03.その前に冒険者になるよ
フィルに先導されてブライアーズ学園構内を歩いて移動していたレベッカ達は、とある建物を前にして足を止める。
そこは学園の食堂が入っている建物の前で、ちょっとした広場になっていた。
週末の光曜日の午後で、明日は休みということもある。
学園の生徒たちも何をして過ごすかを考えているのだろう、明るい表情を浮かべつつその広場を通り過ぎて食堂に出入りしていた。
「よし、ここで調べてみるのである」
「食堂の中には入らなくていいんだね先生?」
「問題無い、充分範囲内だからな」
そう言ってフィルは怪しい表情で笑う。
その笑顔と同時に、彼の気配に瞬間的にひどく精緻な地属性魔力の集積が起こり、直ぐにそれが消えたように感じられた。
「魔法を発動したんだね? 全く……、凄まじい隠密性だね……」
「我の魔力の動きを読んでそう言っているなら、貴様には十分な魔法の才があるなレベッカ! だが今はそれはいいか、ふむ」
二人のやり取りを、斥候部の男子生徒たちは気配をひそめて伺っていた。
ここまでのやり取りで、フィルの変人具合が彼らにも分かってきたということもある。
それに加えてフィルの研究室で、彼が地魔法の特級魔法である【粒圏】を使うことを聞いていた。
その発動が、レベッカが指摘しなければ見過ごすレベルだったことが大きい。
恐らくはフィルが無詠唱で【粒圏】を発動すれば、それを認識する前に自分たちが岩塊の一部になっていることを、男子生徒たちは想像した。
そこまで想像して、『ハラワタ』などという先ほどのレベッカの言葉の意味に彼らは思い至る。
レベッカ達の反応をよそに、フィルは既に周囲の魔力分布の把握を完了していた。
「……なるほど、小動物以下か。魔法で確かめんと普通は気にも止めんな」
「何か分かったのかい?」
「大方クモか何かか。まあいい。……気になる魔力は把握したから、このまま観察するぞ」
「ああ」
レベッカは何気なく応えるものの、フィルがどういう範囲をこの刹那に調べ上げたのかを全く把握できなかった。
半ば生返事をしてしまったため、自身の疑問をフィルに訊くかを迷っていると、フィルは口を開く。
「ところでレベッカ、貴様たちはグライフの道具は使いこなせそうか?」
突然の話題にレベッカは目を丸くしつつ、先ほどまでグライフから乗り方を習っていた自転車のことを思いだす。
「んー、ああ。大丈夫じゃないかとおもう。逆に先生たちが乗りこなせないのが不思議なんだが?」
レベッカがそう告げると、フィルは途端に怪訝そうな表情を浮かべる。
「いや、だがレベッカよ、車輪が二つしか無いのだぞ?」
「そうだね?」
「木の板を地面に挿すのでも無く、何も無いところに立てるのか? 平面を立てて使うとかありえんだろう?」
フィルがかなり大真面目な顔をして懸念を述べるのを見て、レベッカは思わず吹き出してしまう。
「ふふふ、でもフィル先生、あれはタイヤを履いているし、完全な平面ってワケじゃ無いと思うよ?」
「うーむ……」
「実際に練習してみれば、何とかなりそうな道具だよ、あれはさ」
レベッカの言葉に首を横に振りつつ、フィルが告げる。
「ふむ。感覚的な話だな」
「そうだね。でもアタシはいいと思う」
フィルは彼女の言葉に納得できたわけでは無さそうだったが、それでも細く息を吐く。
「やれやれ。まあ、取っ掛かりとしては良しとするか。良かろう、暫くグライフの助手をしてくれ」
「望むところだよ。けっこう楽しくなってきたんだ」
「ならば良し!」
そう言ってフィルはレベッカの言葉に大きく頷いてみせた。
レベッカに同行していた男子生徒たちは二人のやり取りに気を揉んでいたが、それでも話がまとまりそうになり内心ホッとしていた。
だが彼らやレベッカの反応を相変わらず気にすることも無く、フィルは一方的に告げる。
「さて、話をしているうちに、それなりに調べがついたのだ」
「え? 調べがって……。まさか今の会話の最中に片がついたっていうのかい先生?!」
「片が付いたわけでは無いな。だが色々と判明したことはあるのだ」
そう言ってフィルは自分たちの周囲を見渡してから、レベッカに向き直る。
「うむ。視線を感じさせるのはやはり問題外だが、中々どうして情報集約には悪く無いやも知れん。まあ、魔法的に情報をやり取りしている時点で関知されるがな!」
「そんなのが分かるのかい? アタシたちは視線の元が分からなかったんだよ?」
レベッカの言葉にフィルは嘆息する。
「貴様、この学園の教師を甘く見ているのではないか? 我ほど早くは片付かなかったとしても、教師たちなら何とでもしただろう」
「いや、別に甘く見たりはしていないよフィル先生」
ただ、ウィンにはこぼしたが、レベッカはブライアーズ学園の魔法科の教師が変人ぞろいという評を信じていた。
「ふむ、情報の集まるところがあと数十秒で分かるな。それはいいが……」
そう告げてフィルは自分たちが歩いてきた方向に視線を移す。
「ふむ……」
「どうしたんだい? 何か問題でもあったのかい先生?」
レベッカに一瞬視線を向けてフィルが淡々と告げる。
「研究所に戻るぞ。恐らく研究所の誰かが関わっているようだ」
「もう分かったのかい?!」
「貴様たちは見つけて欲しかったのでは無いか? ほれ、もう場所は特定出来た。行くぞ」
そう言ってフィルはひとりで歩き始めた。
その背中を眺めて追いかけつつ、レベッカは首を横に振る。
「どんな早さだい全く……!」
彼女の言葉に反応したのか、フィルは足を止めてレベッカ達に告げる。
「魔法はこの世界そのものを動かす力と同種のものだ。我はその技法をそれなりに学んだゆえ、世界を観る早さで知れることは多いのだ」
「それなりってどういう意味なんだい?!」
レベッカが呆れている様子に何の感慨も示さずに、フィルは告げる。
「魔法をある程度学ぶと、ごく微増とはいえ、学習曲線が横ばいに近くなるのだ。伝説上の賢者であるとか大魔法使いと呼ばれる先達たちも、時間を掛けたゆえの習熟度となる」
「…………」
レベッカ達はフィルに追いつくものの、彼の発言の真偽を判断する尺度がなく、ただ聞くことしかできずにいた。
「先般、魔神となったあの者も、我と同じように積み上げて神に至ったのだ。ゆえに我は思う、魔法でも武でも、あるいは学問でも、それなりに学びつつ歩みを止めない事こそ、究極の極意に至る道ではないかと」
「やれやれ、学問は一生続くって話かい先生? アタシはその前に冒険者になるよ」
レベッカの言葉に一瞬だけ柔らかい笑みを浮かべ、フィルは告げる。
「今は理解できんでも良いのだ。それなりにでも構わん、学び続けるのだ」
「そういうものかねえ……」
彼らはそこまで話してから、ブライアーズ学園の附属研究所に歩いて行った。
「それでどうなったんです?」
「その後は、附属研究所にある研究室に乗り込んだ」
あたしが寮の自室に戻った後、少ししてレベッカから魔法で連絡があった。
なにやらメッセージカードの件でフィル先生を頼って、そのことで進展があったらしい。
順番に説明すると言われて聞いていただのけれど、割ととんでもない勢いで解決したようだった。
「それで先方の研究員の先生とフィル先生が、何やら議論というか大声で怒鳴り合ったんだ。その後ににらみ合って、最後は根負けしたのか先方の先生が頭を下げてたよ」
頭を下げたって、どういうことなんだろう。
フィル先生から見ても問題がある行動だったのだろうか。
「それってどういう状況なんですか?」
「責任論とか倫理的な話というよりは、魔法とか呪いに関する議論をしてたみたいなんだけど、さすがに専門的すぎてアタシには把握できなかったよ」
それはあたしが訊いても分からないだろうな。
ニナか、せめてアルラ姉さんやロレッタ様が聞いていれば、何か分かるかも知れないけれども。
「ちなみに相手の先生はどんな人だったんですか?」
「ええと、若い先生だ。研究員でザック・モンターニュって男だな。専門は『魔法民俗学』だったかな」
「…………」
「ウィン?」
あたしはレベッカから聞いた名前で、なぜか例の逃げた神官のことを考えてしまった。
でも怪しい人間なら、フィル先生が鑑定の魔法とかでチェックをして――いるかなあ。
あたしは途端にイヤな予感が強まる。
「ねえレベッカさん、その先生のことをフィル先生は何か言って無かったかしら?」
「ん? 特に何も言って無かったな」
「そうなのね……」
「ああ。アタシにも分かる話は、アタシら『斥候部』の人間はフィル先生の助手だから暮れてやらんとか、そんなことを言ってたかな」
「助手かあ……、思い切ったんですね」
「まあね。グライフ殿と知り合いになれたし、あの人の助手なら喜んでやるさ!」
そう告げるレベッカの笑顔が想像できるので、ひと安心ではある。
本人たちが嬉しそうなのは何よりだし、話を聞く限り自転車の開発の手伝いみたいだ。
けっこう楽しそうだから、そこを心配する必要は無いか。
そうなるとレベッカを学院から送るときに感じた、面倒ごとの予感は何だったんだろう。
あたしとしてはモヤモヤしつつも、レベッカに礼を言って連絡を終えた。
ロレッタ イメージ画 (aipictors使用)
お読みいただきありがとうございます。
おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、
下の評価をおねがいいたします。
読者の皆様の応援が、筆者の力になります。




