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09.こっちが知りたい


 食堂を離れたあたしたちは、レベッカを案内しつつ学院構内を歩く。


 時おり視線を感じるけれど、あたしとレベッカが一緒に歩いているのに気づけて観察している感じだろうか。


 道すがら、普段話したことの無い男子生徒から声を掛けられた。


 背格好から高等部の生徒だと思う。


「やあ、レベッカさんとウィンさんじゃないか。またフードファイトの相談かい?」


「ええと、そういうわけじゃあ無いですよ?」


 あたしが戸惑いながら応えると、男子生徒は微笑む。


「こんどやるときは教えてね。君たちが一生懸命食べる姿は、ちょっと見もの――というと言葉が悪いか。何というか勇気をもらえるんだ。じゃあね!」


 男子生徒は一方的にそう告げて、あたし達とは逆方向に歩いて行った。


 フードファイトかあ。


「「こっちが知りたい (わ)(よ)」」


 あたしとレベッカがほぼ同時にそう漏らす。


 どうやら同じことを考えていたのか。


 思わず彼女と顔を見合わせて笑ってしまった。


 その様子を少々呆れた視線でキャリルに見られていたけれども。


「ウィンが食べることが好きすぎるのは知っておりますが、レベッカさんも食べることがお好きなんですのね」


「そのとおりだよキャリル。何でも腹いっぱい食べられるのは幸せなことだと思わないか?」


「確かに王国は、周辺諸国の中でも食糧事情は恵まれている方ですし、王都は特に食事が豊かですわね」


「ああ。郷土料理という面でいえば、フサルーナやプロシリアや、マホロバ料理の繊細さに見劣りするかも知れない。けれど王国の味はアタシたちが生まれる前からの味だ」


 ウェスリーはレベッカのことを大食いで悪食と言っていたけれど、彼女の意見には賛同できる。


「レベッカさんの言葉には同感ですね。あたしミートパイとか普通に好きですし」


「だろ? 王国のパイ料理のバリエーションは、なかなかどうして自慢できると思うんだけどね――」


 あたしたちは食べ物談義をしながら部活棟まで移動した。


 あたしとレベッカの顔に加えて食べ物談義が効いたのか、さっきよりも視線を感じて移動したけれど。


 部活棟に到着するとその足で裁縫部に向かう。


 キャリルも付き合ってくれるそうだ。


「こんにちわー」


『こんにちわ』


 あたしが挨拶をしながら部室に入ると、裁縫部の人たちが返事をしてくれた。




 相変わらず部員の人たちは縫物や編み物をしていて、穏やかな空気が漂っている。


 すぐに一人の生徒が声を掛けてくれるけれど、前に魔法の実習室外の訓練スペースで見かけた人だ。


「あら、ウィンさんとキャリルさんと――」


「ブライアーズ学園のレベッカという。よろしくね」


「こんにちは。今日はどうされたんですか?」


「ええ。ちょっとナタリー先輩にお話があったんです」


 あたしがそう告げると、直ぐに呼んできてくれた。


 なぜか一緒に裁縫部部長のエレンも歩いてきたぞ。


 二人とも手には小さめのクッションのようなものを抱えている。


「こんにちはウィンさん。なんでもナタリーさんに話があるということでしたが、風紀委員会のお話ですか?」


 おっと、キャリルもいるし警戒させてしまっただろうか。


 誤解は解いておかないといけないな。


「こんにちはエレン先輩とナタリー先輩。今日訪ねたのは個人的に相談したいことがあったんですよ。風紀委員会とは関係ありません」


「そうでしたか。ちょっといま私とナタリーさんは他の部員と一緒にアイディア出しをしていたんです」


「アイディア、ですか?」


 なにかジャマをしてしまったなら、出直したほうがいいだろうか。


「忙しいなら少し時間をおきますけれど」


 あたしの言葉にナタリーが口を開く。


「こんにちはウィンさん、キャリルさん。これを見て頂戴。なにをイメージするかしら?」


 そう言って彼女は手にしていたクッションをあたし達に示してみせた。


「イスに置くには少々小さいかも知れませんわね」


「デザイン的には華美ではないし、どちらかというと実用品という感じでしょうか?」


 キャリルとあたしが評すると、エレンが頷く。


「じつはこれは、使い魔用のクッションをイメージして製作してみたんです。需要があるようなら学院の購買で販売を打診しようかと思っています」


 そう告げてエレンはニッコリと微笑んだ。




 商品開発だったか。


 相変わらず利に聡そうというか、商売の方の意識が高い先輩だなエレンは。


「使い魔用のクッションですの? あればあったで欲しいという人もいるかも知れませんわね」


「確かに、寮の自分の部屋の中で定位置に置けば、そこを使い魔用のスペースにする生徒もいるかも知れませんけれど……」


 正直お金を出して買うだろうか。


 そう思ってから、あたしはふと考えてしまう。


「そういうことなら、もうひと捻りあってもいいかもしれませんね」


「何かアイディアがあるのですかウィンさん?」


 エレンが興味深げな視線を向けてくる。


 大した話では無いんだよな。


「アイディアってほどのものじゃあ無いですけどね、エンブレムというかパッチというか、別建てで縫い付けるマークみたいなものを用意したらどうですかね?」


『…………』


 あたしの言葉にその場に集まったエレンたちは考え込む。


「エンブレムって、紋章を用意するのかしら?」


 ナタリーが半信半疑で確認するけれど、あたしのイメージにあるのは地球の記憶にあるワッペンの類いだ。


「べつに紋章じゃなくて、使い魔の動物をイラスト化したものだとか、名前のイニシャルとか、いろいろアイディアは出そうな気がしますけれど」


 あたしの言葉でエレンの目がシャキーンと輝く。


「ねえ、ウィンさん……。あなたそのアイディアは、誰かに話したかしら?」


 息がかかるくらいエレンはあたしに顔を近づける。


 その表情は薄く笑っているけれど、何やらひどく企んでいるような気配が感じられた。


 というかちょっと怖いです。


「いや……、ええと、特には話して無いですよ?」


「うふふふふふふ。いい子ねウィンさん。――分かりました、そういう意見は大切にしたいと思います。ウィンさんはそういうパッチが欲しくなったら、いつでも裁縫部に相談してくださいね。あなたには実費――いえ、タダで用意しますよ」


「ありがとうございます?」


 エレンは何やら上機嫌になってから、ナタリー達に向かって「あとはお任せします」と言って部室の奥の方に戻って行った。


 ちなみに後日談になるのだけれど、裁縫部は動物や鳥のキャラクターのパッチ (=ワッペン)と使い魔用のクッションを開発して購買部で売り始めた。


 売り上げとしてはパッチの方が人気だという噂だ。


 収益は裁縫部の部費になり、材料費や道具代などに使われているようだ。


「それでウィンさん、お話があるってことだったけれど」


 ナタリーが不思議そうな表情をしてこちらを見る。


 今までの経緯があるし、あたしが呪いのことで相談ごとを持ってくるとは思っていないだろう。


 というか、呪いのことで相談があるって、この場では言わない方がいいんじゃないだろうか。


 あたしは少しだけ頭を働かせる。


「ええと、以前ナタリー先輩が『相談に乗る』って言ってくれた『甘いもののレシピ』について、ちょっと話が聞きたいんですよ」


 そう言ってじっとナタリーの目を見る。


 ここで呪いって単語を使いたくはないなあ、うん。


 あたしの言葉に、ナタリーは何かを言いかけた後に少し考え込む。


 そして一つ頷いてから薄く微笑んだ。


「そうね、ちょっと場所を変えましょうか。カンタンに教えられる話でも無いのよ」


「お手数をかけます」


 あたしとナタリーのやり取りを、キャリルとレベッカは黙って伺っていた。


 たぶん二人とも、あたしの意図には気が付いていたと思う。


 そうしてあたし達は裁縫部の部室を出て部活棟から離れ、構内の適当なガゼボに移動した。


「それじゃあ話をしましょうか。ナイショ話かしら?」


 ナタリーがそう言って薄く微笑む。


「ええ。お察しの通りの内容なんです」


 あたしが苦笑するとナタリーは「分かったわ」と告げて、無詠唱で風魔法を使って周囲を防音にする。


「呪いのことで相談ごとかしら? 私を頼ってくれたのなら、嬉しいわね」


「いきなり訪ねてすみません。こちらのレベッカさんが、妙なメッセージを受け取ってしまったんです」


 そう言ってあたしがレベッカに視線を向けると、彼女は無詠唱で【収納(ストレージ)】から封書を取り出して頷いた。



挿絵(By みてみん)

ナタリー イメージ画 (aipictors使用)




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