02.今からだって
レベッカ達はフィルへの相談事の対価として、グライフが開発中の自転車に乗れるようになることを指示された。
要するにグライフの自転車開発の助手という扱いだ。
さっそく彼女と斥候部の生徒たちは、ブライアーズ学園の附属研究所裏手にある広場で、グライフから自転車の扱いを教わっている。
当初グライフが自転車を乗り回した時は、レベッカは自分たちが同じことを出来るか不安にかられた。
だがしばらく自転車を押して歩いているうちに、彼女にも何となくどういう道具なのかが把握できていく。
「すまないグライフ殿、今日は道具に慣れるまででいいという話だったが、アタシたちも跨ってみてはダメかい?」
レベッカに問われ、グライフは地球のいわゆるキックバイクのように乗る方法を思いつく。
「あまり急ぐ必要はないぞ? だがそうだな、想定している乗り方よりも簡単なものを試してもいいかも知れんな」
「ぜひやってみよう! 教えて欲しい!」
「ああ、それではまずは吾輩がやってみせよう」
そうしてグライフがお手本を示し、レベッカと斥候部の生徒たちがそれに挑んでいった。
しばらくしてフィルがレベッカ達の様子を見に来ると、彼女たちは全員がキックバイク方式で乗りこなせそうになっていた。
目の前の光景に怪しい笑みを浮かべるとフィルは叫ぶ。
「貴様ら! 順調そうでは無いか! 素晴らしいぞ! さあレベッカ、貴様の相談とやらを聞いてやろうでは無いか!」
その声に自転車の練習が楽しくなってきたレベッカは苦笑いを浮かべる。
「それじゃあ相談事を聞いてもらおうかね……」
そう呟いてからグライフや仲間とともに、自転車を手で押してフィルの所に向かった。
自転車の試作機の作業に戻ったグライフと別れ、レベッカ達はフィルと共に再び資料室に移動した。
再度フィルが無詠唱で周囲を防音にしてから、レベッカは相談ごとの説明を行った。
「――ということで、このメッセージカードをどう判断すべきか悩んでいたんだ」
「ちょっと貸してみるのだ」
レベッカからカードを受け取り文面に目を走らせて、フィルは鼻で笑う。
「ふん、下らん。視線を感じさせるようなものを『斥候に使える技術』だと? 笑止だな。話にならん」
直後にカードへと魔力が走るが、無詠唱で【鑑定】を使いフィルが調べていた。
「やれやれ、一丁前に鑑定情報だけは偽装してあるか。馬鹿者ではあるが、無能というわけでは無いようであるな」
そう言ってフィルはカードをレベッカにつき返した。
「そもそも呪いというのが懐古趣味だな。個人が研究で行う分にはとめないが、それを他人に勧める時点でそいつは同好会気分が抜けない戯けだ」
「ずい分ケチョンケチョンにいうね先生?」
「当然である! この現代で魔法や魔道具がある時代に呪いなど、時代錯誤もいいところだ!」
レベッカとしてはいきなり機嫌が悪くなってしまったフィルを目の当たりにして、相談をしたのが失敗だったのかと頭に過ぎる。
だが彼女の心配をよそにフィルは言葉をつなぐ。
「呪いは確かに技術として見たときは、魔力によらずに魔法的な効果を起こせるように見える体系だ。だがそんなものは環境魔力の利用を研究した方が健全で確実だ!」
「たしかに、呪いは生命力なんかを対価にするみたいだね」
「うむ、そう言われておるな。だがそもそも生命力とは何だ?! 細胞レベルでの栄養の交換で生まれるエネルギーの移動のことか?」
「それは……」
いきなり生命力の話に突入したことで、フィルにどのような言葉を掛けるべきか、レベッカは言いよどんでしまった。
自分のあやふやな知識を口にすれば、いよいよフィルの機嫌を損ねてしまうかも知れないと考える。
だがレベッカの煩悶を気にせずフィルは告げる。
「魔法工学的には環境魔力とどう違う?! まったくふざけたメッセージだな! はぁー……」
「……フィル先生?」
「ああ、済まんな。少々、呪い云々を得意げに語る者に憤りを感じただけだ。貴様にどうこうするつもりはない。――そうだな、用件は分かった。貴様が憤りを感じるのは物理法則のようにまっとうな帰結だ!」
レベッカとしては憤りというよりは扱いに困っていただけなのだが、ここでフィルに訂正を入れても話がこじれる未来しか想像できなかった。
従い彼女は曖昧に微笑んで黙って頷く。
それを見てフィルは怪しげな笑顔を浮かべて叫ぶ。
「良かろう! その調査は請け負ってやろう! 思いのほか簡単ゆえ、今から済ませるのだ!!」
「ありがとうフィル先生! …………今からだって?!」
「ああ、何か問題でもあるのかね? 貴様らをグライフの助手として働かせすぎてしまったか? 予定があるなら、我は別の日にしても構わんが」
フィルが突然真顔でこちらを気遣う様子を見せたため、レベッカ達は思わず動揺する。
「え、いや、その。大丈夫だよ先生? 今日お願いできるなら片付けよう」
「うむ、そうしよう!」
「でもそんなことが直ぐできるのかい?」
レベッカが不思議そうな表情を浮かべるとフィルは嗤う。
「クックック、まあ、学生には荷が重いかも知れんが、当然魔力の流れを追うのだ」
「魔力かい……?」
自分たち『斥候部』の者も、魔法の達人である教師たちほどでは無いにしろ、魔力の探知は相応に自信があった。
その上で学園内で起こっている異常の原因を特定できずにいた。
だがフィルの話ぶりでは、これから簡単に済ませられるという。
レベッカが思わず首を傾げると、フィルは得意げに告げる。
「具体的には【粒圏】を使い、制御範囲内の魔力を受動的に探知し、魔力的な異物を調べるのだ!」
「それって…………、地属性の特級魔法を学園構内で連発するってことかい?!」
レベッカがそう言って呻くのを楽し気に眺めつつ、フィルが応える。
「【粒圏】を調査に使った場合は、発動は使用者のみにしか分からんよ。攻撃や回復に使う場合は話が別だがな! 技術とはこういうものを指すのだ!」
「はー……優秀な魔法なんだな」
「その通りである! 先ほどのメッセージカードは『斥候に使える』とあったが、この魔法の方が斥候には使えるだろう。貴様たちはウィンからの紹介と言ったな?」
「あ、ああ……」
「ウィンは【粒圏】を覚えたぞ? なんなら貴様たちにも教えるが? 覚えたいかね? 覚えたいであろう? なあ?」
そう言ってフィルは、レベッカ達を魔道に誘い込むかのような怪しい笑みを浮かべて問う。
彼女たちは揃ってゴクリと唾を飲み込んだ。
「ああ……。覚えたいです、先生……」
レベッカがその言葉を絞り出すと、他の斥候部の生徒たちも首を縦に振る。
それを嬉しそうに眺めつつ、フィルは告げた。
「良かろう。貴様たちは学園生徒だ。丁寧に教えてやっても構わんが、まずは呪い云々の方を片付けるのだ! 行くぞ!」
『はい!』
レベッカ達が返事をすると、フィルは満足そうな表情を浮かべて席から立ち、彼女たちを引き連れて資料室から出て行った。
レベッカ達はフィルに先導され、ブライアーズ学園構内を歩いている。
フィルの話ではいまから地魔法の特級魔法を使って調査するとのことだった。
だが彼の研究室を出てから直ぐに魔法を発動するでもなく、フィルは肩で風を切ってレベッカ達を引き連れて歩いていた。
「どこに進んでいるんだろう?」
「学園で研究員とはいえ魔法の指導をしている以上、とんでもない使い手というのは分かるが……」
レベッカの両側を斥候部の男子部員が歩きつつ、小声で彼女に告げる。
「心配する必要はないさ、ウィンの紹介だしな」
「八重睡蓮か。月輪旅団の新鋭が見立てを誤るはずはないよね」
彼の言葉に頷きつつ、レベッカは補足する。
「それに加えて、フィル先生が魔法の達人なのは間違いないよ。根拠の一つは研究室にグライフ殿が居たことさ。あの人と交流があるくらいには、ウデが立つんだろう」
「確かにね」
「そうだな。グライフさんに会えたのは嬉しかったぞ」
レベッカの言葉に彼女の仲間たちは口々に同意する。
その上で彼女に問う。
「一つはってことは、まだあるのかい?」
「あるさ。気がつかないかい?」
そう言ってレベッカはフィルをアゴで示す。
そのフィルは作業着を着込んだ自然体で、彼女たちに先行して構内を歩いているだけだ。
「特に無いも感じないが、どういうことだレベッカ?」
「アタシはフィル先生が恐ろしいよ。時間が経つにつれて確信になってきてる。一言でいえば、アタシらは先生のハラワタの中にいる」
レベッカの言葉に、彼女を挟んで歩く男子部員たちは首を傾げる。
「別に分からないならいいさ。たぶん巨人の身体に呑み込まれて戦う奴は、こんな気分なんじゃないかね」
彼女はそう言って一人で苦笑いを浮かべていた。
レベッカ イメージ画 (aipictors使用)
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