06.ハードルがかなり高いものに
長距離通信の魔道具が準備できたと報告があり、オリバーは執務室から移動した。
すると魔道具が設置された部屋には宮廷魔法使いの他に、知った顔があった。
「何でお前がここにいるのだ、クリーオフォン男爵?」
「ごきげんよう将軍閣下。本日は『鱗の裏』と打合せをしていたのですが、気になる話を小耳に挟みまして。不躾とは存じますが閣下に『個人的に確認したいこと』がございましたので、居てもたっても居られずに参上した次第でございます」
『鱗の裏』とは王国の暗部の二つ名だが、要するにブルーは諜報関連の打合せで王宮に来ていたようだ。
そこでウィンが尾行された話を聞き、こうして先ぶれも無く現れたということだろう。
通常の男爵なら、ブルーのように公爵であるオリバーをいきなり訪ねるのはマナー違反である。
だがディンラント王国の貴族社会では、ある意味でブルーのこうした行動や態度は看過されていた。
より正確には、『クリーオフォン男爵家では仕方がない』とか『またか』と言ったある種の諦観とともに匙を投げられていた。
すべてはクリーオフォン男爵家が代々築いてきた、『王国の剣の一振り』としての地位が良くも悪くも彼の家の評価につながっている。
「月輪旅団の宗家の娘のことなら、吾輩も先ほど知ったばかりだ」
「本当ですか?」
「吾輩ならもっとマシな手段を選ぶぞ」
そこまで話してオリバーとブルーは、じっと互いの目を伺う。
「――それもそうですね。将軍閣下なら、選び抜いた男子をウィンのところに婿候補として差し向ける位はしそうです」
「そこまでシンプルにするかは考慮すべきだが、必要ならその選択肢もあるだろう。それよりも用件はそれだけか?」
オリバーの問いにブルーは笑顔を浮かべる。
「閣下が想像している通りです。僕も将軍閣下とキュロスカーメン侯爵閣下のお話を伺いたかったのです。キュロスカーメン侯爵閣下にも、『個人的に確認したいこと』が……」
「…………」
ブルーの言葉に眉をひそめつつ、オリバーはどう応えるべきかを数瞬考える。
「――分かった分かった、好きにしろ」
「さすがは将軍閣下です。将器とは斯くあるべきですね!」
「お前は少しは自分の実績と立場を自覚しろ。まったく……、普通の貴族然としていれば、お前の家はとうに伯爵家以上になっているだろうに」
「それは僕の父祖たちや僕の望む形ではありませんので」
ブルーが悪びれずに応えると、オリバーは首を横に振りながら息を吐き、宮廷魔法使いに指示を出した。
オリバーとブルーが用意された席に座りしばし待つと、彼らの前に設置されていた魔道具が稼働して空中にモニターのような画像が表示された。
そこにはヒメーシュの姿が映されている。
「突然の連絡で手間を掛ける、キュロスカーメン侯爵」
「いえ、問題ございません将軍閣下。何でも急ぎ儂に伝えたいことがお有りとのことですが」
「ああ。すでに伝わっているかも知れんが、月輪旅団の宗家の娘が学院内で尾行される騒動があったようでな」
「それは……、いま伺いました。詳しく伺ってもよろしいですか?」
オリバーの言葉にヒメーシュの視線は鋭さを増した。
「無論だ。そのために連絡をしているのだ――」
そしてオリバーは把握している情報を説明した。
「――ということで、暗部にも情報を集めさせている。月輪旅団を刺激すると面倒なのでな」
「分かりました。もっとも、尾行者がランクCの冒険者では、ウィンでは歯牙にもかけないでしょうな」
「それは僕も同感ですね、キュロスカーメン侯爵閣下」
「「…………」」
オリバーとヒメーシュの会話に割込んだブルーに、二人は眉をひそめた。
「ところで先ほどから気になっていたのですが、なぜ将軍閣下とクリーオフォン男爵が肩を並べているのでしょうか?」
「こ奴が乗り込んで来たのだ」
「ああ、そういうことでしたか……」
そこまで話してオリバーとヒメーシュは息を吐く。
だがブルーは二人の反応に動じることも無く、笑顔を浮かべて問う。
「ごきげんようキュロスカーメン侯爵閣下。本来ならば礼を尽くしてご挨拶をすべきところですが、状況が状況です。一つうかがってよろしいでしょうか?」
「よろしいも何も、お前は納得しなければ我が家まで訪ねてきそうだぞ。言ってみるがいい」
ブルーはヒメーシュの呆れた声に嬉しそうに手を打つ。
「ありがとうございます! 今回のウィンの尾行ですが、閣下の指示ですか?」
「「…………」」
ブルーの問いで、残念なものを見るような視線をヒメーシュとオリバーは向けた。
「なにが確認できるのだその問いで? 分かって言っているなクリーオフォン男爵よ。儂は孫のプリシラがウィンのクラスメイトなのだぞ? お前の娘のホリーと同じだ。妙な冒険者を使うくらいなら、プリシラに調べさせるわ」
「ああ、それは僕も同意見ですね!」
ヒメーシュとブルーの会話にこめかみを押さえつつ、オリバーが息を吐いた。
「ブルーよ、気は済んだか?」
「いえ、ここまでは僕たちが同じ立場かを確認するための段取りです」
ブルーの言葉にオリバーとヒメーシュは首を傾げる。
「その段取りは、何を意図している?」
「将軍閣下、ここまでの情報共有で僕たちは、ウィンの扱いについて紳士協定を結べそうだと思いませんか?」
「「紳士協定?」」
当惑する二人に、ブルーは微笑む。
「はい。僕たちは自分の家にウィンを招き入れる可能性を検討しています。ですがそのための方法には、今回の騒動のような手段は選びません――」
ブルーが告げた紳士協定とは、将軍と侯爵とブルーを納得させられる縁談以外には割って入ろうというものだった。
「儂はそれで構わんよ」
ヒメーシュは即答するが、オリバーは気がかりな部分があった。
「いや、吾輩も構わんといえばそうだが、月輪旅団をさしおいてそのような協定は意味があるのか?」
「ありますとも将軍閣下。少なくとも我々の立場を明確化しておけば、ウィン本人や月輪旅団に目の敵にされることは避けられます」
ブルーが告げるとオリバーは「確かにな」と呟く。
「まあ、方針としてはそれで構わん。吾輩も一枚噛んでおこう」
オリバーの言葉にヒメーシュとブルーが頷いた。
こうしてウィンが預かり知らないところで、彼女の婿候補のハードルがかなり高いものに設定されてしまったのだった。
ともあれその後は三人で情報を交換し、今回の尾行騒動の黒幕になりそうな者の話をした。
史跡研究会の部室から寮に戻ったあたしは、いつものようにアルラ姉さん達と夕食を食べた。
その時に【風操作】で周囲を防音にして、今日の出来事を姉さん達に説明した。
「ウィンに尾行?」
「それは、相手は大丈夫だったのかしら?」
「きちんと仕留めたのですよねウィン?」
いや、ちょっと待って欲しい。
あたしは流石に学院内で、尾行者を無慈悲に斬って捨てるようなことはしませんが。
思わずカトラリーを置いて、姉さん達をじっと見る。
「あたしだって場をわきまえますよ。というかキャリル、仕留めたってどういうことよ?」
「ですがウィンなら大抵の状況は斬り抜けられるのではありませんの?」
キャリルの言葉が微妙に不穏な響きを含んでいたような気がするので、あたしはキチンと説明を続けた。
尾行を撒いたうえで史跡研究会の部室に行き、【土操作】で尾行者の姿を再現した。
それをもとにエルヴィスが部活棟内を調べて尾行者を確保、そのあと事情を聴き出しつつほかに不審者がいないか学院内でパトロールを行った。
待つ間にはデイブとブルースお爺ちゃんに連絡し、情報共有した。
「――ということで、他に不審者は見つからなかったってリー先生から聞いているの」
『ふーん』
そこまであたしが話すと、姉さん達は納得した表情を浮かべる。
若干一名あたしのマブダチが、つまらなそうな顔をしていたけれども。
「話は分かったわ。あなたが尾行されたことは、お婆様に連絡しておくわね?」
ロレッタ様が少し硬い表情でそう告げる。
「え、なぜですか?」
「何故って、お婆様はウィンの魔法の師匠よね? 弟子が巻き込まれた面倒ごとを伝えなかったら、お婆様は悲しむと思うのだけれども」
確かにシンディ様からは魔法を指導してもらっているし、弟子入りしたと言ってもいいだろうか。
たとえそれがキャリルやロレッタ様との友情から始まったご縁でも、貴族が絡んでいそうなネタを黙っているのは不義理かもしれないな。
あたしはそこまで頭の中で計算し、ロレッタ様に頷く。
「確かにその通りだと思います。ありがとうございます」
「気にしないでウィン」
「ただ――、あたしからデイブとブルースお爺ちゃんに連絡済みなのは、念押ししてください」
そう言っておけば、月輪旅団が動いていることなどは察してくれるはずだ。
シンディ様が積極的に、すぐに何か働きかけてくれるようなことは無いだろう。
あたしの言葉に、ロレッタ様は表情を崩して頷いた。
夕食後はいつも通りに宿題をやっつけ、日課のトレーニングを片付ける。
その後はスウィッシュとおしゃべりをしてから寝た。
プリシラ イメージ画 (aipictors使用)
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