05.警戒する必要は無さそうです
連絡を終えたあと、あたしは史跡研究会の部室にいるみんなにデイブとのやり取りを簡単に説明した。
学生の調査を冒険者が依頼として受けるという話に、みんなは驚いていた。
「冒険者はそんなことまでやるんだな」
「デイブの話ぶりでは、学院に潜入して尾行っていうのは普通じゃないみたいでしたけどね」
ライゾウが眉をひそめているので、あたしはいちおう補足しておいた。
「たぶん調査といっても、学院に問い合わせて確認するような話なんじゃないかな? 商家の依頼で、冒険者が王宮とか商業ギルドにお使いに行くのは普通の話だと思う」
「いや、だとしてもよお、そこを制服を着込んで学院に忍び込んで尾行とかって、依頼内容の時点でおかしいと思うんだぜ」
「その冒険者がちょっと抜けてる人だったんだろうね。もしくは、そういうコマとして使われたのか」
コウとマクスのやり取りに、パトリックが呆れたように呟いて眉をひそめる。
「それで、デイブさんとの話では、もうギルドも月輪旅団も動き始めたってことですね? それなら安心でしょうか」
ディアーナの言葉にあたしは頷く。
「そうね。安心だけど、依頼人の方の正体を知りたいわ」
あたしはそこまで話して、別のところに連絡を入れることを告げた。
ブルースお爺ちゃんに連絡すると告げると、みんなは納得していた。
「お爺ちゃん? ちょっと今いいかしら? 話したいことがあるんだけれど」
さっそく【風のやまびこ】を使うと、直ぐに連絡が取れた。
「おうウィン、話は聞いている。おまえを尾行する奴が学院に来たって件だな?」
「耳が早いわね。あたし自身は問題無いからそこは心配しないで」
「ああ。おまえが逃げに徹したら、うちの騎士団の暗部の連中でもムリだろ。そこは心配してねえ。――知っての通り、王国の暗部は組織上は光竜騎士団の部隊だ」
「うん」
組織上はっていうのが微妙な言い回しに感じるけれど、あたしは黙っていることにする。
「それで、暗部の連中が、おれの所に気を利かせて知らせてくれた。尾行者が冒険者だった話も把握してる」
そういうことだったのか。
お爺ちゃんは連隊長だし、騎士団の中でも顔は広いだろう。
話題によっては直ぐに連絡がいくのか。
「分かったわ。あと、月輪旅団の方でデイブに連絡を入れたから」
「たしかに月輪旅団関係でウィンを調べようとした目もありそうだが、――ずいぶんお粗末な尾行だったみたいじゃねえか」
そう言って魔法ごしにブルースお爺ちゃんは豪快に笑う。
心配してる様子が無いので、あたしとしては気がラクになるぞ。
「そうね。尾行してた人の手順とか尾行の腕とかは、デイブが怒ってくれるって言ってたわ」
「わかった。そういう話なら問題ねえだろう。暗部の連中が積極的におまえをフォローすることはねえが、ヤバそうな相手なら他の生徒にもリスクだ。迷わず使い倒せ」
「使い倒せって……。まあ、状況によっては頼ることにする」
「気を付けてなウィン」
「ありがとう、お爺ちゃん」
あたしはそこまで話して連絡を終えた。
暗部の話はそれとなくボカして、お爺ちゃんとの話を説明した。
学院の警備に衛兵さんたちが来ているし、その関係もあって伝わったのかと問われたので、そんな感じだと応えておいた。
その後はリー先生からの連絡待ちになったけれど、ライゾウが緑茶を淹れて振舞ってくれた。
なにかおやつがあったかなと考えて、昼休みに購買で買った焼き菓子を【収納】で取り出してみんなで食べた。
当初の予定通り、みんなは大陸各地にあるダンジョンの話をライゾウから聞いた。
仕方が無いのであたしも参加したけれど、ダンジョンの未踏区画を開封した場合に魔獣が溢れるかはケースバイケースみたいだ。
記録に残るような面倒な事例は、冒険者や研究者に死傷者が出たものらしい。
「そういうケースは、どうにもダンジョンの奥の方で発生することが多いようだ」
「それって、今回のような遺跡そのものを開封するケースは含まないってことか、ライゾウ先輩?」
「おれが調べた記録ではそういう話だな」
マクスに問われてライゾウが応えていた。
確かにダンジョンの深部で、魔獣が溢れたり防衛機構にスタンピードのような状況を作られたら、逃げるのも戦うのも難しくなると思う。
「でも今回は光竜騎士団が警備してくれますし、そこまで警戒する必要は無さそうですね」
「そうだね。油断をするわけじゃあ無いけど、ボクらは自分たちの安全を考えていればいいと思うかな」
「そこまで前のめりで構えなくていいと思うんだぜ? あんまし力んでても、今回の目的は調査なんだぜ? バトルじゃねえぞ」
ディアーナとコウとマクスが順に話し、あたしやライゾウとパトリックは頷いていた。
やがてあたしにリー先生から魔法で連絡が入る。
「お待たせしましたウィンさん。学院内のパトロールが完了し、不審人物がいないことは確認できました」
「ありがとうございます先生。皆さんにはお手数を掛けました」
「気にしないでくださいねウィンさん。これは間違いなく学院の仕事ですし。もっとも、わたしの筋肉競争部の子たちも、笑顔と筋肉で協力してくれましたが!」
「あ、はい……。ありがとうございます……」
「いいえ。もしまた何かあったら、直ぐにわたしまで連絡してください」
「はい。その時はお願いします」
そこまで話してあたしは連絡を終えた。
みんなにもパトロールが無事に済んだことを伝えてから、あたしは史跡研究会の部室から引き上げることにした。
今日は少し早いけれど、そのまま寮の自室に戻ることにした。
その日の午後、王宮にある自身の執務室で、将軍であるオリバーは書類仕事を片付けていた。
彼の性格から、書類仕事よりも光竜騎士団に檄を飛ばすのを好むと誤解されやすいところはある。
実際のところは幼いころ、竜魔法の才能が開花しなかったときは文官の仕事をするつもりでいた。
そのための努力もしたのだが、ルークスケイル記念学院で魔法の実習をこなすうちに見事に竜魔法の才が開いた。
結果としてオリバーが高等部に進むころには、卒業後に騎士団に進むことが確定していた。
従い、彼が将軍になったのは本人の中ではたまたまであり、オリバーとしては書類仕事はむしろ好むところだった。
彼が机に向かって書き物をしていると、廊下に知っている者の気配がする。
訪問者がノックをするよりも先に、オリバーは叫ぶ。
「構わん、入れ!」
「失礼いたします」
扉の向こうからそう返事をして、一人の男が扉を開けて姿を現した。
中肉中背で特徴が無いのが特徴のようなそんな中年男性だが、文官のような服装を着込んでいる。
名はリッチー・ビリングトンを名乗っており、王国の暗部で司令部に所属していた。
「急ぎ報告がございます」
「話してくれ」
「ルークスケイル記念学院に展開していた者からです。本日午後、学院に不審者が現れました」
そこまで聞いてオリバーは手を止める。
「身柄は確保したのか?」
「ええ、ランクCの冒険者で、学生を尾行して調査しておりました」
「ふむ。吾輩に報告ということは、いずこかの貴族家の子供かレノが標的だったか?」
そう告げながらオリバーは、報告で確認すべきポイントを考え始める。
だが、彼が予想していなかった単語がリッチーから報告された。
「月輪旅団の宗家の娘が標的だったようです」
「月輪旅団の宗家の娘……?」
「はい。娘は名をウィン・ヒースアイル。学院の教師たちが魔法で真贋を確認しながら聴取したとのことです」
そこまで聞いてからオリバーは腕を組み、座っていた椅子の背もたれに身を預ける。
「例の『勉強会』絡みだと思うか?」
「恐らくはその通りでしょう。問題は、その話で動いた者ですが、現在調査中です」
オリバーはリッチーの話に息を吐く。
「あの娘については、我が家に連なる者と縁を結ばせるべきかを検討中だったのだ。学院にも問い合わせをさせたばかりだな」
「それは……、そうなりますと将軍閣下へと、冒険者ギルドや月輪旅団から問い合わせが来そうですな」
リッチーは今日の夕食のメニューでも告げるような口調で淡々と述べる。
オリバーは恨みがましく彼を睨むが、一つ嘆息してから告げた。
「急ぎキュロスカーメン侯爵と話がしたい。魔道具を準備してくれ」
「かしこまりました」
リッチーは一礼してからオリバーの執務室を出て行った。
それを見ながら彼は呟く。
「北部貴族の武闘派連中なら、月輪旅団には触れんだろう。普通に考えれば、いろいろと弁えない馬鹿者の類いだろうが……、面倒なことだ」
そう言いながらオリバーは筆記具を手にして、書類仕事を再開した。
ライゾウ イメージ画 (aipictors使用)
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