきた。


 大通りが少し開けて広場になっている。


 人通りも多いし、ここなら屋台もお客さんに困らないだろう。


 そして客が多いということは、病院からの脱走患者も紛れ込みやすいはずだ。


「あの広場じゃないかしら?」


「そうかも知れんのう。少々人が多すぎて、目的の屋台があるかはここからでは分からぬのじゃ」


 確かにちょっと雑然としているな。


 でもここじゃ無いなら引き返して探し直せばいいだけだし。


「もう少し近づいて確認しましょう」


「そうじゃな」


 あたし達が頷くと、横から男の人に声を掛けられた。


「あれぇ? お前さんはもしかして、デイブのとこの若いののウィンじゃねえか?」


 知らない声だったので眉をひそめつつ声の方に視線を向けると、そこには中年男性が居た。


 服装はくたびれた冒険者装備みたいな感じだけれど、よく見ると手入れが行き届いているのが分かる。


 中肉中背でふつうの中年のオジサンという感じだけれど、邪悪そうな感じはしない。


 ただ何というか、一見するだけでは商業地区辺りで客引きをしている人みたいな感じだろうか。


 人懐っこそうではあるんだけれど、威厳とかはちょっと無さそうかな。


 でもあたしの記憶には無い人だと思う。


「ええと、デイブの知り合いでしょうか? 済みませんがどなたですか?」


「ああごめんねえ、こうやって会うのは初めてか。俺はオーロン・フックっていう名前で、とある団体で苦情係をやってるオジサンさ」


 ちょっと待って欲しい。


 その名前は、冒険者ギルドディンラント王国ディンルーク支部支部長と同じな訳ですが。


 えー、この人か――思わずそう言いたくなる印象が、なぜかあたしの中に湧き上がる。


 でもそこで同時に妙な違和感を感じる。


 感覚的には、ひどく微細な魔力の流れだろうか。


 環境魔力ともちがう、強いていえば人間の気配のような、属性が含まれていない魔力の類いのような。


 その微細な魔力があたしに向かって流れた気がした。


 そしてニナには流れなかったような気がする。


「ええと、いまあたしに何かしましたか?」


「え゛? 俺が? ……カンベンしてよ、ただでさえオジサンは自分の彼女と歳の差カップルなのよ。レイチェルからはロリコンとか言われてるのに、お嬢ちゃんだと冗談じゃすまなくなってくるからさ」


 いや、そういう意味じゃない。


 あたしは思わず脱力した。


「言うつもりがないならいいですけど……」


 思わずじっとオーロンの所作や気配を観察する。


 自然体なのは間違いないのだけれど、何をどう仕掛けても初撃は対応される気がする。


 それに気が付くと、段々あたしの中でこの人への違和感が強くなっていく。


 本当にこの人がオーロン本人かは確証が持てないけれど、ある意味でゴッドフリーお爺ちゃんと同格以上の実力を秘めているような気配を感じる。


「あなた……、いったい何者ですか……?」


「俺? もう自己紹介したけど、そっか。確かに自称でギルマスは信用できないねえ」


 そう言ってオーロンは無詠唱で手の中に冒険者登録証を取り出して、あたしとニナに示した。


 そこには彼のフルネームと冒険者ランクが書いてあり、ランクはS+が記されている。


 気軽な感じで示してくるけれど、普通は驚くところなんだよな。


「何なら【鑑定(アプレイザル)】で調べていいからね」


「ならば失礼するのじゃ」


 あたしが当惑する間にニナがひと言告げて魔力が走る。


 無詠唱で鑑定の魔法を使ったのだろうけれど、躊躇しなかったな。


「ふむ、登録証は本物のようじゃの。お主の簡単に読んだ(、、、、、、)ステータス情報もギルドマスターで間違いないようじゃな」


「はー……。失礼しました。いつもお世話になっています。ウィン・ヒースアイルです。彼女は学院のクラスメイトでニナといいます」


「よろしくねえ」


 あたしの言葉に嬉しそうに笑みを浮かべ、気軽な口調でオーロンは告げた。




 ただ者では無い気配であるとか、本物らしい冒険者登録証から判断して、どうやらオーロンは本人であるようだ。


 ニナも魔法で鑑定してくれたし。


「それで、よくあたしがウィンだって分かりましたね?」


「分かるさ、気配の感じが月転流(ムーンフェイズ)で、外見的特徴がデイブとかレイチェルから聞いていた通りだったのよ。そりゃ声をかけるでしょ」


「はあ……」


 そう言うオーロンの気配はよく分からないな。


 武に生きる人間にしては、妙に自然体過ぎる感じがする。


「冒険者として有望そうだし、そういう子が一人でも多く活躍してくれたら、オジサンラクが出来て嬉しいワケ」


 そう言いながら笑顔であたしを指さす。


 いや、そういう気持ちは分からなくはないのだけれど、そこはかとなくオーロンが求めるラクは、あたしのラクからしたら邪道な気がする。


 本人はべつに悪い人では無さそうなんだけどさ。


「それでギルドの支部長殿が、こんなところで何をしておったのじゃ?」


「ん? 今日は休日でしょ? 彼女と待ち合わせてデートの予定だったのを、気になる子を見かけちゃったのさ」


「そうじゃったか。彼女とはどんな娘なのじゃ?」


「すぐ来るけど、君らは学院生徒だし知ってる人だと思うなあ」


 何やらニナが怪訝そうに話しているけれど、微妙に知り合いっぽいような話し方をしている気がする。


 ニナのことだし、意外なところで知人という可能性もあるのか。


「ねえニナ、もしかしてオーロンさんと知り合いなの?」


「そうじゃな。それを説明するには、支部長殿の待ち合わせ相手が揃ってからにした方がいいと思うのじゃ」


 あたし達が話していると、そこに知っている人の気配が近づいてきて声を上げる。


「やあオーロンくんお待たせ。あれ? ニナくんにウィンくんじゃないか。おはよう」


 そう言って笑顔で挨拶して来たのは、魔道具研究会の顧問にしてマッドエンジニアのマーゴット先生だった。



挿絵(By みてみん)

ニナ イメージ画 (aipictors使用)




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