11.課題に対処するということ
最初の切っ掛けは、キュロスカーメン侯爵さまがアレッサンドロ――人間だったころの魔神さまだけれど、彼を紹介された時にさかのぼるそうだ。
「紹介してくれたのはノエルという商人だけれど、我が家と取引がある豪商でね。彼も何かの切っ掛けで商売のことをアレッサンドロ先生から教わっていたそうだ」
サイモン様は当時、二人いる兄を支えながら北部貴族派閥が抱える問題の対処と、侯爵家の領地経営の補佐に奔走していたらしい。
実務に追われ、現実の課題に追われているうちにくたびれ果てていた時、見かねた侯爵さまが政治の基礎を勉強し直すようにアレッサンドロを招いたのだという。
「くたびれ果てて、ですか?」
「ああ。僕は元々学生の頃は軍学を学んでいたんだ。卒業後は兄たちを支えるつもりだったのだけれど、領兵の運用が出来れば力になるだろうと思っていた」
「その当てが外れたということですか?」
サイモン様はあたしの言葉に苦笑する。
「ウィンは率直だし、やっぱり聡明だね」
「はあ……。べつに聡明じゃあ無いですけれども……」
「先生からは『地方自治』というアイディアを教わったけれど、これは共和国では根付いている。だが王国では最近になってようやくその芽が出てきたアイディアだ」
「地方総督が合議して、王国各地の課題に対処するということでしたか?」
この仕組みは以前レノックス様たちと、『神鍮の茶会』で話した内容が反映されている気がするんだよな。
「あの仕組みは王国では現実的で良い仕組みだけれど、先生から教わったことを一言でいえば『仰ぎ見る権威よりも、目の前の責任』になるだろうか」
「それは……、王家とかブルー様が聞けば、いきなり危険人物に認定されそうですね」
あたしはアイザックの話になかなか移らないので、自分でも機嫌が悪くなってきているのが分かる。
ただ、いまそれをサイモン様にぶつけても仕方がないことも分かっている。
一つ深呼吸をしてから、サイモン様の言葉を待つ。
「私の話には興味が無さそうだね?」
「いえ……、興味がないわけでは無いのですが……。例の神官があたしの先輩に呪いをかけて失踪した人物なんですよ。今もお尋ね者ですけれども」
そう言ってあたしは乾いた笑いを浮かべた。
サイモン様はあたしに頷いて見せるけれど、その視線は真面目な光を帯びている。
「いま思えばアレッサンドロ先生が私たちを弟子にしてくれたのは、王国をはじめとしたこの時代を変えたかったからだと思っているんだ」
「……」
「私は政治を学んだことで、王国の課題に目が行くようになった。ノエルは商売を学んでいたそうだから、商売のあり方の課題に目が行くようになっただろう」
そこまで語られたら、アイザックという神官が何を学んでいたのかは気になるところだ。
「アイザックは、あの神官は、魔神さまから呪いを学んでいたんですか?」
サイモン様はあたしの言葉に首を横に振る。
「彼が学んでいたのは、『精霊と魔法』だったとおもう。それがどうして学生に呪いを掛けるということになったのかは、私にも分からないのだけれどね」
「そうですか……」
あたしはここまでの話に、肝心な内容――アイザックの逃亡先の情報が無いことにがっかりしていた。
「それで、そろそろ『精霊同盟』の話をしてくれるんだよなサイモン?」
あたしとサイモン様のやり取りを、面白そうに眺めていたデイブが問う。
さっき確認されたその単語も、何か関係あるんだろうか。
でもあたしが『お尋ね者』って言葉を使っても、サイモン様から微妙に話題を流されたように感じたんだよな。
「ウィン、サイモンの話をちゃんと聞いとけよ。こういう話は積み重ねだぜ?」
そう言ってデイブは不敵に笑ってみせる。
デイブがそう言う以上、情報的価値があるんだろうか。
あたしは息を吐いてから、気持ちを引き締めた。
「うん。分かっているわ。サイモン様、すみません。『精霊同盟』の話を教えてください」
「ああ。――とは言っても、私を含めた先生の弟子の横のつながりなんだがね」
「それが『同盟』ですか? 弟子のつながりにしては大げさな名前ですが」
サイモン様は「たしかにね」と呟いて少し考え込み、言葉を選ぶように告げる。
「その名前になった元々のきっかけは、アレッサンドロ先生が『師匠』とか『先生』と呼ばれるのを極端に嫌がったからなんだ」
「え、でもサイモンは『先生』って呼んでるだろ?」
「私は融通が利かないフリをして諦めさせたのさ」
デイブのツッコミにそう言って、サイモン様は真意を隠すような貴族スマイルを浮かべてみせる。
「それでね。私の父が『先生が嫌ならボスとでも呼べばいい』と言いだして、それがそのまま他の弟子や北部貴族派閥の知り合いに広まったんだ」
あたし達の二つ名の時もそうだったけれど、侯爵さまのネーミングセンスって正直どうなんだろう。
やっぱり厄介だなあのジジイ。
思わずこめかみを抑えていると、サイモン様は苦笑しつつ告げる。
「ははは……。それで『ボスが居るのならそれは組織だ』と言ったのがアイザックでね」
「もしかして、例の神官が『精霊同盟』って名前を付けたんですか?」
「ああ。そして弟子のことを、私を『政治担当』、ノエルを『経済担当』と決めたんだが……。ふむ」
「どうしたんですか?」
あたしが首を傾げると、サイモン様は困った表情を浮かべている。
「いや、アイザックは自分を『竜担当』と自称していたんだ。当初は王家のみが伝承する竜魔法を研究するのかと思っていたんだが、それなら『魔法担当』でも良かっただろうかといまさら気が付いてね」
「「…………」」
あたしとデイブは視線を交わしたけれど、二人で首を傾げていた。
ただあたしとしてはその神官が、竜に纏わる王家の秘密に関し、何かを画策していた予感がしたけれども。
サイモン様から『精霊同盟』について話を聞いたものの、ようするに魔神さまの弟子の連絡会だったようだ。
それぞれが教わった内容をもとにして、自分が最善と信じることを行う。
困りごとがあれば場合によっては他の弟子と連絡を取り、相談して課題の解決を図る。
でもその連絡会は元々の成り立ちが、いい加減というか、目的意識よりは自然発生的なものだった。
だからそこまで規律とか約束事などは定めずに、ユルい紐帯の集まりだったらしい。
「申し訳ないけれど、私はアイザックがどうなったかは把握していないんだ」
「そうですか……」
「わが家に父を当てにして逃げてきたのなら、彼をかくまった上で減刑の手続きをして、王国への罰金程度で済むように手配しただろうがね」
サイモン様の様子をうかがうけれど、ウソを言っている様子はない。
「侯爵さまの所やサイモン様の所には逃げてこなかったと? それならノエルと言いましたか、豪商のところに逃げたか、あるいは本人の知人の伝手を頼ったのでしょうか?」
「そこは私には分からない。ノエルからそういう話は聞いていない。確実に言えるのは、我が家を頼っては来なかったのだ」
デイブはそこまで話を聞くと、通常の手段で逃げたのなら賞金首狙いの冒険者が直ぐに見付けただろうと告げた。
「まあ、王都を出られたとしても、近隣の街に一人で逃げたなら追い付かれただろうぜ」
「そこは確実なの?」
「まず間違いねえな。賞金首狙いの冒険者には色んな奴が居るが、問題の神官は国教会本部の所属だった――」
デイブによれば他に先んじて確保して国教会に引き渡せば、ボーナスがあったと考えたはずだ(意訳)ということだった。
「そうなるとあまりスッキリしないけれど、身投げしたとかそういう話かしら?」
「…………」
サイモン様はあたしの言葉に考え込む。
その一方でデイブは冷静な声で告げる。
「そういう結末を選ぶ奴もいるかも知れんが、今回の騒動は呪いを使った傷害事件だ。職業が国教会の神官だったってだけで、身投げするほどの犯罪じゃあねえな」
「それじゃあどうなったのかしら? まんまと逃げおおせたってこと?」
「その点は、おれは思いついたことがある。が、順番に話せば、王都城壁の門にある魔道具を掻い潜って逃げたとしても、逃亡の痕跡は必ず残る――」
デイブの説明によれば、お金はかかるけれど魔道具を組合わせれば城壁の門にある魔道具は、特殊な魔道具でダマせるらしい。
それで王都を出たとしても、街道を使った逃げ方はだいたいパターンがあり、スキルなどを使えば追跡は容易らしい。
「――だから、どんなに現実的じゃあ無くても、その神官は王都から出なかったはずだ。少なくともすぐにはな」
「どういうことかしら?」
あたしの問いに、デイブは細く息を吐く。
「先におれの答えを話せば、王都にいる逃がし屋を使った可能性がある。さっきサイモンがノエル・ストーネクスって商人の名前を出しただろ?」
「ああ。彼も確かにアレッサンドロ先生の弟子だよ」
サイモン様はデイブの言葉に頷く。
「そのノエルは、闇ギルドと繋がりがある政商だ。闇ギルドならそういう逃がし屋を利用してる。神官はノエルを経由して、闇ギルドから逃がし屋を使ったんだろ」
「それって……、闇ギルドに行けば神官の痕跡が分かるのかしら?」
あたしがそう言ってデイブを睨むと、彼は苦笑する。
「それでもいいっていえばそうなんだが、もっとラクなのは逃がし屋を探ることだ」
「……探れるの?」
「月輪旅団やマルゴーの伝手なら大丈夫だ。マルゴーの方が上客だな」
デイブによればマルゴーは仕事の関係で、花街から逃げたい人間を逃がし屋に紹介することもあるらしい。
そこまで聞いて、あたしはマルゴーがディアーナを探していた話を思い出す。
「もしかしてマルゴーがそういう伝手を持ってるのって、元々はディアーナを探すためかしら?」
「知らん。そこは本人に訊いてくれ。ともあれ、神官の件はおれの方でも洗い直す」
デイブの突然の宣言に、あたしは驚いた。
「どういう風の吹き回しなのデイブ?」
「まあ、サイモンの弟子仲間っつーのもあるんだが、個人的に引っ掛かってることがあってな」
「引っ掛かってること?」
「自称の『竜担当』って話だ。できれば本人からその辺りを訊き出したい」
デイブももしかしたら、王家の秘密のことが気になったのかも知れないな。
「そう……。でもデイブ、見付けたらあたしにも教えてね」
「分かってる。あとサイモンにも、もちろん教える」
デイブはそう言ってエールを一口飲んだ。
マルゴー イメージ画 (aipictors使用)
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