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07.水漏れは起こりますが


 一夜明けて二月の第二週の五日目になった。


 午前の授業を受けて昼休みになり、実習班のみんなと昼食を食べている。


「不審者がいたからパトロールをしてはったたんか」


 サラが白身魚のトマトパスタを食べながらそう応える。


 あれも美味しそうだったんだよな。


「どうにもあの筋肉の塊の人たちがウロウロしていたので、おかしいとは思ったんですよ」


 ジューンはミートパイとオニオンスープを選んでいるけれど、ホッとする味だと思う。


 もっともあたしの話で、彼女は怪訝そうな表情をしているけれども。


 周囲を【風操作(ウインドアート)】で防音にして、あたしは昨日の尾行者のことをみんなに話していた。


 ベーコンとほうれん草のクリームシチューを頂きつつ、あたしはパンをかじりながら説明する。


「冒険者が学生を調査することはあるみたいだけれど、書類とかで調べるのが普通みたいなのよ」


「確かに尾行して付きまとうなど、犯罪の臭いがするのじゃ」


 ニナは今日はオムレツとサラダとパンとオニオンスープだな。


 シンプルだけれど、外しようがない手堅い昼食だと思う。


「そうですわね。わたくしとしては、そのような輩はどんどん斬るべきだと思うのですが」


 キャリルはそう言いながら、ビュッフェで取ってきたマトンの香草焼きステーキを切り分けている。


 学院の食堂の羊肉は臭みがないのだけれど、これって凄いことなんじゃないだろうか。


「いや、それがホントに残念なくらいヒドイ尾行だったのよ。あれならニナとキャリルは秒で気が付くし、サラも察知するんじゃないかしら」


「そんなひどかったんや」


 サラの言葉にあたしが頷くと、ジューンが何か考えている表情を浮かべる。


「私では対処は難しかったでしょうか?」


「どうかしら。気付くのは気付いたかもしれないけれど、ジューンは戦うのは苦手よね?」


 あたしの言葉に「そうですね」と言って考え込むジューンだったが、直ぐに表情を明るくする。


「でも私には魔道具がありますし、最近ようやく『アルプトラオムローザ・ツヴァイテ』が完成しそうなんですよ?」


 ああ、『ピンク色の悪夢・弐号』か。


 でもあれは魔導鎧だし、持ち歩けるようなものなんだろうか。


 あたしがそれを指摘すべきか悩んでいると、キャリルがジューンに問う。


「完成したらどうなるんですの?」


「先輩たちが王都南ダンジョンで運用してデータ収集ですね。研究はどこまでも続くんです」


「たしかに研究の終わりは、次の研究の始まりということは多いのじゃ」


 ジューンの言葉にニナがうなずいている。


 なにやらあたしの話から逸れたけれど、尾行者の話なんか殺伐としているし構わないよね。


 魔導鎧の話が殺伐としていないかは、検討の余地があると思いますが、うん。


「ええ、それで……、旧型機の改良が初等部の部員に回ってきているんです」


 ジューンによればいま彼女たちは、旧型機の改良でメンテナンス性を向上させるか、それとも性能を向上させるかで悩んでいるそうだ。


「私はどう考えても性能向上の方がいいと考えています。旧型機のテコ入れによって新型機の性能を超える――これはロマンです!」


 そう力説し、ジューンは目をシャキーンと輝かせた。


「両方の選択肢を選ぶわけにはいかないんですの?」


 キャリルが不思議そうな顔をしてジューンに訊くと、彼女は数秒固まってどこかに旅立っていたあとに「善処します」と呟いた。


「……キャリルの指摘はもっともなのですが、『見せてもらいましょう、新型機の性能というものを!』と言って模擬戦で圧倒するのを目指す初等部の先輩が居るんです」


『ふーん……』


「それがそのまま私たちの目標になりそうなのです」


 そう言って微笑むジューンを見ながらニナが告げる。


「おそらく、マーゴット先生としては新型機と旧型機で競わせながら、開発を加速させたいのじゃろう」


 そこまで聞いて、あたしは一体何と戦うための魔導鎧なのかと考えていた。


「私はとうぜん新型機には負けません!」


「その意気ですわジューン!」


 何やらジューンとキャリルが盛り上がっているのを生暖かく眺めつつ、あたしは口の中でクリームシチューのフレーバーを楽しんでいた。




 その日の昼頃、プリシラの父であるサイモンの姿は王都の商業地区にあった。


 侯爵家の馬車で中央広場まで移動し、そこからは自分の足で歩く。


 向かった先は中央広場からほど近い場所にある一軒の武器商店、ソーン商会だった。


 店の看板を確かめたあと、サイモンは通りに面した店の入り口を一人くぐった。


「いらっしゃい……、おや、めずらしいお客様ですね、サイモン様?」


 ブリタニーがサイモンの姿を確認すると、彼の真意を探るようにじっと視線を向けた。


「こんにちはブリタニーさん。突然申し訳ない。急ぎデイブ殿と話をしてくて、今日は押しかけてしまった」


「そうですか。商談というわけでも無さそうですが、急ぎということなら承知しました。少々お待ちください」


「手間を掛ける」


 サイモンとのやり取りの後にブリタニーは店の奥に行き、直ぐにデイブを呼んで来た。


「こんにちはサイモン様。このタイミングで話とは、ウィンのことですね?」


「こんにちはデイブ殿。突然済まない。お察しの通りだが、急ぎ君たちに伝えたいことがあって訪ねている。時間を頂けないだろうか?」


「構いませんよ。あなたを迎えるにはむさくるしいところですが、それでもよろしければ奥で伺います」


 デイブの言葉にサイモンはホッとした表情を浮かべる。


「ありがとう。ぜひお願いする」


 そうしてデイブとサイモンは店の奥に移動する。


 デイブは月輪旅団で打合せに使っているテーブルに案内し、サイモンを座らせると茶を淹れ、彼の前で自分の分と共に用意してから席に着く。


 そのまま彼はサイモンに断わってから風魔法を使い、周囲に不可視の防音壁を作って口を開く。


「それで、お話とは何でしょうか?」


「ああ、家として月輪旅団に伝えたいことが二つと、個人的なお願いが一つあるんだ。そのうちの最初の一つは、今回の尾行騒動の黒幕の話でね」


 サイモンの言葉に、デイブはゆっくりと頷いた。


 昨日の段階でヒメーシュが事態を把握し、キュロスカーメン侯爵家配下の“庭師”を動員して急ぎ情報を集めた。


 その結果、かなり早い段階で黒幕の話が整理された。


「まず王立国教会の神官から北部貴族に、先日の『勉強会』とそこに至る経緯の話が流れた。そこから北部貴族の動向を我が家の手の者で洗った」


「どこにでも水漏れは起こりますが、今回は北部貴族に流れたんですね」


 サイモンの話に表情を変えることも無くデイブが応じる。


「そうなんだ。私が当日面談を受けるということで、北部貴族出身の神官が積極的に情報を集めていたようでね」


「侯爵閣下も同行となれば、心配する者も多かったでしょう」


 デイブの言葉にサイモンは肩をおとす。


「その結果、恩義ある君たちや、何よりウィンに迷惑を掛けたのならとんでもない話だよ」


「その点はいまはお気になさらず。それで、侯爵家の手勢で急ぎお調べになったのですね?」


「そうだ。まず北部貴族の武闘派は問題外だった。君も知っての通り、共和国の独立戦争時に月輪旅団が居る部隊にぶつかって、生き残った者たちの末裔でね」


 サイモンの言葉にデイブが少しだけ笑みを浮かべる。


「何というか、うちとことを構えるのは『割に合わない』というよりは、『魔獣とか厄ネタの類い』で語られるようですね」


 デイブの言葉に、サイモンは曖昧に笑って肩をすくめ、明言を避ける。


 それはつまり事実ということなのだが。


「その上で北部貴族派閥の中で、最近統制が取れていない家を洗った。普段とは違う動きをしている家を幾つか調査したが、派閥内でも話題になっていてね。直ぐに判明した」


「話題になっていたのですね?」


「そうだ。君は冒険者ギルドの相談役だし巨芯流(ギガントコア)という武術流派を知っているだろう?」


「勿論ですよ。『北部ディンリューク流棍術』ですね?」


 巨芯流は竜芯流ドラゴンコアから派生した武術流派で、盾と戦棍(メイス)を用いる流派だ。


 奥義の名は竜芯流から多少は変わって居るものの、竜芯流から多くの技法を受け継いでいることが知られている。


 ディンラント王国北部に本拠地があり、各国の神官戦士に広く普及しているのは冒険者には常識だった。


 その辺りのことをかいつまんで確認したあとに、サイモンが告げる。


「巨芯流の幹部に、貴族家を利用しようとする者がいたんだ。フサルーナ出身の冒険者で、本部の師範代が帰郷する時に一緒にくっついて来たとのことだった」


「そこまで特定したんですか? 随分早かったですね」


 デイブの言葉にサイモンは頷いた。



挿絵(By みてみん)

ブリタニー イメージ画 (aipictors使用)




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